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20話 王国の第二王子

 アレックスとデミスのお陰で空を楽しんだ私は、地面に降りて一息ついていた。


「地に足が付くと落ち着く……。空は綺麗だったけど、地面が遠くてびっくりしちゃった」


「そうか。でもびっくりした程度で済んでよかった。高所が苦手な新米騎士は、先輩の後ろに座って飛ぶだけでも気絶したりするからな。景色を楽しむ余裕があるってことは、ティアラにも竜乗りの才能が一応はあるってことだからな」


 デミスから鞍を外しつつ、アレックスはそう言った。


 竜用の鞍は馬用のものとは比較にならないほど大きく、重たそうなのに、アレックスはそれを一人で軽々とデミスの背から外してしまった。


「なら私、今度はデミスと二人で飛んでみようかな」


「おいおい、俺の兄弟分を取るんじゃない。……しかしデミスも初めて乗せる割に、ティアラを嫌がらなかったしな。気が合うってことはあるかもしれない」


『ウルル、ルルルルル……』


 鼻先をアレックスに近づけたデミスは何か言いたそうに喉を震わせた。


「そうか。お前も乗せていて悪くはなかったか。……ティアラ、よかったな。デミス的にも合格らしい」


「そ、そっか……」


 どういう基準の合格なのか分からないけれど、デミスも機嫌がいいなら何よりだ。


「ティアラ様。外套の方をいただいてもよろしいでしょうか」


「うん。テオもありがとうね。色々と準備してもらっちゃって」


「構いません。アレックス王子の大切な御友人ですから」


 分厚い外套を脱ぐと、一気に風が肌に当たって心地よくなった。


 飛んでいる時は必須だったけれど、地上にいる時はやはり暑く感じてしまう。


 他にも手袋やゴーグルなども一緒に渡せば、テオは一礼して詰め所の方に戻っていった。


「俺はデミスを竜舎に戻して、水を飲ませてくる。少し待っていてくれ」


「うん、分かった」


 アレックスはデミスを連れ、竜舎の中に入っていく。


 私は彼を待つ間、木陰に座って風に当たった。


 そうして少し休んでいると、誰かの足音が近づいてきた。


 パタパタと駆けているようで、振り返ればそこには。


「兄上! 兄上ー!」


 小さいアレックスのような少年が、竜舎へ向かって走っていた。


 背丈は多分、アレックスのお腹くらいまでしかないのではなかろうか。


 髪色はアレックスと同様の金髪で、瞳の色はソフィア様と同じ澄んだ紫色だった。


 子供らしく、元気いっぱいといった様子だ。


 ──何あの子可愛い! アレックスによく似ているけど、兄上って言葉からも、もしかして……。


「コリンか。学園はどうしたんだ」


 竜舎から出てきたアレックスは少し驚いた様子で、少年を、弟のコリン第二王子を迎えた。


 コリン王子は勢いのままアレックスに抱き着いてしまった。


「兄上が帰ってきたと聞いて。課題を昨日のうちに終わらせ、今日は城に帰ってきました!」


「そうか、ご苦労だったな。俺も会えて嬉しい。……ああ、そうだ。コリンにも紹介しておかないとな」


 アレックスはコリン王子を伴ってこちらまで来た。


 コリン王子は子供特有の丸い瞳でこちらを見ている。


「兄上、この方はどなたですか?」


「俺の友人、ティアラだ。これは内密にしてほしいが、帝国で要職についていた人でな。色々あって今はこの城に住んでいる」


「初めまして、ティアラです」


 一礼すると、コリン王子の方もこちらに合わせてか、慌てて一礼した。


「初めまして、コリン・エクバルトです。まさか兄上が魔導の書物ではなく、友達を連れてくるなんて……」


 そういえばテオも似たようなことを言っていたなと思い出す。


 やはりアレックスのイメージは、騎士も家族も「魔導好きで他に興味なし」といったものらしい。


 一方のアレックスは「お前もか……」と額を押さえていた。


 多分、テオに似た反応をされたのを思い出しているのだろう。


 けれど私の方は、同時に気になった点があった。


「……あの、コリン王子はルウの名はないのですか?」


 思えばソフィア様もルウの名を名乗らなかった。


 するとアレックスが「ああ」と補足してくれた。


「ルウの名は国王と、次代の王にのみ名乗ることが許される名だ。だからこそ今は第一王子である俺がルウの名を名乗っている」


「へぇ……そうだったんだ」


 だからソフィア様とコリン王子にはルウの名がないと。


 納得していると「あのあの、そんなことより!」とコリン王子が手を上げた。


「質問です! ティアラさんは帝国ではどのようなことをなされていたのですか? 兄上と知り合ったとなれば、魔導に関わるお仕事を?」


「魔導に関わる……のとは少し違うけれど、帝国の宮廷で色々とやっていました」


 私はそう、あえて曖昧な返事をした。


 アレックスがコリン王子に私を紹介した時、元聖女だとはっきり言わなかったのは、多分まだ幼いコリン王子には教えるべきではないということだろう。


 子供だから口が堅くないという意味なのか、他の意味なのかは分からない。


 けれど今はアレックスに合わせるべきと判断した。


「おお、帝国の宮廷で……」


「そういう訳で、今、ティアラはこのエクバルト王国に慣れている最中でな。さっきまで俺やデミスと空を飛びつつ、王都を空から案内していた」


「えっ……デミスと!? ずるいです兄上! 僕も乗せてくださいっ!」


 コリン王子はそうせがむが、アレックスは困り顔になった。


「すまないがそれは難しい。デミスも満足したのか、今は水を飲んで眠ってしまった。他の竜であれば飛べると思うが……」


「嫌ですっ! 僕は兄上やデミスと一緒に飛びたいんですっ! 兄上が帰ってきたら乗せてもらおうと思っていたのに……!」


 コリン王子はぷくりと頬を膨らませ、アレックスの腕を掴んでこちらを睨んできた。


 ……これは多分、子供特有の可愛い嫉妬だろう。


 実を言えば、頬を膨らませた姿も可愛いなぁと思ってしまった。


「兄上! 他にはティアラさんと何をなさったんですか!」


「他は……そうだな。昨日は城や王都を散策して、師匠の店に行って、パン屋に入って……後は博物館なり図書館なりに行った程度だな」


「なっ……! それもずるいですっ! 僕も連れて行ってくださいっ!」


「お、おいおい落ち着け。騎士学園にいるなら、休日中にいくらでも行けるだろう」


「兄上と行きたいのですっ!」


 コリン王子の剣幕に、アレックスも「参ったな……」と目を逸らしている始末だった。


 そして「む~!」と唸ったコリン王子は、アレックスの腕を掴んだまま、こちらに一言。


「兄上は僕のですっ!」


 ──いや、本当に可愛い嫉妬とやきもちすぎる!


 ……と、和まされてはいけない。


 このままだと初対面なのにコリン王子との仲に亀裂が入ったままになりかねない。


 私はしゃがんで、コリン王子と目線を同じ高さに合わせた。


「大丈夫です。私はお兄さんを取ったりしません。アレックスも、私が王国に来たばかりで勝手が分からないからと気を利かせてくれただけですから。……ね? アレックス」


 視線を投げかけると、アレックスは「そうだな」と頷いた。


「別段、コリンを軽んじているんじゃない。今度の休日は城に来るといい。デミスにもしっかり乗せてやるし、一緒に王都を回ろう」


「今度の休日って、まだ先ですよ。せめて一緒に王都を回るのは今日がいいです!」


 駄々をこねるコリン王子。


 けれどアレックスは困ったように笑いつつ、


「だがコリン。騎士学園の課題を昨日のうちに終わらせて城に来た、というのは嘘だろう」


「なっ、何故それを……!」


 図星だったらしく、びくりと跳び上がったコリン王子。


 アレックスはコリン王子の背後を指した。


 ……するとそちらには、大慌てで「コリン王子ー!」と駆けてくる騎士がいた。


「あの騎士は確か、コリンの護衛を任せていた一人だったな。護衛があんなに慌てる時など、守るべき主が脱走した時くらいなものだ」


 流石はアレックス、師匠に脱走王子と呼ばれるだけあり、主が脱走した際の従者の反応についてもよく知っているらしい。


「あ、兄上! 匿ってください!」


「無理だな、今回は諦めろ。……脱走する時は入念に騎士を撒け、先達からの助言だ」


 アレックスが無駄かつ余計な助言をしているうち、息を切らせた騎士がコリン王子の傍らに到着した。


「これはアレックス王子! 帝国からお戻りになったとお聞きしていましたが、やはりコリン王子もここにいましたね……」


「うむ、連れ戻しご苦労だったな」


「そ、そんな……兄上ーっ!」


 コリン王子は裏切られたかのような表情で騎士に連れて行かれてしまう。


 けれどその際、アレックスが「今度の休日、約束だからな!」と言うと、コリン王子はぱぁっと表情を明るくして、大きく手を振った。


「コリン王子はアレックスが大好きなんだね」


「コリンは俺と違い、甘え上手なのさ。可愛いだろう?」


「それはとってもね。アレックスにもああいう時期があったのかなーって思ったよ」


 するとアレックスは「さてな」とコリン王子を見送りつつ、どこか懐かしそうな表情になった。


「……でも俺はコリンと同じくらいの時には、しょっちゅう師匠の店に通い、力任せに剣の鍛錬を行い相手の騎士を叩きのめしていたものさ。きっとあそこまで可愛くはなかった」


 幼少期のアレックスは、どうやらコリン王子とはかなり違った少年だったらしい。


「でもいいんじゃない? 今は落ち着いて、第一王子として振舞えているんだもの」


「ティアラがそう言ってくれるなら、きっとそうなんだろうな」


 アレックスはコリン王子が見えなくなるまで、その場に佇んでいた。

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