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31話 飛竜競

「……あれから少し経って、アレックスから聞いたんですけど。調べた結果、バルト枢機卿とエイベル公爵が共謀して私を宮廷から追い出そうと画策したんだそうです。私の悪い噂も、バルト枢機卿から相談を受けたエイベル公爵が流したものだって」


 しかし今となっては「偽聖女」「力は偽り」といった噂の原因が分かってすっきりした思いだった。


「……バルト枢機卿は輝星教会の利益のため、エイベル公爵は自分の家のために。最初は平民嫌いのイザベル姫が原因かなって思っていたんですが、もっと原因は深いところにあったみたいです。イザベル姫でさえ、エイベル公爵たちに上手く利用されていた形だったんだとか」


 渓谷の空を眺めながら、私はそうリンジーさんに話した。


 ……今こうして王国で楽しく暮らせているからこそ落ち着いて話せる内容だなと、私は感じていた。


「でも、噂じゃ二人とも失脚したに等しいんだろう? 王国に魔族がやってきた件で、クリフォード陛下が直々に帝国まで出向いて、公爵と枢機卿の悪事を暴露して……。エクバルト王国は剣と竜の国、竜の炎に焼かれたい輩はいないだろうからね。けじめって名目の見せしめとして、向こうの帝王の命令でエイベルは爵位の剥奪、バルトは教皇の怒りを買って教会から除名された。さらに帝国の姫……ええと、誰だったか」


「イザベル姫ですか?」


「そう、そいつだって宮殿を追われて、離宮に送られたって話じゃないか。聖女を宮廷から追い出した張本人なんだから、民の怒りをなだめるためにも仕方がないけどさ。いい気味だと私は思うね。やらかして離宮に置かれた姫君なんて、誰も見向きはしないだろうから」


 リンジーさんはそうやって軽く言うものの、実際に帝国では怒った民が暴動寸前までいったらしい。


 まさか私がいなくなったくらいで……と当初は思っていたものの、意外と影響は大きかったようだ。


 頼まれれば誰でも治していたし、あの頃は聖女だからと気張っていたけれど、まさかそこまで“聖女”という存在が帝国民からの人気を得ていたとは思わなかった。


 他にもアレックス曰く、私の力が無意識のうちに周囲へいい影響を与えていた……とのことだった。


 ただしその、いい影響については詳しく聞いても、アレックスからは曖昧にはぐらかされてしまっていた。


 それでもと食い下がって聞けば「きっとティアラが知ったら無駄に気負う。別に今のティアラには関係ないし、帝国の王族と貴族の浅慮が原因なんだから気にしなくていい」といった返事をされた。


 そこでようやく、アレックスが私を気遣って曖昧な返事を続けていたのが分かったので、私はそれ以降、同じ話題は出さないようにしている。


 ともかく海の向こうのレリス帝国では、私がいなくなって王族や貴族、それに輝星教会の方々が困っている……というのが現状らしい。


 それについては自業自得かな、というのが私の思いだった。


 アレックスは今も私を気遣って動いてくれている様子なので、それを無下にして帝国に戻ろうとも思わない。


 私はこのエクバルト王国で、アレックスやリンジーさんたちと一緒に、これからも第二の人生を温かに歩んでいくつもりなのだから。


 ……そんなふうに考えていた時、ふと周囲の人たちが立ち止まり、ざわざわと話し始めたのに気が付いた。


「おい、見ろよ!」


「あのお方は、まさか……!」


「いやいや、そんなそんな。こんなところに来る方じゃないだろ見間違いだよきっと……」


 声が聞こえたので気になって振り向けば、リンジーさん「ほう」と笑みを浮かべた。


「これはソフィア様。まさかあなたもここに来るとは。王族は専用の席があるのでは?」


「久しいですね、リンジーさん。ここにあなたとティアラさんがいると聞いて、思わずきてしまいました」


「ソフィア様……!」


 突然現れたソフィア様に、私は思わず立ち上がってしまった。


 周囲の人たちが驚いていた訳だと、同時に深く納得した。


「立たなくていいのよ。今日は私も、あなたたちと同じ目的だもの。隣、いいかしら?」


「勿論、大丈夫です」


 ソフィア様は私の隣にちょこんと座った。


 すると周囲の人たちは「お、恐れ多い……」と、少し離れた場所に移動していく。


「ははっ。ソフィア様が来ると人込みが捌けてありがたいね」


「リンジーさんは相変わらずですね。こうしてお会いするのは四年振りでしょうか?」


「アレックスが帝国に行く前に会ったのが最後だったかと。あの脱走王子、遂に帝国に脱走かい! ……なんて冗談を言ったのも覚えていますとも」


「ふふふっ、そうでしたね。あの時はとても笑ってしまいました」


 ……と、ソフィア様とリンジーさんが談笑している最中。


 渓谷各所に設置されている声を拡張する魔道具から、大きな声が発せられた。


「フィリス渓谷にお集まりの皆様! 大変お待たせいたしました! 本日開催される飛竜競の準備が間もなく整いますので、ご着席いただきますようお願いいたします!」


「おっ、遂に始まるね」


 リンジーさんが身を乗り出して渓谷を見つめる。


 ……そう、私たちや大勢の方々がここに集まった理由。


 それは……。


「きゃーっ! アレックス王子よ!」


「相棒の黒竜に乗っているぞ!」


「マジでかっこいいな……! まるで勇者様だ!」


 ……アレックスの出る飛竜競を、皆で見に来たのだ。


 アレックスが魔族バァルを倒した現場は、さっき思い出したように大勢の王国民たちが目にしていた。


 ああなっては隠しようもなく、第一王子であるアレックスの活躍は一気に噂となって広まった。


 王都に出た化け物は何だったのか、王子は何と戦っていたのかと、城や兵士へとの問い合わせが殺到したのだ。


 その上「ならばこの際、祝い事にしてしまえ。実際アレックスは魔族を討ち取り国を救ったのだから」と言い出したのがクリフォード陛下だった。


 しかもアレックスは城の騎士や使用人たちに人気なので、それはもう皆揃って盛り上がった。


 ……そうして、魔族討伐を祝って何をするかといった話になり……。


「祝い事といえば飛竜競だな。我が国ではめでたき日には各地で飛竜競が行われ、天神に捧げる習わしだ。当然、今回は俺が出る」


 と、明らかに飛竜競をやりたそうにしつつ、アレックスが言い出したのだ。


 以前は飛竜競に反対していたテオたちも「最近はアレックス王子もよくデミスに乗っていますし、肩慣らしも済んでいるかと」と納得した様子だった。


 また、アレックスは日々魔導書の翻訳作業を進めていたので、彼自身も息抜きがほしかったのだと思う。


 こうしてアレックスは念願だった飛竜競を、この王国で最も巨大な渓谷こと、フィリス渓谷で行える運びになり……今に至る。


 渓谷の中、先頭は王子としての正装を身に纏ったアレックスとデミスが飛んでいる。


 それに続き、四騎の竜騎士たちがそれに続いて飛んでいく。


「コースの下見は完全に済んだようだね。今はああやって開始地点まで戻っているのさ。飛竜競は飛ぶ竜に乗る都合上、危険な競技だからね。開始前の下見は必ず行うって寸法さ」


 リンジーさんの解説を聞いてから、私はアレックスに手を振ってみた。


 周囲は大勢の人がいるし、私やリンジーさん、ソフィア様に気付くのは難しいかな……と思っていた。


 けれどアレックスも客席を見ていたようで、私の方を見て手を振ってくれた。


 ……ただし、その際。


「あっ……! アレックス王子が手を振ってくれたわ!」


「ちょっと、あれは私に振ってくれたのよ!」


「いいやあたしよっ!」


 周囲の女性たちが一気に盛り上がった。


 流石はイケメンの王子様、王国の女性たちからの人気は絶大だ。


 アレックスが見えなくなるまで歓声は響き続け……そうして、声が次第に収まっていった頃。


 騎士たちが私たちの正面に、薄く切り出された巨大な円形の魔法石を運んできた。


 魔法石は台と繋がっており、台には様々な種類の魔法陣が刻み込まれていた。


「ソフィア様、これは?」


「ちょっとした魔道具よ。これがあった方が飛竜競をより楽しめるかなって思って、準備してもらったの」


 ソフィア様が騎士へ頷くと、騎士が台を操作し、魔法石に何かが映し出される。


 そこにはデミスに乗って手綱を握る、アレックスの姿があった。


「ほう、遠見の魔術と同様の力を持った魔道具ですか。これはいい、渓谷の裏に回っても脱走王子の雄姿を見ることができますな」


「そういうこと。……二人とも、始まるわよ」


 ソフィア様がそう言った途端、再度、会場各所の魔導具から声が発された。


「皆様、大変お待たせいたしました! 第五百十回、エクバルト王国公式飛竜競! アレックス王子も出場なさっている注目の一戦……開幕です!」


 この場はあくまで式典などではなく、飛竜競であるためか。


 はたまた今か今かと飛び立ちかけていた竜や竜騎士たちを気遣ってのものなのか。


 前置きは非常に短く……遂に飛竜競は開始され、五騎の飛翔と共に会場はこれまでにないほどの歓声に包まれたのだった。

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