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23話 魔導書の正体

 王立図書館は申請して許可が降りれば、やはり一部の本は借りられるようだった。


 なので私はあの魔導書について「借りて行きたいです」と受付さんにお願いした。


 すると一旦、魔導書は受付さんの手で奥へ持って行かれたのだが、すぐに「構わないそうです」と許可が降りた。


 もしかしたら私が昨日、アレックスと一緒に図書館へきたのも関係しているのかもしれない。


 そういった訳で、私は魔導書を手に城の自室まで戻ったのだけれど……。


「でさー。おいら本当に暇だったんだ。二百年間もねー」


「うん……うん」


 この魔導書、本当によく喋る。


 私も適当な相槌を打つことしかできなくなるほどに。


 本当に二百年も放置されて、話し相手に飢えていたんだなーと感じた。


「あなたが二百年も放置されていたのはよく分かったよ。分かったから……ちょっと中身、読ませてもらっていい?」


「おう、構わないぞ! 誰かに読まれるのは本の本懐だからな、本だけに」


「……」


 さっきから話され続けて疲れたのと、あまりにもしょうもないダジャレだったので無視した。


 すると「ちょっ、あれっ、無視は酷くない?」と魔導書が話し出したけど、そのままスルー。


 椅子に座って、机の上に魔導書を置いて開いてみる。


 ペラペラと魔導書のページを捲っていくけれど……二百年前に書かれただけあって、中は大陸の統一言語で書かれてはいなかった。


 魔導書で使われている文字は、旧王国語と呼ばれるものだった。


 統一言語が使われ始めたのがちょうど二百年前なので、そんな時代の境目に書かれた本ということだろう。


「古いエクバルト王国の言葉はあまり読めないんだよね……」


 私が読めるのは主に統一言語と、レリス帝国の旧帝国語だ。


 読めない本を解読するのも面白そうだけど、それは相手が普通の本である場合に限る。


 こうも騒がしい本が相手では、解読しようにも気が散って仕方がないだろう。


 けれどせっかく借りた本の中身、それも二百年前の魔導書の中身は気になってしまう。


「となると、読めそうな人にある程度読んでもらって、中身を聞くのがいいかな……」


 私の身近だと、頼めそうな相手は一人しか思い浮かばなかった。


 魔導に詳しいあの第一王子様だ。


「でもアレックス、まだ執務中だと思うんだよね……」


「アレックス? 男の名前……将来の相手かい?」


「やかましいです」


 私は魔導書をぱたんと閉じ、ひとまずアレックスが自由になるまで待とうかなと考えた。


 ……するとちょうどその時、部屋のドアが数度ノックされた。


「ティアラ。ちょっといいか?」


「えっ……アレックス?」


 ──タイミングがいいけど、どうかしたのかな?


 少し驚きつつドアを開けると、そこにはやはりアレックスが立っていた。


 また、アレックスは目を細めて部屋の中を見回す。


「……どうかしたの?」


「それはこちらが言いたい。さっき窓からティアラが歩いているのが見えたんだが、その際におかしな声も聞こえたのでな。誰かを連れ込んでいるのか?」


 アレックスの言葉に、今度は私が驚く番だった。


「えっ……アレックスこそ、この声が聞こえるんだ」


 王立図書館にいた人や受付さんには、この魔導書がどんなに騒いでも聞こえていない様子だったのに。


 ……寧ろ他の人にも声がちゃんと聞こえていたなら、この魔導書はきっと、やかましすぎてもっと早くに図書館から遠ざけられていただろう。


「妙に騒がしい声だったからな。俺の耳が常人よりいいのもあるが、あんな怪しげな声は聞き逃さない」


「いやー、お兄さんにもおいらの声が聞こえるとはね。この二百年間、誰にもおいらの声は届かなかったのに。今日は一気に二人に聞いてもらえるなんて驚きだよ」


「何……? 魔導書が喋っているのか?」 


 アレックスは部屋に入ってきて、魔導書を手に取った。


 そのまま慎重な手つきで魔導書の各所を眺める。


「珍しいな、魂が目覚めた魔道具とは……。ティアラ、どこでこれを?」


「王立図書館だよ。そこでこの魔導書が話しかけてきて、借りて出てほしいって言われたの」


「そういう顛末か……。しかし何故こんな珍妙な物が、今まで図書館で眠り続けることができたのか」


 アレックスが難しげな表情を浮かべれば、魔導書の方が話し出す。


「お姉さんに持たれて分かったけどさ。おいらの声って多分、魔力が凄い人にしか聞こえないんだよ。それこそ、お姉さんみたいにあり得ないほど多い魔力の持ち主とか。きっとおいらの創造主もそういう人においらが渡るよう、仕組んだと思うんだけど……。でもお兄さん、逆に魔力というか魔術の才が一切ないね。なのにおいらの声が聞こえるって、一体何者だい?」


「流石は魂が目覚めた魔道具、分かるのか。……何者かという問いには、この王国の第一王子と答えよう」


「王子……? 王子だからおいらの声が聞こえるってこと?」


「それはまた別の話だ。俺の感覚は常人のそれとは違う。魔力が見え、音として聞こえるように、お前の声も聞こえたといったところだろう」


 相変わらず凄いことをこともなげに言いつつ、アレックスはページを捲った、


「中に書かれているのは……ほう、旧王国語か」


「うん、実はそうみたいで。ちょうどアレックスに、少し読んでほしいなって思っていたところだったの」


「任せろ、魔導の書物なら大歓迎だ。……ざっと見る限りでは、昔の魔術について記されていて……んっ?」


 アレックスは無言になり、ページを捲る手が次第に早くなっていく。


 魔導書を映す彼の瞳には熱が宿っている気がした。


 ……そんなアレックスを、私は帝国図書館で何度か見たことがあったなと思い出す。


 こういう時の彼は決まって……魔導好きの心に火が付いているのだ。


 アレックスは魔導書を捲りながら、遂に歓声を上げた。


「ティアラ、凄いぞこれは! これらの魔導式……ここに載っているのは失伝したはずの魔術や魔法陣についてだ! これはもしかしたら、二百年前に写しを含めて全て消滅したはずだった、大賢者の魔術指南書かもしれない。加えて、本の表紙に刻まれている掠れた魔法陣。この形状は多分、古い陰系統の魔術だ。陰に潜むように対象を隠し続ける魔術……魔導書が二百年も図書館に置かれていたのはこれも原因だな。……この魔導書の中身に加え、二百年も持続し続ける高度な魔法陣。大賢者の残した書物という俺の予想も、きっと大外れではないはずだ」


 魔導好きに火がついて、あの魔導書にも負けないほど饒舌になったアレックス。


 私は少しだけ引きつつも問いかける。


「へ、へぇ……そんなに凄いの?」


「凄いなんてものじゃない! これを全て統一言語に翻訳し、魔導学会などで発表すれば、魔導史が大きく動くぞ! 昔の魔術がどうやって進歩し、今に至るのか……この魔導書はその多くを教えてくれるはずだ! 何より……それは俺も知りたいところではある」


 アレックスは魔導書を閉じ、突然かつ意気揚々と「行こう」と言い出した。


「えっ……どこに?」


「師匠の店に決まっているだろう。ティアラと謎の声が気になって、執務を中断してきたが……執務などやっている場合ではなくなった」


「いやいや、そこは執務をやってから行こうよ……」


「一分一秒でも惜しいんだ」


 魔導好きが表に出たアレックスはもう止まらなかった。


 ……前に帝国図書館が閉まった後でさえ、図書館の中で隠れて魔導書を読んでいた彼を思い出してしまう。


「でも、どうしてリンジーさんのお店なの? それこそお城の中で、お城勤めの魔術師と一緒に作業したらいいと思うけど」


 するとアレックスはきょとんとしてから、


「……ああ、言っていなかったな。実は師匠、あの見た目で王国随一の魔術師なんだ。王国の賢者、リンジー・ダイアスの名はそれなりに有名でな」


「王国随一の魔術師……!?」


 また最初に説明してほしかった情報がポロリと出てきた。


 ──そもそも、あんな生活感のないずぼらな人がそんな方とは……というか、天才だからこそちょっと変わった人なのかもしれない。


 当然アレックスも含めて。


「それに城勤めの魔術師では、悪いがこの魂の目覚めた魔導書は手に余るはずだ。こいつの声が聞こえるかも怪しい。……魂の目覚めた魔道具を利用できるのは、その声を聞くことができる者に限定されると聞く。魔導書の場合は恐らく、声を聞ける者にしか中身を読めないはずだ。だがその点、師匠なら問題ないはずだ。何せ当代の賢者とまで呼ばれている身だからな」


「おお……流石はアレックスの師匠だね。ただの魔道具店の店主さんじゃないとは思っていたけど、そういうことだったんだ……あっ」


 見ればアレックスは既に、部屋から出て行こうとしていた。


「ぐずぐずしていられない、師匠の食料を買ってすぐに向かおう!」


「このお兄さん、ちょっと人が変わってないか……? さっきまで結構冷静だったよな」


 困惑する魔導書に、私は苦笑しつつ言う。


「本当に魔導が大好きだから、仕方ないね」


 こうして私たちは急遽、リンジーさんの魔道具店へ向かうことになった。

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