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47話 問答

 その日の晩、ジャレッド公の屋敷にて、私たちはとても良くしていただいた。

 料理もエクバルト王国の王城に負けないほどに豪勢なものが出てきて、一皿一皿が芸術品のようでもあった。

 また、海に面したエクバルト王国の首都とは逆に、こちらの料理は山の幸が多い。

 それに料理は素材の味が活きるような、良い意味で淡白な味わいだった。

 理由については、ジャレッド公の屋敷では時たま精霊をもてなすこともあるそうで、彼ら彼女らは濃い味付けを好まないからだそうだ。

 とはいえ、ウィルとシェリーは揃って「「味が薄い……」」と口を尖らせていたので、少し大人向けの味わいだったのかもしれない。

 ただ、こうして皆と一緒にいられたのは、夕食の時くらいだった。

 リンジーさんとアレックス、それに従者に扮したクライヴは、夕食後も、別室でローレッタさんと話し合っていた。

 情報を整理し、明日の動きを決めるためだろう。

 さらにウィルとシェリーも話に参加していて、部屋の近くを通りかかった際に聞こえた話の内容から、精霊郷の中についての説明をしているようだった。

 テオたち竜騎士は、慣れない環境のせいか落ち着かない様子で翼を広げる騎竜の面倒を見たり、餌を与えたりしていた。

 しかしデミスだけは大人しく丸まって眠っており、とても静かだった。

 一方の私は、一人やることがない、というわけでもなく……。

「いくらなんでも酷くない⁉ おいらがうるさいからって、魔導符で強引に眠らせるなんてさ!」

「うん、うん……そうだね」

 案内された客室にて、またやかましく話すようになった魔導書の話し相手をしていた。

 魂の目覚めたこの魔導書の声は、普通は聞こえないそうなので、放っておいてもこの屋敷の方々に迷惑をかけるようなことはないはずだ。

 でも放置するのもかわいそうなので、このようになった。

 ……魔導書に話しかける元聖女、なんて噂が屋敷の中で立たないよう、私は小声で魔導書と会話をしている。

「リンジーさんは、あなたが鍵を握っている可能性もあるかもって言っていたけれど。そこについてはどうなの?」

「えっ、そうなの? おいら、旅を賑やかにするために連れて来られたのかと……って、待ってください聖女様、おいらをしまおうとしないでっ⁉」

「冗談だよ」

 やはりやかましくはあったので、半分だけ本当にしまおうと思ったのは秘密だ。

 魔導書は不服そうな気配を醸し出す。

「聖女様、なんか王子様に似てきた気が……」

 気のせいです。

「それで、さっきの質問の答えはどうなの?」

「鍵ってなると、また創造主様の意識を召喚して助けてもらうとかなのかな。もしくはおいらに書かれた内容が何か役立つとか。創造主様の意識を召喚する他に仕掛けがあったら、おいらとしても嬉しいんだけどな~」

「……その、意外と自分の力については無自覚なんだね」

「意外と? そんなの、誰だってそうじゃないかな?」

 魔導書はどこか不思議そうな声音で、体があったら首を傾げていそうな雰囲気で続ける。

「自分がどんな力を持った何者かなんて、外から見てもらって、誰かから伝えてもらわないと、分からないんじゃないかって、おいらは思うけどね。逆に聖女様は自分の力を一から十まで全部説明できるのかい?」

「それは……」

 言われてみれば、そんなことはない。

 そもそも治癒の力……もとい聖女の力の自体、大賢者様がどんなものか教えてくれなければ、私は今もなんとなくで力を使っていただろう。

 けれど「望んだ状態に戻す」力であると分かって以降、力もより正確に使えるようになった気がする。

 これは魔導書の言ったように「私」を外から見てもらって、誰かから伝えてもらった結果だ。

 それに力を使った後、あそこまで疲労感を覚え、場合によっては倒れそうになってしまうほどに反動がある理由は、未だに曖昧なままだ。

 アレックスが前に「絶大な集中力や精神力を割くからなのかもしれない」と考察してくれたけれど、強いて言うならこれが最有力な仮説というくらいで。

 私は王国に来るまで、力を行使した際の反動の理由すら真面目に考えたり、誰かに教えられたりはしなかった。

「……うん。あなたの言う通りかも。自分の力を全部説明するのって、思いの他、難しいんだね」

「でしょー? なんかおいら、良いこと言った気分。無駄に喋る魔導書もたまにはタメになること言うんだし、今後はもっと大切に扱っておくれよ」

「皆、結構あなたを丁寧に扱っている印象だけど……」

「魔導符」

「それはごめんなさい。そんなの貼られていたなんて、私も少し前まで知らなかったもの」

「可愛く笑って誤魔化さないで。次に魔導符を貼られたらちゃんとおいらから剥がしてくれよな」

「……」

 魔導書に言われて気付いたけれど、私は笑っていたようだった。

 それにこうやって雑談をしているうち、肩から少し力が抜けた気もした。

 精霊郷を巡る騒動の最中、知らず知らずのうちに、体に力が入ってしまっていたらしい。

 この魔導書、やかましいけれど明るいのは間違いないので、不安や重々しい雰囲気を消し去ってくれるのは良いところだった。

「聖女様? どうしたの?」

「あなたのこと、少し見直しちゃったなって思っただけ」

「えっ……今更?」

「……」

「嘘です冗談です。しまわないでしまわないで、おいらをしまわないで聖女様」

「しまわないって」

 ちょっとだけ呆れたけれど、少し掲げようとして手に取っただけだ。

 この魔導書にお礼を言いたくて。

「ありがとうね。あなたがいなかったら部屋で一人、ぼんやりしていたと思うから。リンジーさんが持ってきてくれてよかった」

「いいってことよ! 持ち出してもらえなけりゃ、おいらだって魔導符を貼られたままだったし。お互いにとって何よりってことでさ!」

 それから眠りにつくまで、私は魔導書と色々な雑談をした。

 相変わらずやかましかったけれど、一人で明日について思い悩みながら眠るより、ずっと心地がよかった。


 ***


 翌日早朝、私たちは竜に乗り、精霊門へと向かった。

 シルス精霊国の最奥にあるとされる精霊郷──もとい、そこへ入るための精霊門──は、地理的にはシルス精霊国の南方にあり、アルーラ山脈の麓にあるのだとか。

 眼下には風に揺られる草原や、緩やかに流れる大河が広がっている。

 のんびりとした旅路であれば、自然が満ち溢れる景色を楽しむ余裕もあっただろう。

 しかし今は一刻も早く精霊門へ向かいたいという思いが、胸の中に渦巻いていた。

 というのも、地上に広がる景色が、不自然であったから。

「ところどころ、花が咲いたり、秋みたいに植物が枯れたり、綿毛を付けたりしている……」

「木々の葉も青々と茂ったものから、赤く色付いたものまである。これは……」

「きっと精霊郷の異変が原因だよね」

 アレックスは「恐らくは」と声を硬くした。

 精霊は万物の化身であり、精霊郷そのものが、この世の全てと鏡合わせのようであるのなら。

 鏡の向こう側である精霊郷の異変の影響が、この世界に出始めても決しておかしくはない。

 一刻も早く精霊門へ向かいたいという、焦りにも似た思いの理由が、これだった。

「デミス、翼を速められるか。ウィルとシェリーも協力を頼む」

「任せて!」

「いっくよー!」

 風精霊の双子の起こす風によって、デミスはより一層加速する。

 眼下の景色を置き去りにするほど加速したデミスは、あっという間に前方に見えていた巨大な山々、アルーラ山脈の際まで着いた。

 後方の竜たちもそれに続き、テオと共に竜に乗っていたジャレッド公が「あそこへ」と指を差す。

 そこには複数の天幕が貼られ、朝日の下、兵士たちが忙しなく動いていた。

 開けた場所へと竜たちが降下し、ジャレッド公が背から降りると、

みな、よくぞ夜通し見張ってくれた。変わりはないな?」

「ございません。ジャレッド様、こちらの方々はもしや……?」

「昨夜、鳥で文を飛ばした通り、エクバルト王国の方々である。みな、粗相のなきよう」

「はっ!」

 ジャレッド公は集まってきた兵士たちに短く説明をする。

 そしてクライヴの手を借り「よっこらせっと」とリンジーさんが大荷物を背に、降りてきた。

 リンジーさんは天幕の先、切り立った崖のような山の麓にある、巨大な門を見上げて、

「へぇー。これがあの精霊門、随分と立派だね」

 私たちの前に聳えているのは、竜の身長にも負けぬほどに巨大な門だ。

 白磁色の門には草木や水、風など、自然物を象ったような紋章が刻まれている。

 さらに各所に文字も記されているようだけれど、大陸の統一言語ではないので、シルス精霊国でかつて使われていた文字だろうか。

 もしくは精霊郷独自の文字なのかもしれない。

 それに歴史のある門だというのに、傷どころか汚れの一つさえなく清められている。

 事前にこれが精霊門と知らされていなければ、昨日できたものと言われても信じてしまうほどに。

 平時ならその美しさに、見惚れていたところだろう。

 ただし現在は、魔石通信でジャレッド公が語ったように、門の中央に漆黒の渦が生じている。

 事細かに状況を表すより、ともかく尋常な状態ではない、という一言が最も適切かもしれない。

 きっと皆、同じように感じているのだろう。

 表情は硬く、息を呑むようではあったけれど、

「綺麗なものだ。観光名所の一つにでもすればいいのに」

 リンジーさんだけは相変わらずマイペースだった。

「とりあえず調査だね。昨夜の情報共有では、門の異変について、細かいところまで分からなかったし」

 リンジーさんが背嚢を降ろし、荷物を次々に取り出せば、ローレッタさんは小さく頭を下げ、

「面目ありません。門の異変に気付いた後、最大限調べるよう、手を尽くしましたが……」

「ああ、責めているわけじゃない。こんな異常事態だ、人間の手に余るのは一目瞭然だし。それに精霊門の異常なんて言うから、周囲空間が歪んで接近できないかもしれないって覚悟もしていたけど。その辺については問題ないってローレッタたちが調べていてくれたから、助かったよ」

 すらすらといつもの調子で喋りながら、リンジーさんの手元は素早く動き続けていた。

 王国から持ってきた巨大な荷物の中身については、魔道具が大半のようだった。

 レリス帝国の宮廷には、エイベル公爵の率いる魔術師たちにより、多くの魔道具が持ち込まれている部屋があった。

 私も扉が開閉する際、中を何度か目にしたことはあったけれど、リンジーさんが持ち込んだ魔道具たちは小型ながら、より精緻な造りをしているように見える。

「リンジーさん、これは?」

「ざっくり言えば色々調べるための魔道具だよ。アレックスの面倒を見始めた頃、私は魔導の開発についてあれこれやっていてね。これはその時に試作した品々さ。物体や周囲空間の状態を、魔力を通して使用者の意識に直接伝達してくれる。御覧の通り、いくつかのパーツに分かれているから現地で組み立てる必要はあるけどさ」

 そうしてリンジーさんが魔道具を手早く組み立てた後。

 動力源と思しき魔法石をはめ込み、装置から緑光と魔法陣が発せられ、リンジーさんは中央の水晶に手を置く。

 緑光が精霊門を照らし、リンジーさんが「ふんふん」と目を瞑って十秒ほどしてから、

「分かった」

 リンジーさんはあっけらかんと言い放った。

「えっ、もう何か分かったんですか?」

「驚くことはないさ。師匠はこれでも王国の賢者。現在はこんなナリだが、俺に魔導を教え始めてくれた時の師匠は熱意のあった人でな。この魔道具もその頃に作った品だし、性能については間違いなく……」

 アレックスが誇らしげに話している最中、リンジーさんは変わらずマイペースを貫くようにして、

「何も分からんということが分かった」

「……ポンコツだったようだ。魔道具は後で処分を検討しよう」

「何を言うアレックス! 私の力作だぞっ!」

 目を見開いて声を大にするリンジーさんに、アレックスは盛大に嘆息した。

「ああ言いたくなるのが人の心というものだぞ。あの『分かった』は明らかに重要なことが分かった言い方だったじゃないか」

「だから重要なことは理解できたさ、何も分からんということがねぇ」

「師匠」

「私だってこの期に及んで冗談を言っているわけじゃないさ。魔道具に内蔵されている計器が門の存在の一切を認識しちゃいない。精霊門は『生き物にしか認識できない』もしくは『魂を持つものにしか認識できない』んだろうね。こうなると魔道具を駆使して門を解析後、結果を基にして正常な状態に戻してなんとか突入って手段は講じられないね」

「そ、そんな……!」

「私たち、精霊郷に戻れないの……?」

 目の端に涙を浮かべるウィルとシェリー。

 二人を見ていると、こちらまで罪悪感を覚えてしまう。

「リ、リンジーさん。いくらなんでもすぐ諦めるのは……」

「安心しなさいティアラ。誰も諦めるなんてまだ言っていないんだから」

 リンジーさんは腰に手を当て、胸を張り、漆黒の渦が巻いている精霊門を見上げた。

「魔導は魔導。計器が使えなくても私が直接、魔術で解析するまでさ。あとは手計算もできる。それに……」

 リンジーさんはにやりと笑って、ローレッタさんに目配せをした。

 するとローレッタさんは肩にかけていた鞄の中から、古びた書物を数冊、取り出した。

「かつて大賢者が精霊郷に入った際の記録、ジャレッド公の屋敷にも残っているって話だったからさ、持ってきてもらったんだよ。私が持ってきた資料と、屋敷の記録とを照らし合わせれば、案外なんとかなるんじゃないかな? 私のご先祖様、記録については教科書かよってくらいマメだしさ」

 リンジーさんはローレッタさんから書物を受け取り、それを開きながら、

「まあ、半日くらいでなんとかしてみせるよ。今回は強力な助っ人もいるし」

 助っ人、という言葉に反応したのは、誰あろうクライヴ本人だった。

 こほん、と咳払いを一つして、クライヴが前に出る。

「賢者様のお力と僕の右目があればなんとかなるでしょう。この目は決して大切なものを見落としはしません」

「よしよし……というわけで。ここまで来て申し訳ないんだけど、しばらく時間をくれると嬉しいな。ティアラやアレックス、それにウィルとシェリーは近くの街でも散策してきなよ。さっき竜が降下する直前、真下に見えたし」

 適当と言うべきか、楽観的と表すべきか。

 しかしリンジーさんには自信があるようで、臆する様子は一切なかった。

「ジャレッド公も構わないでしょうか? 門の解析中、若人二人と子供二人をこんなところに置いておいても暇をさせてしまうだろうし。切り札の二人には念のため、策が固まるまで不安定な門から離れていてもらいたいですし。近くの街なら、何かあってもすぐ呼び戻せますので」

「……ふむ、すぐそこのエランカか。いいだろう。人の足でも走れば三十分ほどの距離、竜の翼ならすぐ戻れる」

 ──え、えぇ……? つまり遊んでこい……ってこと?

 どれはどうなのだろう、この異常事態に。

 流石に私も留まっていた方が、というかやっぱり私の力で精霊門をどうにか……と、提案しようとしたところ。

「感謝します、ジャレッド公。では師匠、頼んだぞ」

「頼まれたよー。若人の時間は貴重なんだから、少しでも楽しんでおいで」

 アレックスに続いてリンジーさんも素早くそう言い、こちらに向けて小さくウィンクをしてきた。

 ……もしくは、アレックスに向けたものだったのかもしれない。

「では三人とも、行くとしようか」

「ア、アレックス……?」

 彼にしては少し強引な気がしたけれど、私たちはすぐにデミスの背に乗せられてしまう。

 最後にアレックスが乗り、デミスは一気に空へと舞い上がってしまった。

 ……ただし、その手前。

「あの、賢者様」

「なんだい、怪しげな従者さん改め私の助手君」

「あっ、光栄です。……ちなみになんですが、一応僕も若人なのですが」

「そうだね」

「……」

「……?」

「えっ、それだけ⁉」

 若人なのにあっさり流されてしまったクライヴが、小さく項垂れているのが見えてしまった。


 ***


「リンジーさんってば。強引なんだから……」

 デミスの背の上で、思わずそんな呟きが零れた。

 精霊門の解析中とはいえ、これではなんのためにここまで来たのか分からなくなってしまう。

「そうしょげないでくれ。師匠の言う通り、切り札であるティアラを不安定な門から遠ざけておく選択は正しいと思う。それに……」

「それに?」

「……あのまま放っておいたら、痺れを切らせたティアラが聖女の力で門を正常化しようと言い出しかねないという判断もあったと思う」

 アレックスはちらりとこちらに視線を向ける。

 言外に「どうなんだ、ティアラ?」と聞かれている気分だった。

 ──ここまで言われてしまえば、是非もないかな。

「そうだね。私の力で門をどうにかしようって、少しだけ思っていたもの」

「やはり連れ出して正解だったな……」

「そんなこと」

「あるさ」

 彼にしては珍しいほどに、有無を言わせぬ口調だった。

 アレックスはエランカ近くの森の中へと、デミスを降下させながら、

「ティアラの心根は素晴らしいし、正に聖女らしいとも思う。誰もが頼りたくなり、慕いたくなる、絵に描いたような聖女様だ」

「そんなことは。だって、誰かを助けようって思うのは普通のことで……」

「でも、その誰かの中に、自分が勘定に入っていないんじゃないのか?」

 アレックスが言い切ったのと同時、ドスン、とデミスが着陸する。

 ……もしくは今の音は、大きく脈打った、自分の中から感じたものだったのかもしれない。

 アレックスはデミスから降りようとせず、話を続ける。

「自分に大きな反動がある、自己犠牲が前提の力を持っているから、自分を削って他者を助ける行為がティアラにとっては当然なのかもしれないが。俺はティアラにそうあってほしくはない。師匠だって同じ思いだろうし、だからティアラの力に頼らず、わざわざ門を自力で解析しているんだ。せめてティアラの負担が少しでも減るように」

 そう話すアレックスの様子は、少しだけ普段と違った。

 怒っているような圧があるけれど、訴えているかのようでもあった。

「もう一度聞く。ティアラが助けたい誰かの中に、自分は入っているのか?」

「それは……」

 ……あまり考えたこともなかったというか、そもそも。

「王国に来た時点で、私はアレックスたちに沢山助けられたもの。故郷や帝国の宮廷とは大違いの、楽しい生活。これだけで十分、私は助けられているんだよ?」

「……。……そんなものは、本来、ティアラに与えられて当然のものなんだ。俺たちの方こそ、ティアラには大きく助けられたのに。……俺たちなんかがティアラを助けるより、ティアラが自分自身を助けなければ、意味がないことなんだよ」

 アレックスは額を抑えて「俺も話下手だ。どう伝えたらいいものか」と小さく眉間に皺を寄せた。

「ううん。アレックスの思いは伝わったし、やっぱり優しいなって思ったよ。ありがとうね」

「……」

 アレックスは閉口して、瞼を閉じた。

 それから後ろ頭に軽く手を当て、短く息を吐き切った。

「違う。本当に伝わってほしいのはそんなことじゃない。……悪いが、こうなったら強硬手段だ」

「えっ?」

 アレックスがデミスの背を、指で数度叩くと、デミスはゆっくりと立ち上がる。

「アレックス、降りないの?」

「降りないぞ。俺が言うことを、ティアラが分かったと言ってくれない限りは。分かったと言ってくれない場合、俺はデミスを飛ばしてシルス精霊国を出る。ウィルとシェリーには悪いがな」

 振り返ったアレックスの鋭い瞳が、私たちを射抜く。

 私の後ろで、ウィルとシェリーが息を呑む気配がした。

「……それ、本気?」

「本気だ」

 言い切ってから、彼は右手の指二本を上げた。

「まず一つ目。俺たちを信じろ」

 そう言われて、今度は私の方が黙り込みそうになった。

 ──だってそんなの、言われるまでもないんだから。

「もちろん、信じているよ」

「言うと思った。でも、もっと信じてくれ。聖女の力なしでも、師匠による精霊門の解析が成功し、全てが間に合って、精霊郷の中に入れると。向こうにはクライヴだっている、絶対にどうにかなる。だから俺たちを信じ切ってくれ、聖女の力を使おうなんて微塵も思わないほどに」

 今だって、信じ切っているけれど……。

 それでも、アレックスがそう言うのなら、改めて。

「分かった」

「次に二つ目。自分を大切にするんだ」

「そういうふうに、しているつもりだけれど」

 これは間違いなく本当だ。

 帝国を出て、自分の好きに、自由に生きている。

 これで自分を大切にしていないと言うのなら、それは嘘だろう。

「なら言い方を変える。もっと自分を大切にするんだ。聖女の力は極力使うな、あんな強い反動が己に戻るような力を。もっと他の奴に任せていい。あんな一人で無茶をするような能力を、進んで使おうとしないでくれ」

「それは……」

「無理なのか?」

 デミスが翼を軽く広げようとする。

 きっとデミスも私たちの話を理解しているからだろう。

 だとしても、頷けない話について分かったとは言えなかった。

 何より、私を助けてくれたアレックスに、誤魔化すようなこともしたくなかった。

「無理じゃないけど、分かったとも言えないよ。私はきっと、これからもこの力を使い続けるもの。助けたい人を助けて、助けを求められたらその人にも応じたい。私は自分の気持ちは偽らないって、自由に生きるんだって、そう決めたから」

 アレックスがこちらを真っ直ぐに見つめるように、私も彼を見つめ返した。

 彼が強く私を気遣ってくれているのが伝わってきて、それはとても嬉しい。

 でも私にも曲げられないものはある。

「必要があれば、私は自分の力を進んで使うよ。私にできるのは、ただそれだけだから」

「……そうか」

 アレックスの呟きを受けてか、デミスが飛び立とうとする。

 きっと私の返事は、デミスにとっても望まないものだったのだろう。

 けれどアレックスは「待て」とデミスの背を撫でた。

「分かった」

「……えっ?」

「逆に俺の方が分かったと言ったんだ。ティアラは芯が強いと思っていたが、ここまで強情だったとは……。見誤ったな」

「じゃあ、デミスを飛ばしてシルス精霊国から出るのは」

「するわけがないし、できるわけがないだろう。王と大公の間で決定した内容を、王子一人の一存で覆せはしない」

 ということは、アレックスは脅すようなことを話しながら、私を連れてシルス精霊国から出る気は最初からなかったということだ。

 安心したような……でも少し腹が立つような、なんとも言えない気持ちにさせられた。

「俺たちをもっと信じるという件については分かったと言ってもらえたし、そこで手打ちにしよう。ティアラがもっと自分を大切にする件については、ティアラ自身では難しいと言うのなら……」

 アレックスはデミスを伏せさせてから、さっと私を抱え、デミスの背から軽々と飛び降りてしまった。

「こうやって俺たちがティアラを大切にする他あるまい。可能な限り、ティアラが力を使わなくてもいい状況になるよう、俺も努力する」

「あの、そこまでというか、ここまでしなくても……」

 ウィルとシェリーの手前、抱きかかえられて降りるというのも少しだけ恥ずかしかった。

 それにウィルは「今のかっこいい……!」と目を輝かせているし、シェリーは「やっぱり二人はそういう関係……!」と顔を赤くしていた。

「大切にすると言ったからには、ここまでするさ」

「……」

 なんだろう。

 面と向かって言われると、なんだかこちらまで恥ずかしいような気持ちになってくる。

 顔がちょっとだけ熱い気がした。

「ウィルとシェリーは降りられるか?」

「もちろん!」

「簡単だよー!」

 ウィルとシェリーは自分の体を風で浮かせ、デミスの背からゆっくりと降りた。

「デミス、ここで待っていてくれ。何かあったら笛を吹く」

『ルルルルル……』

 デミスは小さく喉を鳴らして、ちょこんと口先でアレックスの肩に触れた。

「さて、エランカに向かうとしようか」

 アレックスはそのまま、さっさと歩き始めてしまった。

「えっ、待ってアレックス。まさかこのまま行くの?」

「……おぶった方がいいだろうか」

「降ろしてもらって大丈夫です」

 何が面白いのか、アレックスはいたずらめいた笑みで「ティアラは軽いから構わない」と言った。

 私の方が構うのですよ、第一王子。


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