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3話 アレックス・ルウ・エクバルト

 日々の疲労で少し足はふらつくけれど、そんなものは気にならないほど私の心は晴れ晴れとしていた。


「今日から自由! ……でも、どこに行こうかな」


 帝都の大通りの端で少し考え込んでから、


「ひとまず帝国図書館にでも行こうかな」


 帝国図書館、そこは帝国中の貴重な文献が保管されている場所だ。


 当然ながら許可がなければ入れないが、私の場合は聖女という立場であったのと月に一度の休日に必ず通っていたので、最早顔パスだ。


 ……今は元聖女だけれど、最後に一回くらい行ってもバチは当たらないだろう。


 宮廷のある帝都からはひとまず離れる予定だし。


 私は賑やかな大通りを移動し、宮廷から少し離れた帝国図書館へ足を踏み入れる。


 神殿のようにも見える厳かな石造りの図書館は、いつ見ても建物そのものが美術品のようだった。


 まずは受付さんに顔を見せると「お入りください」と一礼される。


 そして中へ入れば、いつ来てもその蔵書量に圧倒される。


 高い棚に本がぎっしりと詰まっている様は、私にとっては夢のようだった。


「辺境の故郷じゃ本なんてほとんどなかったものね……」


 端的に表せば、私は本が──歴史書、図鑑、伝記、小説などのどれもが──大好きだ。


 どんなに辛いことがあっても、集中すれば忘れてしまえる。


 本の中は知識の海で、そこでは私はいつだって自由だからだ。


 それを理解した時は、必死に文字の読み書きを学んで本を読めるようにしたものだ。


 そんな訳で、私は休日のたびに必ずと言っていいほどこの図書館に通っていた。


 図書館の中には私のように本好きと見える人たちがちらほらといて、本を開いて夢中になっていた。


「帝都を出る前に最後に読むなら何がいいかしらね……」


 思わずそう呟いて本を一冊手に取れば、背後から「えっ」と声が聞こえてきた。


 思わず振り向けば、そこには。


「アレックス。久しぶりね」


 私の数少ない友人であるアレックスが立っていた。


 光を受けて輝く金髪に、こちらを映す澄んだ翡翠色の瞳。


 影を長く伸ばす長身は、帝国魔導学園の制服がよく似合っていた。


 そう、彼は名門である帝国魔導学園の学生なのだ。


「久しぶりだな、ティアラ。……それで、帝都を出るってどういうことだ? この図書館にももう来ないのか?」


 アレックスは少し難しげな表情でそう聞いてきた。


 ──うん。私が図書館にもう来ないって思えば、アレックスだって事情が気になるかもしれないよね。


 ちなみに、彼とはこの図書館で知り合った仲だ。


 仲良くなった際に聞いたところ、アレックスは留学生であるようで、あの時はこの国の歴史に興味があったのか歴史書を手に取ろうとしていた。


 一方、私も偶然同じ歴史書を手に取ろうとして……互いに顔を知り合ったきっかけはそんな形だった。


 その後はアレックスが度々、私に「図鑑はどこにある? 課題で使うんだが場所が分からなくてだな……」など、本の位置を聞いてくるようになり、気が付けば雑談も増えていった。


 結果、今や私の数少ない友人になっていったのだ。


 アレックスには事情を話そうと思い、私はこくりと頷いた。


「私、宮廷に住んでいたんだけど……事情があって出て行くことになったの。それで宮廷の近い帝都に住む気もないから。多分、この図書館に来るのもこれが最後」


「事情があって出て行く……? レリス帝国の当代の聖女が宮廷から? おいおい、穏便じゃないぞ何があった」


「……? アレックス、私が聖女だって知っていたの?」


 思い出すのも嫌だったから、今まで仕事については一言も伝えていなかったのに。


 するとアレックスは盛大にため息をついた。


「当たり前だろう。帝国で暮らしているのに当代の聖女を知らない方がおかしい。最初に出会った時は驚いたが……いいや、ひとまず外で話そう。ここだと他の人に迷惑だし、聞かれても困る」


 アレックスにそう指摘され、私は思わず手で口を押えた。


 ……図書館ではお静かに、そういう決まりだった。


 それから私はアレックスと一緒に外へ出て、帝国図書館の横にある噴水広場に向かい、その一角にあるベンチに腰掛けた。


 青空の下、多くの人が行き交う広場は活気がある。


 私は帝国図書館の次に、明るい雰囲気のこの場所が好きだった。


「……そんな訳で、今まで少しだけ大変だったの」


 諸々の説明を終えると、アレックスは「はぁ……」と盛大にため息をついた。


「酷い姫君だ、言いがかりも甚だしいな。戦争が終わった途端、今まで国のために尽力してきた聖女を切り捨てるとは……」


「でも……仕方ないもの。私は元々、辺境の生まれだし。宮廷に相応しくなかったのは本当かも」


 頑張って作法とかも覚えたのになぁ、と続ければ、アレックスはこちらを見つめる。


 ……正確には、私の手をだ。


「ティアラ。もしよければ一回、俺の手に治癒の力を使ってもらえないか? 話を聞いて気になって、確かめたいことがある」


「確かめたいこと?」


 アレックスは懐から短剣を取り出し、軽く自分の手をひっかくように切った。


 ……これくらいの傷なら、さほど反動もなく治せる。


 友人の頼みなら、と私はアレックスの手に自分の手を重ね、治癒の力を行使した。


 途端に傷は癒えていくが、アレックスは目を丸くしていた。


「どう? 確かめたいことは分かった?」


「ああ、分かった。分かったが……恐らく、とんでもないことが起こっているぞ」


 アレックスは下げていた鞄の中から筒を取り出した。


 中から紙を出して広げてみれば、そこには「帝国魔導学園 学位記」と記されていた。


「これって……えっ。アレックス、魔導学園を卒業したの?」


「ついさっきこれを貰ってきた。だから今は故郷に戻るまでの短い休暇中だ……って、今はそんな話はいい。俺がこれを見せたのは、俺が魔導学園で魔力や魔術について学んで研究し、ある程度の知見があるとティアラに知ってほしかったからだ」


「は、はぁ……」


 アレックスのいつになく熱心な様子に、私は少しだけ気圧されてしまった。


「それで今使ってもらったティアラの力……聖女特有の治癒の力についてだ。俺の見立てでは恐らくだが、歴代聖女の『力を使った際に出る聖なる光』とやら。それは多分、治癒の力を行使した際、大気中へ逃げる魔力が光っているんだ。つまりは魔力のロス分だ」


「……魔力が無駄に逃げた分が光っていたってこと?」


「そうだ。治癒の力は凄まじい魔力を消費するし、そもそも魔術の魔法陣だって輝いているだろう? 大気中へ放出される魔力ってのは光るんだよ。でも……」


 アレックスは私の手を握って、息を呑んだ。


「……ティアラの場合、さっき手を治してもらったのを見る限り、全く魔力が光らなかった。大気中へ逃げる魔力のロスがゼロに等しいんだ。魔力が無駄に空間へ発散せず、対象の人間にのみ正確に力が働いている証拠だ。さっき俺がとんでもないことが起こっているって言ったのはそれだ。魔力を行使した結果、ロスがゼロ……そんな例は聞いたこともない……!」


 アレックスは自分で言いつつ妙に感動しているような、興奮しているような様子だった。


 ……要するに、私の治癒の力はアレックスからすればかなり凄いらしい。


 実感はないけれど。


「ティアラ。これから帝都を出るって言っていたが、行く宛はあるのか?」


「うーん……実はないの。故郷にも戻りにくいし、ノープラン」


「よし。だったら俺の国に来ないか? 俺も近々帰るところだしタイミングもいい。ティアラを最高の待遇で迎え入れるし、宮廷のように無理に治癒の力を使って働くことも強いないと約束する。向こうにも大陸の統一言語で記された本が多く入っている図書館はあるし、自由にして構わないぞ」


「ほ……本当!? ……って、どういうこと? アレックス、留学生って聞いていたけど。そもそも俺の国ってそんな自分の物みたいに……」


 思わず訝しんで聞けば、アレックスはけろっとした表情で、


「ああ、俺の国で間違いない。……言ってなかったな。俺はアレックス・ルウ・エクバルト。エクバルト王国の第一王子だ」


「……えっ? ……えええっ!?」


 ──何、アレックスって王子様だったの!? というか王子様も留学とかするんだ……。


 今まであまりにも普通に接していたので、一周回って驚いてしまった。


「というか、何で今までそんな大事なこと黙ってたの……?」


 まずい、隣国の王子様にこれまで色々な無礼を働いていないだろうか。


 ……こちらは辺境の寒村出身な田舎娘、気付かぬうちにおかしな真似をしてしまったりとか……。


 ううん、と唸っていると、アレックスは小さく噴き出した。


「くっ、はははっ。驚いてくれてよかったよ。いつか驚かせてやろうって黙っていた甲斐があった」


 アレックスはひとしきり笑ってから、


「それでどうする? 俺としてはティアラほどの人材がうちに来てくれればとても嬉しい。宮廷から追い出されたティアラを引き抜いても、この帝国の人間も文句は言わないだろうしな。何より……友達の窮地を放ってはおけない」


 アレックスはじっとこちらを見つめてくる。


 私の返事を待っているのだ。


 ──行く宛もないし、アレックスならおかしなことはしないだろうし。帝都から遠くへ行くって意味でも……うん。いいかも。


 ここ数年の付き合いで、そう思えるくらいにはアレックスに心を許していた。


 私は一度頷いた。


「分かった。私、アレックスについて行く。宮廷みたく、治癒の力を使って働くことを強いないって言ってくれたもの」


「そりゃ当たり前だ。……魔術でもそうだが、治癒系統の力は高度かつ使用者に多大な負荷を強いる。強引に使わせていいものじゃないんだ、本来なら。……その点、体を壊さなかったティアラはかなり凄いと思うぞ」


「えへへ、そうかな」


 褒められて嬉しくなっていると、アレックスは「本当に流石だよ」と笑みを浮かべた。

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