33話 精霊郷の稲妻
今回から第2章に入ります!
魔導により国々が栄え、数多の歴史を紡いできた地、パルゲルス大陸にて。
エクバルト王国やレリス帝国からさらに南へ下ると、シルス精霊国へとたどり着く。
そこは魔導発祥の地とされ、古よりこの世を見守る精霊の力が色濃く残る地でもある。
エクバルト王国が剣と竜、レリス帝国が魔導により力を示す国であるならば、シルス精霊国は精霊の国と言えよう。
精霊は夢や自然の化身であり、森羅万象の全てを母として、様々な子が精霊としてこの世に産まれてくる。
清らかな水、駆け抜ける風、暖となる火、多くを支える地のような自然の精霊から、人々が扱う魔術や物体、果ては夢から生じた精霊まで。
精霊たちも人間同様、多くの個性や属性を宿して生きている。
そんな精霊たち全てが誕生する地こそが、シルス精霊国の最奥、精霊郷。
たとえシルス精霊国の貴族──大公ら──といえども、人間は決して踏み入ることの叶わない人間禁制の地。
常に緑が芽吹き、清流の絶えない、この世の楽園とさえ称される穏やかな場所。
……されど、そのような精霊郷は今、赫々の稲妻が走る煉獄となりつつあった。
青空は赤く染まり、雲は黒く、木々は生気を失っている。
そのようにして、精霊郷が尋常ならざる変貌を遂げる中、幼い風精霊の双子が全力で駆け抜けていく。
「シェリー! もっと速く走って!」
「走ってるっ! でもウィル、もう足が……!」
妹の手を引いて走る兄、ウィルは、若草色の髪を首元まで伸ばした少年だ。
髪と同じ色の瞳を不安げに揺らしながら、それでも妹の手を離さず、稲妻の渦巻く精霊郷の中心から離れていく。
一方、手を引かれているのは兄と同様の髪色と瞳をした妹、シェリーだ。
双子らしく顔立ちはよく似ているものの、吊り目気味な兄と比べれば丸い目をしており、どこか温和な印象を抱かせる。
シェリーは肩まで伸びた髪を揺らし、首を左右に振った。
「どうしたシェリー、止まるなよっ!」
「……ごめん。この先にはウィルだけで行って。私もう、足が動かない……!」
生まれたての小鹿のように足を震わせる妹に、ウィルはしゃがんで背中を見せた。
「弱音を吐くな! こんなところで立ち止まっていたら、大人たちみたいにあの赤い稲妻に飲まれるっ! おぶってやるから早く乗れ!」
「でも、そうしたらウィルまで逃げきれなくなっちゃう……!」
ウィルは苛立たしげにシェリーを急かすが、シェリーもウィルを気遣い一向に背に乗る素振りを見せない。
お互い双子同士、気遣い合ってしまうのは当然である。
それも精霊の双子となれば、この世へ生まれる前に魂を分け合った仲なのだから。
だが……この異常事態において、二人の気遣いは双方に危険を及ぼし合うのもまた道理だった。
深紅の稲妻が走り、魔物の顎のような形となり、風精霊の双子に迫る。
「……っ、シェリー!」
ウィルがシェリーを庇って抱き寄せるが、稲妻が走る方が数段素早い。
それは双子を飲み込み、他の大人の精霊と同様、どこかへと消し飛ばしてしまうかに思えた……その須臾にて。
「《銀嶺よ・聳えよ》!」
精霊の発する独特の声、魔力を込めて自然へ干渉する言葉により、双子の眼前に銀氷の大盾が立ち上がった。
大盾は深紅の稲妻を通さず、霧散させ、激しく散らせてゆく。
「ウィル、シェリー! 大丈夫か!」
双子を気遣いつつその場に参じたのは、長身痩躯の青年だ。
月色にも似た銀髪と明るい星空色の瞳。
顔立ちは女性かと見紛うほどに中性的ながら、その気迫は正に戦士のそれ。
稲妻すら食い止めるほどに分厚い銀氷の大盾を生み出し双子を救ったのは、精霊郷きっての武人。
「カリルさん……!」
騎士の精霊、カリル。
人間が森羅万象の一部である以上、人間の夢──即ち“こうあってほしい”という願い──からでさえ、精霊は生まれ落ちる。
故に、カリルは騎士の夢と偶像を宿した精霊であり、彼が騎士として幼子を庇い現れるのは必然だった。
……それがたとえ、勝機のない戦であっても。
「二人とも、今すぐに精霊郷から出ろ! あれはまだ生まれたばかりだ。ここから出られはしない、外に脱出できればしばらくは安全だ!」
「生まれた、ばかり……?」
ウィルもシェリーも首を傾げた。
あの稲妻が産まれたばかりとはどういう意味なのか。
稲妻は稲妻、たとえ赤くても自然現象だ。
生じては消えるものに対して生まれたばかりとは、たとえが適切でないと二人は感じていた。
……そして直後、今は考えている場合ではないとも。
「さあ、走るんだ! このことを外へ! そしてできるならば……!」
カリルは腰から直剣を引き抜いて構えつつ、背後の双子へと確かな声で託す。
「剣と竜の国へ、エクバルト王国へ行くんだ。そして王国に滞在中と噂の聖女様へ、ありのままを伝えてくれ。彼女ならば、きっと……!」
「でも、カリルさんが……!」
カリルへ手を伸ばすシェリーへ、ウィルは「行くぞ!」と手を掴んで強引に連れて行く。
シェリーはカリルを置いていけないと、ウィルに抵抗しようと彼の顔を見上げ……息を呑んだ。
そこには歯を噛みしめ、震えながら涙を浮かべる兄の姿があったからだ。
気丈なウィルが涙を浮かべるところなど、シェリーはこれまでほとんど見たことがなかった。
……ウィルとてカリルを置いて行きたくはないものの、妹を犠牲にはできなかったのだ。
生まれた頃より共に在り、人間で言う親戚のように接してくれたカリルを背に、ウィルとシェリーは最後の力を振り絞って走り続ける。
精霊郷と外界とを繋ぐ精霊門までは、後少しといったところだった。




