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18話 竜舎

「……さて、アレックス。昨晩にソフィア様が部屋に来た件なんだけど……」


 翌日、一緒に朝食を食べていた時。


 そのように切り出せば、アレックスは思いっきり項垂れた。


「悪かったから勘弁してくれ……。昨日も姉上にあれこれ文句を言われたんだ……」


 そんな彼の様子が面白くて、私はくすりと笑ってしまった。


「……そんなにおかしいか?」


「だって。当代最強の竜騎士で、帝国の魔導学会に出るほど頭がいいのに。変なところで抜けていたなって思っちゃって」


「悪かったな。……言い訳をすると、実は父上が皆に説明してくれるものと思っていたんだ。これまでも重要な話は大体、王である父上の口から皆へ伝わっていったからな。……でもまさか、俺と会った後ですぐに所用で遠出していたとは。俺も姉上に言われてから気がついた」


 なるほど、アレックスも一応は考えなしではなかったらしい。


 確かにクリフォード陛下の人柄なら、ソフィア様たちにも諸々の事情を話してくださったはずだろう。


 ……ずっと城内にいたならば。


「ともかく、家族の紹介が遅れたのは悪かった。この城に住む以上、護り竜より先に話しておくべきだったな」


 そんな訳で、アレックスが諸々の説明をしてくれた結果。


 現国王のクリフォード陛下に、アレックスのお姉様であるソフィア様、さらに弟のコリン第二王子がアレックスの家族であると分かった。


 コリン第二王子は現在、この王国の王立騎士学園に通っているようで、寮暮らしなので城内にはいないそうだ。


 そしてお母様についてはアレックスが幼い頃、コリン第二王子を産んですぐに早逝されてしまったとのことだった。


「……まあ、ざっとこんなところだな。最後に俺の護り竜、デミスだな。せっかくだし今日は竜舎に行かないか? 昨日案内しそびれたし、デミスにならすぐ会えるぞ」


 アレックスが兄弟分と言い張る黒竜デミス。


 昨日はリンジーさんのお店からちらっと見ただけだったので、近くでじっくり見てみたいという思いもある。


 何より竜舎とはどんな場所なのか、興味もあった。


「分かった、今日は竜舎に行こう」


「……竜舎ならデートとか噂されることもないだろうしな」


「それはそうだよ」


 ……こうやって二人で食事をするのも、冷静に考えれば変な勘違いをされそうだなーと思ったものの、一人で食べるよりずっとましなのでそこについては触れないでおいた。


 それからアレックスと一緒に城の裏側へ回れば、煉瓦造りの巨大な建物が見えてきた。


 出入り口の上部にはエクバルト王家の紋章が刻まれている。


 さらに騎士たちが見張るようにして、出入り口を守っている様子だった。


 騎士たちはアレックスに気付くと背筋を伸ばした。


「これはアレックス王子! 本日はどのような御用向きでございましょうか」


「俺の友人、ティアラに竜舎を案内しつつ、デミスに会わせたい。あいつは俺の兄弟分だからな、構わないか?」


「勿論でございます。こちらへどうぞ」


 騎士に案内されて中に入ると、竜舎の中は左右に檻が並び、竜たちが入っていた。


 竜の大きさは小屋ほどあるけれど、そんな竜たちが無理なく入れる大きさの檻だ。


 丸まっている竜、食事をしている竜、尾を左右に振ってこちらを見る竜など、彼らは思い思いに過ごしている様子だ。


 竜舎上部の窓は開け放たれ、通気性は悪くない。


 それに馬のような獣特有の匂いさえ、どういうことかほとんど感じなかった。


「アレックス、竜って意外と臭くないの? 獣の匂いがしないけど」


「お、おいおい。いきなり凄いこと聞いてくるな……と思ったが、竜に親しみのないティアラにとっては当然の疑問か」


 アレックスは竜たちを眺めて言う。


「竜はエクバルト王国にとっての鉾であり盾だ。竜師と呼ばれる竜飼いや担当する竜騎士により大切に扱われ、歯や体も日々、清潔に保たれている。それに竜は頭がいいから、排泄についても外の決まった場所で行う。竜舎が臭わないのはそういう理由だ」


「なるほど……。つまり竜って犬みたいにお利口さんなんだね」


 アレックスはそれから竜舎の最奥、大扉で隔てられた区画へ向かう。


 騎士たちに大扉を開いてもらってそこに入れば、先ほどいた空間と同じくらいに広々とした部屋に出た。


 そこにはたった一体の黒竜しかいなかった。


 黒竜はアレックスに気付くと『ウルルル』と喉を鳴らして歩んできた。


「おはようデミス。昨日はありがとう、助かったぞ」


『オオン……』


 アレックスが顎や喉を撫でると、デミスは気持ちよさそうに目を細めた。


「デミス、紹介する。こちらは俺の友人のティアラだ。いざとなったらこの子も頼むぞ」


「よろしくね、デミス……うわっ」


 デミスがいきなりこちらに鼻先を近づけてきたので、少し驚いてしまった。


 けれど噛む訳でもなく、スンスンと私の匂いを嗅いでいる様子だった。


「早速匂いを覚えようとしてくれているな。デミスは俺の言葉を大抵は理解できるから、いざって時にティアラの匂いを辿れるよう、覚えてくれているんだ」


「竜ってそんなに頭がいいんだ……」


 竜というのは思っていた以上に理知的な生き物なのかもしれない。


 これまでのイメージは正直、大きなトカゲだった。


 他の竜ものんびりしている様は大型犬のようだったし、結構可愛い……かはさておき、慣れれば仲良くできそうだった。


「アレックスが兄弟分って言うだけのことはあるね」


「ああ。デミスは特別だ。……って言うのも、俺は赤ん坊の頃、ハイハイで城から脱走したことがあるらしい」


 ……アレックスの脱走って、赤ちゃんの頃からだったんだ。


 今の落ち着いた雰囲気のアレックスからはあまり考えられない。


「それで乳母や騎士たちが大慌てで俺を探したようでな。それで俺は、ここで見つかったんだ」


「えっ……竜舎の中で?」


 いくら王国の竜が大人しいといっても、赤ん坊が竜舎の中に入るのは危険すぎではないだろうか。


「びっくりだろう? 俺も記憶はないながら、聞いた時は驚いた。当時ここには父上の護り竜が住んでいたんだ。その護り竜は雌で卵を温めていたらしい。……そして俺は、卵と一緒に父上の護り竜に温められて熟睡していたそうだ」


 アレックスは「乳母たちは思わず悲鳴を上げそうになったそうだが」と小さく笑った。


 確かに面倒を見ている王子が竜に温められていたら、潰されないかと不安で仕方がないだろう。


「……ちなみにだけど、もしかしてその卵っていうのが」


「おっ、勘がいいな。そうとも、ここにいるデミスが入っていた卵だ。……俺を助け出そうと騎士がこの部屋に入った瞬間、デミスは孵ったそうだ。だからお互い、俺たちは同じ寝床でぐっすり眠った仲で、赤ん坊の頃からの付き合いなのさ。なあ、デミス」


『ウルルルルル……』


 デミスは嬉しそうにアレックスの胸に鼻先をこすり付けていた。


 ……しかしその時、ふとデミスが頭を高く持ち上げた。


 それに続いて、大扉の向こうが騒がしくなる。


「デミスが何かに気付いたようだな。ティアラ、来てくれるか?」


「うん。分かった」


 私はアレックスに続き、デミスの部屋から出て行った。


 すると開け放たれた竜舎の出入り口で、一体の竜が横たわっていた。


 息が荒く、体が小刻みに上下している。


 その傍らには腕を押さえつつも、竜をいたわる騎士の姿があった。


「どうした、何があった?」


 アレックスが問いかけると、騎士は彼へと伏せた。


「申し訳ございません! 俺が竜を上手く導けず、このような……」


「こいつはさっきまで偵察に出ていたんです。でも渓谷の中で見つけた魔物を追ううち、狭い場所に入り込んだらしく、竜が体を岩肌にぶつけてしまったようで……」


「この分では酷く骨折しているかと。先ほどここに辿り着いた途端、こうして倒れてしまいました」


 他の騎士たちの説明を受け、アレックスは顔を顰めた。


「どうしてこんな状態で竜を飛ばせた。渓谷から出た時点で休ませるべきだっただろう」


「申し訳ございません……しかしこいつは俺の静止も聞かず、一直線に……」


「竜が乗り手を気遣ったのか。なまじ頭のいい竜だと稀にこういうことが起こるからな……。竜師と治癒術師は?」


「すぐに到着します。少々お待ちください」


 既にこの竜を治すための人員は呼んでいるようだが、竜の様子を見る限り、一刻を争うのではないだろうか。


 こうなったら……よし。


「アレックス、私に任せて」


「待てティアラ。それはまずいんじゃないのか」


 アレックスはガシッと私の手を掴んで静止させた。


 昨日、リンジーさんのお店から剣を抜いて出て行こうとしたアレックスを、私が止めたのとは逆の構図だ。


「一昨日は孤児院、昨日は師匠の店。それぞれ力を使っている。あれはティアラへ跳ね返る反動がかなり大きい力なんだろう? 無理は禁物だ」


 アレックスは私を気遣ってそう言ってくれた。


 帝国の宮廷ではどんなに働いても心配されなかったから、今は彼の言葉がとても嬉しい。


 でも、だからこそ。


「私もアレックスの力になりたいから。それに治したのは一昨日に二人、昨日はたった一人だもの。お城のベッドがふかふかだったお陰で一晩寝たら疲労感なんて残らなかったわ。何より……」


「……? 何より、何だ?」


「たとえ竜でも一体は一体だもの。多分、人と大して変わらないわ」


「……何だって?」


 アレックスは珍しく素っ頓狂な驚き方をしていた。


 けれどおかしなことを言ったつもりはない。


「だから、一体は一体だよ。複数体じゃないから、集中力を分散させなくてもいいでしょ? 人間を一人治すのと多分、大差ないから」


「ま、待て待て。人間と竜だと質量が全然違うだろう。すると必要になる魔力の量だって……」


「それっ!」


 私は倒れた竜へ手を当て、治癒の力を行使する。


 ……うん、やっぱり使う魔力的には、人間と大差ない気がする。


 ただし体の損傷については骨折だ。


 骨の各所で黒い靄が渦巻いている感覚がある。


 これは骨折している時の感覚だ。


 私はそれらを魔力で繋ぐイメージを持って力を使っていき、最後には内臓の方にも治癒の力を巡らせていく。


 ……その結果、最終的には竜から黒い靄が綺麗に晴れ、消え去っていた。


「よし、これでいいかな」


『ウルル、ウルルルルル……』


 倒れていた竜は起き上がり、自分の体を眺めてから、ちょんと私に鼻先を近づけてきた。


 多分『ありがとう』と言っているのだろう。


「うん、元気になってよかったよ」


 すると騎士たちから「おおおおおおおおっ!」と歓声が上がった。


「よかった、本当に治った!」


「あの竜、新米の頃から世話していたからどうなるかと心配で心配で……!」


「も、もう二度と大怪我させないからな……!」


 竜のことが心配だったのか、乗っていた竜騎士は涙ぐんでいるほどだった。


 ……一方の私は、やっぱりそれなりの疲労感に襲われていた。


 ああやって治癒の力を使った後はいつもこうなるので、仕方がないけれど。


「ティアラ、大丈夫なのか?」


「うん、平気平気」


「……本当にか? 魔力不足で体調をおかしくしていないか?」


 覗き込んでくるようなアレックスに、私は微笑んでみせた。


「本当だよ。それに魔力不足って感じでもないから平気」


「……」


 するとアレックスは黙り込んで、何かを考える様子になった。


 それから「そうか」と口を開く。


「ティアラが力を使うと疲労する原因、それは今まで魔力を大量に消費するからだと思っていた。でも違う。多分、力を使うこと自体に絶大な集中力や精神力を割くからなのかもしれないな」


「……どういうこと?」


 ぽかんとして聞けば、アレックスは続ける。


「要するに、人間相手に使う魔力が一、竜なら十としよう。でも莫大な……それこそ十万くらいの魔力を持ったティアラからすれば、一も十も魔力の消費量的には大差ないってことだ。……俺もあり得ないように感じるが、最早そうとしか考えられない。知れば知るほど、ティアラの力は底なしの規格外だな……その魔力、少し分けてほしいくらいだ」


 魔術を使えないからか、アレックスは大真面目にもそんなことを言い出した。


 ……というか、今更だけど。


「アレックスって魔術は使えないけど魔力は感じるんだね」


「魔力を感じないと魔道具さえ使えないからな。……俺の体は魔術の才を捨てた代わりに、筋力以外にもあらゆる能力が常人を超えている。俺は魔力について、視覚以外に嗅覚や聴覚でも感じることができるんだ」


「つまりアレックス、目と耳と鼻がとってもいいってこと?」


「その解釈で相違ない」


 ──あれっ。でも魔術や治癒の力に変換する前の純粋な魔力って、肌や心で感じるものじゃないんだ……?


 多分、それが魔力についての常識だし、視覚と嗅覚と聴覚ではっきりと魔力を感知できる人間なんて聞いたことがない。


 アレックスも私を見てびっくりしているけれど、実際、私もアレックスには驚かされてばかりだった。

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