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2話 これで自由に生きられます、ありがとうございます!

 ……それから、昨日の疲労が抜けきらなかった翌日。


 私は早朝からレリス帝国の姫君であるイザベル姫の自室に呼び出されていた。


 イザベル姫は大の平民嫌いで知られ、いつも私を睨んでいた。


 当然今も不機嫌気味に私の方を向いている。


 さらにイザベル姫の部屋にはエイベル・ルルス・ドミクス公爵を始めとした有力な貴族の方々が控えていた。


 ……皆、平民である私をよく思っていない方々ばかりだ。


 王族や貴族は尊く、それ以外は下賤であると。


 今日は一体何を言われるのだろうと身構えつつ、私は頭を下げた。


「イザベル様、ティアラが参りました。伏して御身の前に」


「ハッ。こういう時は名前のみならず家名も名乗るものよ? 教育がなっていないわね」


 イザベル姫が鼻で笑えば、傍らにいるエイベル公爵も下卑た笑みを浮かべた。


「いいえ、仕方がないかと。何せ彼女は元浮浪児。両親の顔も名も知らぬ故、家名などありませぬよ」


「ああ、そうだったわね。くくっ……これは失礼」


 周囲の貴族も二人に合わせて私をあざ笑う。


 いつも通りの嫌がらせかな、と思っているとイザベル姫が続けた。


「ねぇ、ティアラ。最近、あなたの持つ聖女の力が偽物だって噂が流れているけれど。今日はそれを確かめたく思うの。付き合ってくれるかしら?」


「……はい」


 すると控えていた兵士の一人が、痛んだ果実を台ごと運んできた。


 私の前に台を置くと、イザベル姫が言う。


「さあ! 私の前でこの果実を新鮮な状態にしてみせなさい」


「分かりました」


 私はいつも通り、治癒の力を働かせる。


 自分の体から生命力……即ち魔力を発し、腕を伝って果実へ流し込む。


 すると果実は元の新鮮な状態に戻った。


 ──よかった、今日もちゃんと力を使えた。これなら罵倒されずに……。


 と、半ば安心しかけていたその時。


「あら? おかしいわね。歴代の聖女は力を行使する時、眩き聖なる光を発すると伝えられているのだけれど」


「うむ。ティアラの手は全く輝いておりませぬな。これは本当に聖女の力なのでしょうか?」


 イザベル姫とエイベル公爵は揃ってそう言った。


 周囲の貴族たちも揃って「確かに」「言われてみればな」と頷いている。


 嫌な予感がした瞬間、イザベル姫はにやりと笑った。


「ふふっ……やっぱりね。あなたは聖女などではない。ただの治癒術師。生命力である魔力が多いから、大方それを使って癒しの魔術でも使っていたのでしょう。絶対的な治癒の力を持つという聖女ではないようね!」


 魔術。


 それは私の治癒の力と同様、人間の生命力である魔力と引き換えに使用できる力。


 でも私は魔術を扱えないし、治癒の力だって魔術ではない。


 その証拠に、私は魔術の設計式である魔法陣を空間に展開できない。


 これをイメージ通りに展開できなければ、魔術は行使できないのだ。


 ……言いがかりです、そう訂正するより早く話は進んでいく。


「聖女を騙り、給金を手にしていた罪は重いものと存じます」


「偽聖女め。平民を宮廷に入れるからこうなる」


「尊き血を持たぬ者はここから消えよ!」


 周囲の貴族たちから口々にそう言われて私はたじろぐ。


 今まで一生懸命にやってきて、今日だって治癒の力の反動で少しふらついているのに。


 あんなふうに言われて、私は唖然とする他なかった。


 そんな私の様子を見てなのか、イザベル姫はこちらへ指を突き付けてきた。


「偽聖女ティアラ! この件は私から父上……皇帝陛下に伝えさせていただくわ。そしてこうなれば陛下の沙汰を待つまでもない。……あなたはこの宮廷に相応しい人間ではない。すぐに出て行きなさい!」


 ……イザベル姫から告げられた宮廷からのクビ宣告。


 思わず愕然としてしまった。


 ここを追い出されたらどこに行けばいいのか。


 私を宮廷へ売り渡した人たちの住む故郷には戻りたくない。


 毎日毎日、気絶する寸前まで治癒の力を酷使して、嫌がらせにも耐えて耐えて、全部に耐えてきたのに最後には追い出されるなんて……あれっ?


 ──よく考えたら宮廷を出れば、これ以上罵倒されることも、気絶するほど疲労する聖女の力を酷使することもない? 色んな悪口に耐えて生きることも?


 ……よく考えたら全てから解放されるし、いいこと尽くしでは?


 貯金もあるし、住む場所はどうにかできるかもしれないし。


「ふふっ。でも情けをあげてもいいのよ? 私は寛容なの。平民らしく床に這いつくばって靴を舐めれば……」


 哄笑するイザベル姫。


 けれど私の耳にはそれらの言葉は入ってこなかった。


 この宮廷から解放されるという喜びに満ちていたからだ。


 それから私は、どうせ最後なのだから少しでも爽やかに別れようと考えた末。


「これで自由に生きられます、ありがとうございます!」


 勢いよくそう言い、頭を下げた。


「……は?」


「な、何……?」


 イザベル姫やエイベル公爵たちがぽかんとしている気がするけれど、きっと気のせいだろう。


 だって二人が望んだ通りに私はここを去るのだから。


「それでは、失礼いたしますね」


 私は一礼し、言われたようにすぐ宮廷から出るよう、イザベル姫の部屋から退室した。


 ドアを閉める時に「ちょっ、ティアラ……!」とイザベル姫の声が聞こえた気がしたけれど、多分聞き間違いに違いない。


 だってあのイザベル姫が私を呼び止めるなんてこと、するはずがないもの。


 ……それから、私は少ない荷物を纏めてトランクに詰め、即座に宮廷から出て行った。


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