29話 聖剣と剣舞
「周りに建物も見える、よかった。王都に戻ってきたんだ……!」
「ティアラ!」
力を使いすぎてふらつくと、リンジーさんが支えてくれた。
今まで空間へと魔力を放って力を使う、なんて大それたことをした経験は勿論なかった。
だからこそなのか、疲労感が今までにないほどだ。
体中が鉛のように重く、帝国の宮廷で仕事をしていた時よりも酷い。
でも……あの時と違うのは、確かな満足感が胸の中にあるということ。
──アレックスの力になれたって、確かな思いがここにある!
「ティアラ……! 大丈夫か!」
不安げにこちらに駆け寄ってきたアレックスは、開けっ放しだった窓から顔を出す。
私は彼が安心するように「ぐっ」と親指を立ててみせた。
「後、お願いね……!」
するとアレックスは一瞬目を見開いてから、柔らかな笑みを浮かべた。
「ああ。……ああ、任せろ!」
それからアレックスはバァルへと振り返りつつ、とても低い、怒気さえ感じさせる声音を発した。
「貴様……よくもティアラに力を使わせたな。あれは使用者に強い反動を与えるものだ。お前のせいでティアラは今、酷く苦しんでいる。……生きて返さんぞ、魔族風情が!」
『グオオオオオオオオオオオッ!!!』
さらに空から咆哮が轟き、漆黒の竜がアレックスの傍らに着陸する。
アレックスの護り竜にして兄弟分のデミスだ。
デミスもアレックスの怒りに呼応してか、大きく唸り声を上げている。
また、今日のデミスは先日と違い、二振りの剣を鞘ごと咥えていた。
さっき異空間に引きずり込まれる前、アレックスが吹いた笛はデミスを呼んだもので間違いない。
ならあの笛の音にあった抑揚は?
アレックスが発した「準備の時間を考えても、そろそろ持ってくる頃合いだ」という言葉の意味は?
……間違いなく、あの二本の剣についてだろう。
アレックスは待っていたのだ。
デミスがあの二本の剣を持ってきて、飛んでくるこの瞬間を。
アレックスはデミスに乗り、受け取った二本の剣を腰ベルトに差し、柄に手をかけた。
「ありがとうティアラ。俺と師匠だけだったら、あの異空間から多分、出られなかったと思う。この状況は全部、ティアラのお陰だ。だから……!」
言いつつ、アレックスは剣を引き抜く。
左手には白剣を、右手には黒剣を、それぞれ構えてバァルと対峙する。
その時、私の脳裏には、エクバルト王国に来たばかりの頃の記憶が蘇った。
王の間に通じる大扉、その前でアレックスが説明してくれた言葉。
──左の白い剣は民を守る剣、右の黒い剣は魔を払う剣。
王家の紋章にもあった二本の剣は、実在していたのだ。
アレックスは剣を交差させるように構え、デミスの上からバァルへ言い放った。
「俺は必ず、お前を斬る! 我が王家に伝わりし、天神より賜った二振りの聖剣。果たして貴様に受けきれるか?」
「……この男! 二本の聖剣すら所持していたとは。二百年前の再現か……!」
バァルは忌々しげに唸りながら、得物であるハルバードを握りしめる。
私はリンジーさんに支えられながら、アレックスを見つめた。
王家の紋章と同じ剣を構えたアレックスは、正に未来の王国を背負うに相応しい気迫を宿し……そして、伝説の勇者の風格を身に纏っているように思えた。
もしかしたらバァルも、かつて戦った勇者と目の前のアレックスを、重ねているのかもしれない。
「魔族よ、ここからが本当の勝負だ。竜騎士の力、見せつけてくれる!」
「人間風情が……! 武器を得た程度で調子に乗るなッ!」
バァルは深紅の槍を次々に生成し、宙に浮かせて放つ。
だが……。
「デミス!」
『ウオオオオオオオッ!』
デミスが喉奥から放った灼熱の嵐、即ちブレスで、それら全ては焼け落ちてしまった。
そのままデミスはアレックスを乗せたまま飛翔し、バァルへと向かう。
「寄るな、下等種族めが……来るなァッ!」
バァルは次々に槍の雨を、魔術を放っていくが、デミスは全てを避けてバァルへと肉薄する。
「ク、ウウッ……!」
バァルは大きく跳躍して宙へ逃れるが、デミスも翼をはためかせてバァルを追う。
そうしてデミスの背にいるアレックスが、バァルと同じ高さとなった時……アレックスは短く発した。
「覚悟しろ──剣舞!」
そうしてアレックスが繰り出したのは、舞のようにも見える剣戟の嵐。
白と黒の剣が目にも止まらぬ速さで攻めを入れ替え、輝ける斬撃を舞踏のように回りながら繋いでいく。
聖剣から光が散って、空に光の華が咲いているようだ。
前にアレックスは言っていた。
年の始まりには、王の剣舞を天神に捧げる習わしもあると。
孤児院の子供はせがんでいた。
王子! また剣舞を見せて! と。
今まで、剣舞がどんなものなのか気になっていたけれど……。
「これが王家に伝わる剣舞……!」
敵は魔族で、私たちは今、とんでもない奴と戦っている。
だからこの表現でいいのか、寧ろ不謹慎じゃないかなって思う。
でも、こう呟かずにはいられなかった。
「綺麗……!」
「……そうだね。あの脱走王子にしては、綺麗な舞だ」
私とリンジーさんが見守る中、アレックスはデミスの背の上で聖剣を振るい続けていたが、遂にその手を止めた。
その時にはもう、バァルの鎧は各所が崩れ落ち、纏っていた炎のような魔力も消えかかっていたからだ。
「馬鹿な……せっかく自由となった我が身が、あのような契約のせいで……。何より我が異空間を完全に破壊し尽くすほどの聖女とは。あの程度の贄では、釣り合いが全く取れは……!」
「何を言っているのか知らんが、お前の敗因は明白だ。……ティアラを狙ってこの王国に来たこと。ただそれだけだ!」
アレックスが最後の一撃を放つ。
白と黒の聖剣を同時に振るった一撃で、バァルは霧散し、炎が消えるように消滅した。
同時、空を覆っていた重たい雲が晴れ、太陽と青空が戻ってくる。
穏やかな陽気を取り戻した王都は、既に昼下がりだった。
アレックスはデミスと一緒に石畳の上に降りて、こちらに手を振っている。
私もアレックスに手を振り返すと……異空間を元に戻すほど魔力を使ったせいか、お腹が小さく鳴ってしまった。
魔力は人間の生命力なので、使いすぎるとお腹が減るのだ。
「……昼食、どうしようかな」
「ティアラ、やっぱりあんたもアレックスに負けないくらいに豪胆な子だね……」
リンジーさんはそう言いつつ、ふらふらの私をソファーに寝かせてくれた。