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19話 王都の空へ

 午後の昼下がり。


 エトナさんたち使用人の方が持ってきてくれた昼食をアレックスや騎士の方々といただいた後。


 ふとアレックスが空を見上げてこんなことを言い出した。


「今日も天気がいいな。せっかくだし、デミスと久しぶりに空を飛ぶのもいいかもな」


「アレックス王子、デミスに乗られるんですか?」


「よいお考えかと。アレックス王子の留学中、デミスも不満げにしていましたから。一緒に飛んでやれば喜ぶかと」


 騎士たちの勧めを受け、アレックスは「そうだな」と応じた。


「しかしただ飛ぶのもつまらないな。せっかくなら飛竜競がしたい。相手になってくれる奴はいるか?」


「ひ、飛竜競ですか……?」


「アレックス王子。お言葉ですが、まだ王国にお戻りになってから、ほぼデミスに乗ってないでしょう。飛竜競は少々危険ではありませんか?」


「むっ、そうか? 別に腕は鈍っている気はしないが……」


 騎士たちは揃ってアレックスを止めにかかる。


「あの、飛竜競って何ですか?」


 聞きなれない単語について問いかければ、その場にいたテオが答えてくれた。


「竜騎士が竜に跨り飛翔し、渓谷などで競争をする競技です。竜の力も重要ですが、竜騎士が風を読み、竜を導く技術も問われるものなのです。ただ……竜を少々荒く飛ばして競い合うもので、毎年負傷者が出ていまして」


「ああ、それで皆さん揃ってアレックスを止めているんですね……」


 竜から落ちても、他の竜の不注意で接触しても、大怪我は免れないだろう。


 当たりどころが悪ければ死んでしまう。


 王子を守る騎士としては止めたい気持ちが大きいのだろう。


「……仕方がない。今回は飛竜競を諦めよう。ここまで止められては強行する方が野暮だし、飛竜競自体、エクバルト王国に伝わる重要な競技だ。そのうち嫌でもやることもあるだろうしな」


「アレックス王子が冷静なお方で助かります」


 テオはそう言うものの、アレックスはどこか残念そうではあった。


 それは他の騎士も思っていたようで、騎士の一人が「あっ」と閃いたように続ける。


「それでは王子、ティアラ様を乗せて共に飛ぶのはいかがでしょう。ティアラ様も竜に乗った経験はないのでしょう? ならば上空から王都をお見せするというのも素敵かと存じます」


「悪くない提案だな。……よし。ティアラさえよければ飛ぼうと思うけど、どうだ?」


「勿論行くよ。アレックスが連れて行ってくれるなら」


 当然ながら、私は竜に乗った経験どころか空を飛んだ経験すらない。


 船の旅は楽しかったけど、竜に乗って飛ぶ空はどんな感覚だろう。


 それに私がアレックスと一緒に飛べば、騎士たちもこれ以上は気を遣わなくて済むだろうし。


 私にもアレックスにも騎士にもいいことずくめだ。


「分かった、なら空に出よう。俺はデミスに鞍を付けてくる。ティアラも騎士たちに従って準備を進めてくれ」


「分かった! ……って、準備?」


 アレックスはデミスを迎えに、さっさと竜舎の中へ入って行ってしまった。


 準備って何だろう。


 ただ竜に乗ればいいだけじゃないんだ。


 そんなふうに疑問に思っていると、テオが「こちらを」と竜舎内の一室──恐らくは騎士たちの詰め所──から、モフモフの何かを持ってきた。


 手に取って広げれば、それは外套であると分かった。


「これ……雪山とかで使うものでは?」


「慣れている王子や我々には不要な品ですが、慣れていない方が竜に乗る時には防寒対策は必須です。飛んでいる間は風も吹きつけてきますしかなり冷えます。それと帽子に手袋、ゴーグルに……息苦しくなったらこちらのマスクをつけてください。はめ込まれている魔法石の力で、息を楽にしてくれます」


 テオから諸々の説明を受け、私は服の上から外套などを着込むことになった。


 ……そしてアレックスがデミスに鞍を付けて戻ってきた時、くすりと笑われる羽目になった。


「もこもこで白うさぎみたいだな」


「むぅ、暑いし身動きが取りづらい……」


「そうむくれるな。見習いの竜騎士はその上に大きめの鎧を着こんで竜乗りを学び、身に着けていくんだ。それと比べたらマシだと思って我慢してくれ」


 私がイメージしていた竜に乗るという行いは、馬のようにそのまま乗って手綱を握るようなものだった。


 しかし実際には諸々の安全対策や防寒対策がなされるようだった。


「アレックスは防寒装備、要らないの?」


「慣れているから大丈夫だ。それに俺の体は……言わなくても分かるな?」


「ああ、なるほどね……」


 魔術の才を捨て去った代わりに、アレックスの肉体は凄まじい力を宿している。


 筋力以外も常人を大幅に超えているようだし、暑さや寒さにもかなり強いのだろう。


 それから伏せたデミスの上にまずアレックスが乗り、私は手を伸ばしてもらい、デミスの背に引き上げてもらった。


 次に私は、外套から伸びる命綱をデミスの鞍へと付けた。


 ちなみに新米騎士が命綱の取り付けを忘れた場合「振り落とされたら命の保証はないぞ馬鹿者!」と、とても怒られるらしい。


 アレックスでさえ腰のベルトへ命綱を付け、もう一方の端をデミスの鞍に繋いでいた。


「これで準備万端だな。ティアラ、構わないか?」


「いつでもどうぞ!」


 ……というか外套がちょっと暑いから早く飛んでほしい。


 しかしアレックスは背後のこちらを見て眉を寄せた。


「ティアラ。もっと俺に密着して、腰に両手を回せ。多分そのままだと落ちるし、命綱があっても動くデミスの体に当たったら危ないぞ」


「わ、分かった」


 ──外套越しとはいえ、男の子と密着するのはちょっと緊張かも……!


 こんなにモフモフの外套を着ているのに、アレックスの硬い筋肉……特に腹筋の感触がしっかりと手に伝わってきた。


「……? ティアラ」


「何?」


「腹筋を揉むな、くすぐったい」


「こっちは必死にしがみついているんだけど!?」


 揉んでない、揉んでないよ本当に!


 ……ってテオ! そこで変な笑みを浮かべない!


「それではお二人とも、楽しんできてくださいね!」


「了解だ。行くぞティアラ!」


「うんっ!」


 アレックスが手綱を取って軽く引けば、それが合図なのかデミスは立ち上がって翼を広げる。


 ……馬に乗ると思っていたより視点が高く感じて驚くけれど、竜の背はもっと高かった。


 よく考えたら、デミスの背丈は小屋ほどもあるから当たり前か。


「デミス!」


『ウオオオオオオオッ!』


 軽く咆哮を上げ、デミスは一気に空へと羽ばたいた。


 一瞬、体が沈み込むような感覚を覚えた後、一気に空気の壁を背に受ける感覚。


 見る見るうちに地上が遠ざかり、竜舎や騎士たちが小さくなっていく。


「凄い! これが空……!」


 今の私たちは、王城の一番高い部分と同じくらいの高さを飛んでいた。


 王城では窓からしか見られなかった景色が、今は全方向に広がっている。


「もう少し上がるぞ、デミスも風に乗りたがっている!」


『オオオッ!』


 デミスがさらに上空へ跳び上がり、一気に翼を広げた。


 力強い竜の鼓動が、翼をはためかせる動きが、鞍越しに微かに伝わってくる。


 そして何より……吹き付けてくる風が凄くて、あまり目を開けられない。


 私はテオに渡されたゴーグルを付け、一息ついた。


「今日は風が強いな。ティアラは大丈夫か?」


「ゴーグルも付けたから平気。防寒具を着ていてよかった。……アレックスはよく平気だね」


「俺が本気で動く時も、体感だとこれくらいの風を受けているからな。特段問題ない」


「……つまりアレックスが本気を出せば、竜の飛翔速度と同じくらいにはなると」


 本当にどういう体をしているんだろう。


 ……腹筋がとっても硬いだけある、揉んでないけど。


「それでどうだ? 真上から王都を見下ろした感想は」


「そりゃあもうね……最っ高! 凄い解放感! 空の中から見た世界はこんな景色なんだね」


「感動してくれたようでよかったよ。乗せた甲斐があった」


 アレックスはそう言いつつ、ゆっくりと円を描くようにデミスを飛ばしていく。


 今頃王都では「竜が飛んでいる!」と誰かが言っているのかもしれない。


 ……そう、私の知らない誰かが王都に、港町に、この国と帝国や、他にもたくさんいる。


 空に出て、改めて思った。


「世界って……こんなに広かったんだね」


「だな。俺も飛ぶたびに驚くよ。……世界って広いんだなってさ」


 何でも手に入りそうな、王子様であるアレックスでさえ同じふうに思うのか。


 そう考えれば……これまで宮廷で閉じこもって暮らしていたのは、少し勿体ない気がした。


 必要な仕事だから、誰かに求められる聖女だからと頑張ってきたけれど……うん。


 最初から嫌なものは嫌だって、自由になりたいって言えばよかったのかな。


 ──そうしたらもっと早くに、アレックスと一緒に広い世界を知れたのかもしれないのに。


 でも今はこうして自由にしていられるから、これはこれでよかったのかもしれない。


 そんなふうに思いながら、私は空からの景色を楽しんでいった。

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