35話 風精霊の双子
寝息を立てる子供二人をリンジーさんのソファーに寝かせ、上から毛布を掛ける。
二人とも静かで穏やかな寝息を立てている。
顔立ちは瓜二つなので双子だろうか、二人とも子供らしく丸い顔立ちが可愛らしい。
ただ、顔や服が煤で汚れているのが気になった。
「この子たち、どこから来たんだろう……?」
「さてな。師匠の召喚魔術がどこに繋がったのか見当もつかんが……」
アレックスはため息交じりに二人を見つめた。
「……この澄んだ魔力、間違いなく人間じゃない。人間の魔力はもっと色があるというか、落ち着いたものだ。この子らの魔力はどちらかといえば、自然に満ちる魔力に近しいものがある」
「それ、どういうこと?」
「つまるところ、この二人は精霊の子供じゃないかと思う」
精霊。
夢や自然の化身であり、森羅万象の全てを母として生まれてくる、この世の合わせ鏡のような存在。
ただし、レリス帝国では稀にしか見ることはなく、その多くは南方のシルス精霊国で暮らしていると聞く。
当然、エクバルト王国でも希少な存在ではあるけれど……。
「……リンジーさん。いくらお手伝いが欲しいからって、精霊の子を攫うのはちょっと……」
人間で言えばまだ十歳に届かないくらいの見た目だ。
いきなり精霊のいないエクバルト王国に飛ばされてしまって、目覚めたらこの子たちも大層驚くのではなかろうか。
ジトっとした視線を送ってみると、リンジーさんは慌て出した。
「ま、待てティアラ。真顔で引くんじゃないよ。私だって魔法陣から精霊の子が出てくるなんて予想外だったんだ。それにさっきの光景も見ただろう? この召喚は間違いなくイレギュラーだった。逆に私の魔法陣に何かして、この子らがここまで空間転移してきた可能性さえある」
「子供とはいえ精霊だからな。魔力も魔術的な技量も人間を遥かに凌駕していてもおかしくはない。しかし……服の汚れといい、少し気になる部分ではあるな」
アレックスは「この子らが起きたら聞いてみよう」と言い、魔導書の翻訳作業に戻った。
リンジーさんは当然、召喚失敗で店中に散らばった物品の回収と整理だ。
私も店の中をそのままにできないので、それを手伝うことしばし。
「……う、うーん……?」
ソファーから声が聞こえたのでそちらへ視線を向ければ、二人が目を覚ましていた。
目を擦りながらゆっくりと起き上がり、店の中を見回す。
「ウィル、ここどこ……?」
「分からないよ、シェリー……」
まだ寝ぼけているのか、二人とも舌足らずな声を出している。
それに精霊も大陸の統一言語を話すようで、会話ができそうなのは何よりだった。
そんな二人へ、ソファーの後ろの机で作業を進めていたアレックスが声をかけた。
「ようやく目覚めたか。気分はどうだ?」
……すると。
「「うきゃぁっ!?」」
双子らしく声を揃えて双子の精霊が小さく跳ねた。
二人は抱き合って、小刻みに震えながらアレックスの方を向く。
「えっ……何々!? お兄さん、なんで魔力がないの!?」
「ゆ、幽霊……? もしかしてここ、あの世……!?」
いきなり死人扱いされつつも、アレックスは興味深そうに顎に手を当てた。
「ふむ、気遣った途端に酷い反応だが……そうか。自然に近しい精霊は、生命の源である魔力の塊。人間以上に魔力を読み取る能力に長けているとすれば、逆に魔力のない俺は気配も読めないから不気味なのか」
アレックスは「だが安心しろ。俺は生きている」と双子の手を握った。
「温かいだろう。この通り、血の通う人間だ。俺は生来魔力を持たない肉体でな、驚かせて悪かった」
「う、うん……」
「本当に、生きているんだ……魔力ないのに……」
二人も恐る恐るといった面持ちでアレックスの手を握ったり触ったりする。
ただしその後、二人は何故かこちらを向いた。
「逆にお姉さんは凄いね……。底がないような、神様みたいな魔力の量だ」
「それに魔力が温かい。あの、お姉さんも精霊? それとも神様?」
二人からとんでもないことを言われた私は、顔の前で両手を横に振った。
「神様でも精霊でもないよ。私も人間。あなたたちの手を握るお兄さん、アレックスと一緒」
するとアレックスは「ああ、名乗るのがまだだったな」と話した。
「俺はアレックス。そこにいる可愛いお姉さんがティアラで、だらしなさそうなのが俺の師匠、リンジーだ」
「おいっ! ティアラと私との紹介の差っ!」
リンジーの抗議もどこ吹く風といった様子のアレックス。
「二人の名前も聞いてもいいかな?」
私が問いかけると、二人は顔を見合わせてから、こくりと頷いた。
「俺はウィル、風の精霊」
「私はシェリー、同じく風の精霊」
「そうか、二人は風の精霊なのか。……それで二人はここに来るまで何をしていたんだ? こちらの不手際で召喚してしまったようなものだが、その際の魔法陣の反応と、ウィルやシェリーの姿が気になってな」
アレックスの言葉を受け、ウィルとシェリーは少し煤けた自身の姿を確認し、彼の発言に納得した様子だった。
「俺たち故郷に、精霊郷にいたんだ。でも、精霊郷がおかしくなって……」
「カリルさん……精霊のお兄さんに助けてもらって、精霊郷と外の世界を繋ぐ精霊門に入ったんだけど……」
精霊郷、確かそこはシルス精霊国の最奥にある精霊の住処だ。
多くの精霊がそこで生まれるとも聞く。
これで二人が遠方のシルス精霊国から来たのは分かった。
ただ、シルス精霊国といえば、少し前にレリス帝国と戦争を行っていた国だ。
帝国が宣戦布告をした表向きの理由は「シルス精霊国の精霊に民を害されたため」となっている。
しかしその実、戦争が終わった後で「レリス帝国の魔導発展のため、シルス精霊国の精霊を欲し、最終的には精霊郷も手中に収めたかった」との旨を帝国の宮廷で耳にした。
当時はそんな目的で起こした戦争で、大勢の人々が傷ついたなんて……と、兵士を癒していた私も思ったものだった。
──でもまさか、今回ウィルやシェリーの故郷がおかしくなったのって、まさかレリス帝国のせいなんじゃ……。
そう考えれば、背筋が凍る思いだった。
あの国の王族や貴族の方々ならやりかねないと感じたから。
……けれどウィルやシェリーと話を進めるうち、原因はどうやらレリス帝国ではないということが分かってきた。
穏やかだった精霊郷が突然荒れ、深紅の稲妻に大人の精霊たちは飲まれてしまったのだとか。
「大人たちは死んでないとは思う。精霊は死んだら魔力になって、光みたいに周囲に散らばるから。それがないってことは、きっとどこかに……」
「カリルさん、大丈夫かな……」
顔を曇らせるウィルにシェリー。
その時、ここまで黙って話を聞いていたリンジーさんが唸った。
「故郷の大人を心配しているところすまないけどさ。二人の話を総合すると、ウィルとシェリーは精霊門を通った途端、この店にいたと?」
「うん。まさか遠くのエクバルト王国まで飛ばされるとは思ってなかったけど……」
「私たちの記憶がないから、多分そう」
「なるほど、そういうことかい」
リンジーさんは腕を組んでどこか納得した様子だった。
「師匠、何か分かったのか? 分かったなら俺とティアラにも教えてくれ」
「勿論だ。とはいえ私も精霊郷や精霊門を実際に目にした経験はないから、ダイアス家に伝わる話や記録も込みでの憶測だけどね。……精霊門ってのは確かに精霊郷と外界とを隔てる門の役割を果たしているらしい。だがその実、単なる門じゃなさそうって話さ」
「っていうと、どういうことですか?」
「想像してみてほしいんだけどさ。ウィルやシェリーの話からしても、精霊郷は精霊門を通じてのみ外界と繋がっている。要するにそんな門がただの構造物な訳がないってことだよ。第一、精霊が生まれる精霊郷って場所が普通な場所の訳もないしね。私が思うに、精霊郷は一種の異空間であり、その異空間の出入り口が精霊門なのさ」
話を整理してみれば、リンジーさんの言う通りかもしれない。
そもそも精霊郷とシルス精霊国が地続きなら、精霊門以外の場所からでも人間が侵入できてしまう。
つまるところ、精霊郷も精霊門も地図上の位置としてはシルス精霊国の最奥にあるものの、その内部は先日現れた魔族が作り出したような異空間なのかもしれない。
……あそこまで殺伐とした異空間ではないと思うけれど。
「そんで異空間への出入り口である精霊門も間違いなく膨大な魔力の塊だ。外界と異空間を繋いでいるんだから当然と言えば当然さね。……さて、話が曲がったけど。ここでようやく本題だ。話を総合して私が何を言いたいかって、要するにその精霊門と私の召喚魔術が何かの原因で繋がったと考えた方が自然って話だよ。両方とも、魔力の働きとしては“空間を超えて物体を移動させる”ってものだし魔力特性はよく似ているはずだ。そんな魔力同士が引かれ合ったとかね」
「なるほど一理あるな……。精霊門は物体を精霊郷の外へ飛ばすもので、召喚魔術は物体を師匠の店に呼ぶもの。両者共に“空間を超えて物体を移動させる”ものであるし、魔導的にも精霊門がウィルとシェリーにとっての入り口、召喚魔術がこの店への出口の役割だな」
「流石は我が弟子、理解が早いね」
魔力特性など、専門的な用語は少し出てきたものの私にも概要は分かった。
ざっくり言えば、精霊門を通った二人がリンジーさんの召喚魔術の魔法陣から直接そのまま出てきた形なのだ。
問題はその原因だけれど……。
「ウィル、シェリー。二人は精霊門を潜る時、何か目的はあったかい? やりたいこととか。魔術みたいに、魔力は使用者の願いを叶える方向に働くものだ。精霊門が私の召喚魔術に影響を及ぼした原因、多分だけど二人にあるんじゃないかって私は踏んでいるんだが……」
するとウィルとシェリーは同時に「あっ」と声を出した。
「目的ならあった。俺たち、カリルさんに言われたんだ。精霊郷のことを外に報せて、できればこの、エクバルト王国の聖女様に伝えてって……!」
「アレックスさん、ティアラさん、リンジーさん。私たち、この王国に滞在中の聖女様を探さなきゃいけないんです。お願いします、一緒に探してください……!」
ぺこりと頭を下げたウィルとシェリー。
そんな二人を見て、アレックスは「そういうことか」と頷き、リンジーさんは「あー、全て納得したよ」と言った。
不思議そうにするウィルとシェリーに、アレックスは一言。
「二人とも安心しろ、目当ての聖女様ならそこにいるぞ」
「「えっ……?」」
声を揃えたウィルとシェリーの視線がこちらを向く。
リンジーさんが「流石は聖女様、精霊から助力を求められるなんてね」と驚く中、私の方も驚きを隠せなかった。
まさかこの二人が私の力を求めていたから、リンジーさんの魔法陣を通ってここに現れたなんて。
ひとまずウィルとシェリーの二人から、もっと詳しい話を聞く必要がありそうだった。




