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21話 枢機卿の焦り

 レリス帝国内某所に建てられた、輝星教会の教会堂にて。


 枢機卿であるバルトは、部下からの報告を受け愕然としていた。


「何……? 帝国各地で、聖職者たちの治癒魔術の効力が薄れているだと?」


「左様でございます。輝星教会の司祭を始めとした、帝国各地の癒しの魔術を修めた者たちの力が、大きく衰えている様子でして……。原因は究明中でございますが、ある日を境に、突然そのような状況に陥った模様です」


「それは……大きな問題であるな」


 バルトは顔を顰めた。


 帝国の聖女ティアラが宮廷を去った今、最早、輝星教会を邪魔するものはない。


 民たちもいずれ、表に顔を出さぬ聖女を忘れ、治癒の魔術や神の導きを求めて輝星教会の下へと戻ってくるだろうと彼は考えていた。


 ……だが、輝星教会が満足に民を癒せぬとなれば話は別だ。


 民たちの怒りが消えた聖女よりも、目の前の輝星教会へ殺到するのは明白だった。


「くっ……仕方あるまい。エイベル公爵に魔石通信で連絡は取れるか?」


「可能ですが、どうされるのですか?」


「聞いたところによれば、最近、帝国の宮廷は治癒の魔道具を開発したらしい。流石は魔術大国といったところだが……要はそれを活用したく思ったのだ。エイベル公爵も“手土産”を用意すると約束すれば、喜んで貸してくれるだろう」


「おお……それは名案かと。早速、魔石通信の準備をいたします」


 バルトは部下に諸々の準備をさせ、念話の魔術師の力も借り、エイベルと魔石通信を繋いだ。


 バルト側の魔法石が輝き、魔力による空間の繋がりを支えている。


 そしてエイベルは自室にいたようで、即座に魔石通信は繋がったのだが……。


「バルト殿、本日はいかがなされたのですか。申し訳ないが、火急の用件以外であれば後ほどにしていただきたく……」


 エイベルの声音は重く、どこか震えているようでもあった。


 普段聞く、自信に満ちたエイベルの声とは全く違う様子に、バルトは問いかけた。


「エイベル様、どうなされたのです。何か問題でも?」


「ええ。それが……私が主導で技師に開発させた、治癒の魔道具についてなのです」


 エイベルから飛び出した「治癒の魔道具」という単語に、バルトは「何ですって?」と焦りを孕んだ声を漏らす。


「実は私も、その魔道具についてご連絡差し上げたのです。エイベル様、もしよろしければその魔道具、ぜひ輝星教会にも貸し出してはいただけないでしょうか。当然、お貸しいただく際に向かわせる使いの者には相応の“手土産”を準備させましょう」


 ……バルトはそのように告げたが、エイベルからの返答が数秒ほど途切れた。


 そしてこの時、魔石通信の向こう側にいるエイベルのただならぬ雰囲気を、バルトは確かに感じ取っていた。


「実は……その魔道具の力が、試験段階よりも数段落ちている状態でして。全く使い物にならず……」


「なっ……!? 魔術大国と名高き帝国の、手練れの技師と知恵を集結させ、遂に完成させた品ではなかったのですか!? 何故そのような不備が……」


 頼みの綱が切れた思いで、バルトも声を震わせた。


 それでは輝星教会の治癒魔術の不足分を補うことなど不可能ではないかと。


「……分かりませぬ。ある日を境に、突然治癒の魔道具が使い物にならなくなり、宮廷では聖女を出せと日々、兵士や民が殺到しております。……そして私もまた、開発の責任を問われイザベル姫殿下の下へ呼び出されている次第なのです」


 なるほど。


 聖女の追放を唆した上、聖女の代わりにと開発を進めていた魔道具が使い物にならなければ、イザベル姫直々の折檻があってもおかしくはない。


 だが、バルトはそれ以上に、エイベルの言葉に引っ掛かりを覚えていた。


 何せバルトに報告を上げてきた部下も、同様のことを言っていたのだから。


「ある日を境に……? エイベル様、それはいつを示しているのですか? 実は輝星教会の聖職者、治癒魔術の使い手たちも同様に、ある日を境に力が衰えたと言っているのですが」


「何と……! ではそんな、まさか……」


 狼狽えるエイベルに、バルトは「いつ、いつなのですか」と重ねて問いかける。


 その末、エイベルは重々しく答えた。


「……聖女ティアラが宮廷から去った日です。その数日後には魔道具はさらに、絶望的なほどに機能を低下させました。まるで治癒の魔道具が、聖女を好いていたかのように……」


「そんなことが……」


 バルトは手元の資料に視線を落とした。


 部下から渡された報告書に記されている、帝都一帯の聖職者たちの治癒魔術の能力低下が始まった日。


 それは奇しくも、聖女ティアラが宮廷から去った日と同日だった。


 さらにその後、日を追うごとに帝都どころか帝国中の聖職者たちの治癒魔術の能力が衰えている。


 ……エイベルの治癒の魔道具と全く同様であった。


「まさか……本当に聖女がどこかへ去ったのが原因だとでも……?」


「それは、分かりませぬ。まさか平民出の下賤な聖女に、そんな力が……いいや、そんな……」


 エイベルは自分に言い聞かせるように「まさか、まさか」と繰り返す。


「ともかく……私は宮廷へ急ぎますので、本日はこれにて失礼いたします」


 そうして魔石通信は切られ、魔法石は輝きを失う。


 ……あの堂々としていたエイベルからは想像もつかないほど、焦り弱った声音。


 バルトの胸の中に、ゆっくりと、しかし確かな不安感が広がっていく。


 ──私たちは、もしやとんでもないことをしでかしてしまったのではなかろうか。人間も魔道具も、帝国各地で一斉にこのような事態に……。最早、神の怒りに触れてしまったとしか思えぬ。


 バルトは書類から視線を外し、窓から空を見上げる。


 帝国の空は聖女が去ったその日から、重々しい鉛色の雲に覆われていた。

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