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22話 不思議な魔導書

 コリン王子が騎士学園へと連れて行かれた後。


 アレックスは執務があると言い、城の自室へと戻ってしまった。


 テオたちも任務があるようでどこかへと竜と一緒に向かってしまった。


 なので私は一人になってしまった……その結果。


「ひ、暇だ……」


 手持ち無沙汰になってしまった。


 帝国では聖女としての仕事がほぼ常にあった上、王族や貴族の方々の嫌がらせも多々あったので、私が暇になることは決してなかった。


 それはもう、休日中でさえ翌日やそれ以降の仕事について考えてしまうほどだった。


 だからこそやることがない、予定もないといったこの状況は、思いの外、落ち着かないものだった。


 ……なのでつい先ほど、竜舎に入って「何かお手伝いできることはありますか?」と聞いてしまった。


 すると騎士たちが集まってきて大慌てで、


「いえいえ! とんでもございません!」


「帝国の聖女様に竜舎の雑用などやらせるなどと……!」


「竜を救っていただいたのに、雑用までお任せしては、我らが天神から罰を受けてしまいます」


 ……といった様子で追い出されてしまい、自室へ戻り今に至る。


 収穫といえば、アレックスに近しい騎士たちは、私が帝国の聖女だったと知っているらしいと分かった程度だ。


 アレックスも自分に仕える騎士には、事情をしっかりと語ったということだろう。


 けれどそんなことが分かったところで、私の暇は埋まらなかった。


「私……ワーカホリックってやつなのかも……」


 言いつつ、少し悲しくなってきた。


 まさかここまで仕事に毒されていたなんて……ちょっとだけショックだ。


「……って、いけない。私は今、帝国の聖女じゃないもの。自由に生きられるんだから。仕事じゃなくて、自分の好きなもので暇を埋めなきゃ」


 そうして考えるうち、頭に思い浮かんだのは王立図書館だった。


 アレックスのお陰で自由に出入りできるようになっているし、昨日は長居もできなかったのでちょうどいい。


「よし。王立図書館の中をじっくり眺めて、気になった本を読もう……!」


 そうとも、私の趣味は読書なんだから。


 まだ見ぬ多くの本が私を待っていると思えば、胸が高鳴るものだ。


 それから私は再度竜舎に顔を出し、一応「王立図書館に行ってきます」と伝えておく。


 ……もし迷子になったり、帰りが遅くなった時、アレックスが「ティアラはどこに行った?」と困惑せずにすむように。


 王立図書館は城のすぐ近くにあったので、私の足でもさほど時間はかからず到着できた。


 受付さんに入館許可証を見せ、そのまま図書館内へ。


 中は紙やインクの、図書館特有の匂いがして、ここは帝国と変わらないなと感じる。


 それこそ「本の海に戻ってきた」とさえ思ってしまった。


 蔵書量は帝国図書館といい勝負に思えるほど多く、本棚の高い位置に置かれている本は、昇降用の魔道具によって手にすることができた。


 また、これもお国柄ゆえなのか、帝国に比べて騎士や竜、剣についての書物が多い。


 それぞれについて、伝承や歴史、小説など様々な種類のものが置かれている。


 それらを手に取り、隅っこの席まで持って行き、目の前に積む。


 ──エクバルト王国を詳しく知りたいなら、まずは伝承についての本から読むべきかな。でもこの国で書かれた小説も読みたいし……あっ。王家の紋章の二本の剣についての作品もある。


「……どれから読むべきかな……」


 私はこの、どの本から読もうかなと悩む時間もとても好きだった。


 当然最終的には全て読むつもりだけど、どの本から手を付けようかと悩むのは、とても贅沢な時間の使い方だと思っている。


 ……ただ、私の今の呟きは近くの誰かにも聞こえたようで、


「おいおい、そんな本を前に何を悩んでいるんだ。もっと別に読むべき本があるんじゃないのかい?」


 そう、誰かに言われてしまった。


 同時、私はかなりむっとしてしまう。


 ──全く、人の楽しみについてとやかく言わないでほしいな。


 そんなふうに思いつつ振り向くけれど……。


「……あれっ?」


 おかしい、誰もいない。


 人影すらない。


 本棚の影に隠れていたずらされたかな? と思ったけれどそんな気配もなかった。


「幻聴かな……? ここ数日ドタバタして疲れちゃったのかな」


「そんな訳あるかい。ちゃんとおいらが話しているだろう。……てか、おいらの声が聞こえているんだな。いやー、こりゃ驚きだ」


「……!?」


 思わず立ち上がって、声のする方へ進んでみる。


 ……声は本棚の中から聞こえていた。


「えっ……本棚の中に誰かいる……?」


「強いて言うならおいらがいるな。ほら、さっさと手に取れやい」


「う、うん……えっ、魔導書?」


 冗談みたいに声を発する何かの正体。


 それは古びた一冊の魔導書だった。


 赤い表紙は経年劣化のためか黒く擦れていて、そこに描かれた魔法陣についても霞んでいて、どんなものか判別できない。


 しかしその魔導書には確かに意思がある様子で、手に取った瞬間、朗らかな声が聞こえてきた。


「いやー、よかったよかった。おいらの声が聞こえる人が現れてさ。このままこの図書館でずーっと埃を被ったままだと思っていたから」


「……あなた、何者? 魔導書なの?」


 尋ねれば、魔導書は胸を張った……ような気配で声を出す。


 魔導書に胸などないけれど、様子はそんな感覚だったのだ。


「おいらは名無しの魔導書さ。おいらの創造主はおいらに名前……もといタイトルすら付けず、この図書館に放置したんだ。いずれ真の所有者が現れるからそれまで待て……とか言ってさ。あれからもう二百年とか経っているけど、結構酷くない?」


「うん……そんなに長く放置されるのは酷いね」


 二百年とは、ちょっと想像もできないほどの長さだ。


 それに喋る魔道具の噂は聞いたことがあるけれど、実際に見たのは初めてなので、驚きのあまり曖昧な返事になってしまった。


 ……魔道具は長い時間をかけてその身に魔力を蓄積することで、魂が目覚めて話し出すことがあるそうだ。


 また、魔導書は魔術の指南書であり、魔導書自体にお試しで魔術を起動する仕組みがあったりする。


 つまりは魔導書も立派な魔道具の一種なので、二百年も経てばこうして話し出すこともあるのだと思う……多分。


 そんなふうに考えている間にも、魔道具は饒舌に語り続ける。


「でしょ? 二百年も放置するなんて酷いと思うよな? ……だったらさ、憐れむついでにちょっとおいらのこと借りて、図書館から出てくれよ。ここじゃお姉さんも大きな声で話しづらいと思うしさ。それに……さっき言った言葉の続きだけども」


「続き?」


 問いかければ、魔導書は「おうともさ!」と応じた。


「もっと別に読むべき本があるんじゃないのかい? ってやつ。もしよければおいらのこと、読んでみてくれよ。これでも魔導書だから、そこそこ有益な情報が載っているかもだし……って待った! なんでおいらのこと棚に戻そうとしているんだい!?」


「楽しい時間を邪魔されたのを思い出したから。私、どの本から読もうかなって悩むの結構好きなんだけど」


「悪かった! 悪かったから戻すのはやめてくれぇ!?」


 ……なんとも騒がしくて珍妙な魔導書だけれど、これも何かの縁だろうか。


 仕方がないので、私はこの不思議な魔導書を借りていくことにした。

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