41話 王と双子
本日、ドラゴンノベルスのHPにて本作【私は偽聖女らしいので、宮廷を出て隣国で暮らします】の表紙イラストが公開されました。
表紙にはティアラとアレックスが描かれ、煌びやかに、とても綺麗に仕上げていただきました。
さらにコミカライズも進行中になります。
コミカライズの情報は後日、お知らせいたします。
書籍版は12月5日発売ですので、よろしくお願いいたします。
それから私たちは、アレックスの言ったように、王城へと向かうことになった。
……その道中、クライヴは歩きながら、目を細めたウィルとシェリーに左右から挟まれていた。
「お兄さん、本当に裏切らない?」
「帝国の魔術師は酷い人ばかりって聞いたよ?」
「う、裏切らないさ。酷いこともしない。そもそも僕は……」
口籠もるように話しながら、クライヴは眉を下げて、困り顔になっていた。
そんな折、アレックスが補足するように、
「二人とも、そいつは信用しても大丈夫だ。帝国と精霊国の戦争中、一度も戦地には行っていなかった男だしな。誓約術もあるが、平和主義者なのは俺が保証する」
「……そうなんだ」
「まあ、私たちの国を荒らしていないなら……」
クライヴはアレックスへと「感謝するよ」と小声で話した。
その後、元々私たちが合流した場所が城に近かったこともあり、城へはすぐに到着した。
次第に城が近づくにつれ、ウィルとシェリーの足が速くなっていく。
「お、おっきい……! 大きなお城があるとは思っていたけど……!」
「小山くらいはあるよ、ウィル! 私、初めて見たかも……! こんなの本でしか読んだことないよ!」
目の前に聳える巨大な城に、ウィルとシェリーは驚き、見上げていた。
クライヴも王城を訪れるのは初めてのようで「ここが王国の……」と感嘆したような声を漏らしていた。
「ウィル、シェリー。大層驚いているようだが、精霊郷にはこういった城はないのか?」
「うん。精霊王様の住む場所もとっても立派なんだけど、こういうお城じゃないから」
「水晶で出来た山をくり抜いた……ような感じかな。光っていて綺麗なの」
「ふむ……水晶。しかし光っているなら魔法石の類いか……? それが山となれば、一体どれほどの魔力を帯びた……」
足を止め、アレックスが興味深そうに考え込む。
彼の魔導好きが発動しつつあると感じた私は「後でもっと詳しく聞こうよ」と声を掛けてみる。
「……ああ、そうだな。すまない、今はそれどころではなかった」
アレックスは周囲を見回し、近くにいたテオに声をかけた。
彼はテオにあれこれと話し、同行していたクライヴは、テオに着いていくことになった。
わざわざ来てくれたクライヴを城の外で待たせるのもおかしな話であるし、かといってクリフォード陛下との話に同席させるのもやはり違う。
そこでアレックスは一旦、クライヴをテオに任せることにしたようだった。
テオはクライヴをどこかへ案内しつつ「あなたが帝国魔導学園での、王子のご学友ですね……! ぜひ話をお聞かせください! 王子が友人を連れてきたのはあなたで二人目です!」と嬉しそうにしていた。
……ちなみにアレックスといえば「恥ずかしいからやめてほしいな……」と肩を落とした。
クライヴと別れた私たちはそのまま、クリフォード陛下のところへと向かった。
行き先は、私が初めてこの城に来た際に陛下とお会いした場所、王の間と呼ばれる部屋だ。
城に入ってからも、ウィルやシェリーは物珍しそうにあちこちを見回す。
使用人たちも微笑ましく感じたのか、二人を微笑ましげに見守っている。
……二人を見て、初めて王城に来た時は私もこんな感じだったのかな、と少しだけ思ったりした。
そんなふうに思っているうち、遂に王の間の前、左右に白と黒の剣が描かれた大扉の前に着いた。
これから一国の王に会うからだろう、ウィルもシェリーも少し緊張した面持ちだ。
アレックスが大扉の横に立つ騎士に「父上は?」と問えば「お待ちになられております」という返事が戻ってきた。
そのまま大扉が開かれ、中に入ると、玉座にてクリフォード陛下が待っていた。
美しく煌びやかな装飾が視界いっぱいに広がり、何度来ても綺麗な部屋だと感じる。
お待たせしてしまったのに、陛下も優しげな表情で私たちを迎えてくれた。
「ご苦労だったな、アレックス。よくぞ精霊の子らを連れてきてくれた。それにティアラも精霊の子らと一緒にいてくれたようでよかった。リンジーと一緒であるより、二人もいくらか過ごしやすかったかもしれん。アレックスの話を聞く限りでは、子守は苦手そうな人柄であったからな」
嫌味ではなく、明るく冗談めかして言い、陛下は小さく笑みを浮かべた。
……すると。
「子守が苦手なら、小さかった頃の脱走王子の面倒なんて見ませんよ。我ながら子守の筋は結構いいと思うんですけどねぇ」
同じく冗談めかしたような声が後ろから聞こえてきた。
良く言えば、クリフォード陛下相手でも冗談を言えるほどの肝の据わり方。
……悪く表せば、多少図々しくもある。
さらに言葉から伝わってくる、半ば面倒くさそうでもある雰囲気。
そんな態度をこの場で取れるのは恐らく、王国内を探しても一人だけだろう。
「リンジーさん?」
振り向く前からそうだと分かった。
リンジーさんは私たちの横までゆっくりと歩いてきて「さっきぶりだね」と手を上げた。
「あの、精霊郷に入る方法を考えていたんじゃ……?」
「言い忘れていたが、俺がティアラと双子を迎えに行ったのと同時、父上の命で別の者が師匠を迎えに行ってな」
アレックスが説明を加えると、リンジーさんが気怠げに「そういうことだよ」と続ける。
「店に騎士が乗り込んで来た時は何かと思ったし、馬車にも久々に乗ったよ。ガタガタ揺れたお陰で腰が痛いね、全く」
リンジーさんはわざとらしく腰に手を当てた。
「急ぎ迎えに行かせたのでな。申し訳なかった。しかし王国の賢者殿の意見も直接聞きたく思った次第だ。何せ、事態が事態なのでな。……おまけに精霊の子らはリンジーが召喚したものと聞いたのでな。呼び出す理由はそちらだけでも十分以上であろう」
「……精霊門の不調だったので、若干は不可抗力というか、想定外というか……。とはいえ、そこは言い逃れできないところですね。私もまさかこんなことになろうとはってところになります」
恐れ知らずな言動のリンジーさんに、私は少し恐々としていた。
……ここが帝国の宮廷なら、不敬を理由にリンジーさんが投獄されてもおかしくないからだ。
とはいえクリフォード陛下はリンジーさんとの会話を楽しんでいるようで、寧ろ上機嫌だった。
「では全員が揃ったところで、そろそろ本題に入ろう。……遅れたが、私はクリフォード。この王国を統べる者だ。二人の名前もぜひ聞かせてはくれないだろうか」
陛下がウィルとシェリーにそのように話しかける。
声はやはり普段より優しげなもので、子供である二人を気遣っているのが分かった。
……しかし二人はやはり緊張しているようで、声も表情も硬かった。
「ウ、ウィルです……。風の精霊です……」
「私はシェリー……あっ、ウィルは私のお兄ちゃんで、私はウィルの妹で、ええと……」
緊張のあまり二人とも、片言になってしまった。
そんな二人に、クリフォード陛下は笑みを浮かべたまま、深く頷いた。
「ウィルにシェリー、良い名だ。精霊の名も我ら人間と同じ響きであるのだな」
「ええと……はい。精霊郷でも大陸の統一言語は使われていますから」
「でも精霊郷に伝わる言葉での名前も、実はあります。ただ、統一言語では発音できない言葉で……」
「ほうほう、精霊郷ならではというわけだ。ちなみに、そちらも聞かせてもらえぬか?」
ウィルとシェリーは顔を見合わせてから、
「「──」」
澄んだ声で、歌の一節のように何かを言った。
確かに大陸の統一言語ではない。
精霊郷に伝わる元々の言葉、精霊本来の会話は、こうした歌のような音に乗せて行われるものなのかもしれない。
意味は分からなくても、綺麗な響きで素敵だなと、心から思った。
「ありがとう、二人とも。美しい響きで名乗ってくれた二人の住まう精霊郷であるが、我が息子アレックスより、現在は災難に見舞われていると聞いている。よければ直接、聞かせてはもらえぬか?」
「はい。俺たち、実は」
「聖女様に助けていただきたいんです!」
ウィルとシェリーは、魔道具店で私たちに語ってくれたことを、同じように話した。
二人とも、できるだけ順序を整理して、分かりやすく話してくれた。
全てを聞き終えたクリフォード陛下は「なんと……」と唸った。
「精霊郷と世界は鏡合わせのような関係を持つと聞く。精霊が万物に対応するように、逆もまた然りであると。放置するわけにもいかん。まずはシルス精霊国の大公に、現在の状況を聞くべきであろう。あちらもただ、座して待っているわけでもあるまい。何かしらの動きを起こしていると考えるのが自然だ」
「大公様に……? そんなこと、できるんですか?」
「でも精霊王様じゃなくて、大公様へのお話しでいいんですか……?」
どこか不安げなウィルとシェリーに、陛下は「よいのだ」と伝えた。
「まず、ウィルの問いについて。大公に話を聞くことは可能だ。つい先日、大公らも魔石通信の技術を導入したと聞いた。敵対した帝国の技術ながら、便利なものは取り入れるべしと考えた大公は聡明だ。次にシェリーの問いだが、その懸念点は尤もだ。シルス精霊国は精霊郷を擁する、精霊の力により成り立つ国。精霊国の長は精霊郷に住まう精霊の王、精霊王とされている。しかし国の統治自体は実質、精霊王に次ぐ位である人間の大公が、精霊王の代理という形で行っている。精霊国の最奥、精霊郷以外の国土には、多くの人間が住まう故に。さらに言えば、精霊郷を維持する精霊王の手を煩わせぬためにな。だからこそ、外交についても大公らが管理する以上、まずは大公に話すべきと判断した。加えて、現在の状況では精霊郷に魔石通信が届くかも、不明なのでな」
丁寧なクリフォード陛下の説明に、ウィルとシェリーは聞き入っている様子だった。
話しているうち、緊張も解けてきたようだ。
クリフォード陛下は控えていた騎士の一人に「魔石通信の用意を」と告げた。
すると騎士は「はっ!」と礼をし、すぐに準備に取りかかった。




