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42話 精霊国の大公

来週の火曜日、12月5日に全国書店にて書籍版が発売されます!

一部の書店では特典SSも付きます。

紙書籍と共に電子版も発売されますので、よろしくお願いいたします。

 それから魔石通信用の魔法石──表面が鏡のように磨かれた、薄く巨大なもの──が台車で運び込まれ、クリフォード陛下の前に置かれた。


 直後、念話の魔術を使用できる城勤めの魔術師のかたも入室してくる。


 魔術師の魔力出力限界の都合上、本来、念話の魔術というものは、そう遠くまで届かないそうだ。


 会話を行いたい両者を通常の念話の魔術で繋ぐことができるのは、卓越した魔術師の技量であっても、基本的には小規模の村一つ分の距離が限度なのだとか。


 しかし魔石通信では、魔法石に含まれている魔力を利用し、念話の魔術を強化して長距離間でのやり取りを可能にしつつ、相手の姿も鏡面のように磨かれた魔法石に映し出すことができる。


 相手の姿が魔法石越しに見えるのは、念話の魔術の性能を魔法石で強化したり拡張しているからと、以前リンジーさんとアレックスが話していたのを隣で聞いたけれど、その辺りの詳しい理論については、魔術師ではない私にとってはよく分からないものだった。


 とはいえ重要なのは、魔石通信はエクバルト王国の王都とシルス精霊国の首都ほど距離が離れていたとしても、十分に機能するという点だ。


 魔術師のかたが詠唱し、魔法陣を展開し、念話の魔術を起動する。


 リンジーさんは「筋はいいね、手伝ってやる必要はなさそうだ」と腕を組む。


 そして魔法石の表面へと波打つように何かが映し出され、次第に鮮明になっていく。


 シルス精霊国側と繋がったようだ。


 魔法石には魔術師と思しき、初老の男性が映っている。


 眉間に皺を寄せ、疲労の濃い表情と声で話し出す。


「こちらはシルス精霊国、首都エスクレスク。私は一等魔術師ブランドンと申します。そちらは……」


 魔法石の向こう、ブランドンと名乗った魔術師は、言いかけた直後、表情を驚愕したように強張らせた。


 そのまま信じ難いといった面持ちで硬直し、数秒ほど押し黙った。


 あちらの視線を辿れば、魔法石越しに、クリフォード陛下を見ていたようだ。


 ブランドンさんはハッと顔つきを改め、素早く一礼した。


「も、申し訳ございません。大変失礼いたしました。まさか、かの剣と竜の国、エクバルト王国のクリフォード国王陛下直々の魔石通信とは、露知らず……」


「よい。そちらも現在、大変な事態になっていると聞いている。様子からして、そちらも多忙であろうから、用件のみを迅速に話そう。精霊郷に関する件だ」


「せ、精霊郷について……!? 何故クリフォード国王陛下がそのことを? こちらも今朝、ようやく精霊郷の異変を察したところになりますが……」


 ブランドンさんは狼狽えたように声を震わせた。


 クリフォード陛下は「こちらへ」とウィルとシェリーを手招きする。


 二人はそれに従い、陛下の横にやってきて、魔法石の前に立った。


「こちらの二人はシルス精霊国の精霊郷よりやってきた客人。本日、精霊門の異常により、王都に召喚されてしまったのだ。その二人より事情を聞いた次第になる。二人はこちらに助力を求め、我々もそれに応じたいのだが、まずはシルス精霊国側の事情をと考えた」


「精霊様が王国に……!? 申し訳ございませんが、少々、お待ちいただけますでしょうか。何分、私一人の身には余るお話でして……失礼いたします」


 ブランドンさんは一礼後、素早く下がり、足音が遠ざかっていく。


「もしかして、これから少し会議とか……?」


 呟けば、アレックスが「いいや」と応じてくれた。


「魔法石の補助があるといっても、魔石通信はそう長く持たない。それに向こうは一等魔術師と名乗った。シルス精霊国の定める魔術師等級の中で、例外的な特等を除けば最上位だ。魔石通信の持続時間もよく知っているはず、素早く動いてくれるだろう」


「おっ、話しているそばから、来たようだね」


 リンジーさんが小声で言ったように、足音がこちらへ近づいてくる。


 そうして魔法石の前に現れたのは、短い黒髪を逆立てたように整えた男性だ。


 年齢はクリフォード殿下と同じくらいに見えるものの、体つきは逞しい。


 髪と同じ黒色の髭を生やし、顎のラインに沿って整えている。


 クリフォード陛下ほど柔和ではないが、帝国の王族の方々ほど神経質そうでない、そんな印象を受けた。


 皺が刻まれた顔は厳めしく、睨んでいるわけではないと思うけれど、目つきは細く、鋭い。


 ただし敵意は感じないので、きっと生来のものなのだろう。


「待たせたな、クリフォード。こうして話すのは何年ぶりだろうか?」


 男性から発されたのは、表情からは想像もできなかったほど、親密な感情の籠もった声。


 するとクリフォード陛下も笑みを深くした。


「三年ぶりになる。そちらも壮健そうで何よりだ」


「当然。こちらは若い頃、学び舎でお前の鍛錬に付き合っていた身。何十年経とうと、あれに付き合わされれば体力など簡単に衰えんよ」


 一国の王であるクリフォード陛下と対等な雰囲気、同じ学び舎にいたらしい発言。


 これはもしや。


「あの、魔法石に映っている方って……」


「ティアラが察している通りだ。あの方はシルス精霊国の大公、ジャレッド公になる。シルス精霊国の事実上の統治者にして、かつて父上と同じ騎士学園に在籍していたそうだ」


「ちなみに魔石通信がこうやってすんなり繋がった理由も、陛下と大公の仲がいいからだろうね。二国間の仲が良いのは、この状況だとありがたい限りさ」


 小声で解説してくれるアレックスとリンジーさんに、ありがたさを感じた。


「雑談もほどほどにして本題だが……」


「ああ。精霊郷の件と、そちらに精霊の子が転移してしまったことだな。……なんと、風精霊の双子ではないか」


 ジャレッド公はウィルとシェリーを知っていたようで、細い目を少し大きくした。


「大公様!」


「お久しぶりです!」


 ウィルとシェリーも嬉しそうにしている。


 ジャレッド公は二人を見つめてから、吐息と共に表情を緩めた。


「強ばっていた体から、少し力が抜けたようだ……。こちらが精霊郷と門の異常に気付いてから、門から精霊は一人たりとも出て来なかった。故に精霊郷の内部がどのようになっているのか、こちらとしても何も分からずにいた。ちょうどいい。クリフォードの話と共に、二人も直接話を聞かせてはくれないか」


「……それはいいけど」


「……私たち、説明ばっかりだね」


 二人は顔を見合わせた。


 けれど、直後に。


「あ、でも大公様! 俺たちも、大公様に話が、お願いしたいことがあったんです!」


「お願いしたいこと……?」


「はい! 実は、聖女様を連れて精霊郷に戻りたいんです! 今回は特別に、許してはくれませんか?」


「聖女とな……? まさか、レリス帝国の聖女か? 現在王国に滞在中という、あの」


 ジャレッド公の声が少し強ばった。


 けれどそれも自然なことだ。


 少し前まで戦争をしていた相手の国の、要人──という自覚はあまりないけれど、形式上はきっとそうなってしまう──を連れて行きたいと二人が言い出したのだから。


 それも人間の立ち入りが基本的には禁じられている、精霊郷に。


「大公様、そんな怖い顔しないでください!」


「聖女様、とっても優しい人なんです! 精霊郷を元に戻すのに、絶対に必要な人でもあります!」


 ウィルとシェリーが私の方をじっと見てくる。


 クリフォード陛下も「ティアラ、どうかこちらへ」と私を呼んだ。


「分かりました」


 ──ジャレッド公が警戒する気持ちも分かる。それでも、ここで許していただかないと、ウィルとシェリーを助けることなんてできない。


 私は魔法石の前まで行き、一礼した。


「お初にお目にかかります。ティアラと申します。帝国では聖女と呼ばれていましたが、現在は帝国を出て、一切の関係を絶った身です。どうか警戒なさらず、まずはウィルとシェリーのお話を聞いていただけませんでしょうか」


 それから顔を上げれば、魔法石越しに、ジャレッド公と目が合う。


 厳めしい顔つきであり、圧力も感じるけれど、帝国の宮廷で受けていたプレッシャーに比べたら……。


 数秒の末、ジャレッド公は「承知した」と言ってくれた。


「すまない、どのような方なのかと思い、警戒した。しかし……そうだな。あなたの瞳には邪気がない。そもそもそういった心根を持った者を、クリフォードが歓迎するはずもなかったか……」


 するとクリフォード陛下が、私を助けるように「全くだぞ」と話し出す。


「相手は若人。年甲斐もなく睨まず、少しは柔らかな表情も見せよ、ジャレッド。何よりティアラは我らにとっても恩人。先日も、復活した魔族を退けた際の立役者となってくれた。あと少し睨む時間が長ければ、それくらいにしてはどうかと声を掛けたところだ」


「悪かった、悪かったとも。お前もそう怖い顔をするな。……まあ、面子も揃ったところだ、話を聞かせてくれ。魔石通信も長くは持つまい」


 この後、ウィルやシェリーが中心となり、精霊郷で何があったか、私たちがどうしたいのかをジャレッド公に伝えた。


 ジャレッド公は「そうか、そうか」とまずは静かに話を聞いてくれた。


 ……ただしジャレッド公が映る魔法石、その傍らでは。


「……!」


 限界を迎えていると言わんばかりに、念話の魔術を使っている魔術師のかたが、小刻みに震えていた。


 ──ごめんなさい、あと少しだけ頑張ってください。


 そう思っていると、魔術師のかたは小刻みに身を震わせながら「お任せください」と言わんばかりの表情で小さく頷いた。


 ……後日、この魔術師のかたは陛下より褒賞を賜ったと、アレックスから聞いた。


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