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17話 王国の姫君

「か、帰ってきた……。ちょっと疲れちゃったなぁ」


 私は王城にある自室のベッドに、ぼふん! と倒れ込んだ。


 窓から見える王都の景色は、既に夜の闇に沈みつつあった。


 これまでずっと宮廷に籠っていた身なので、一日中出歩くと少し疲れてしまうのだ。


 ……ちょっと運動不足かもなので、今後はもっと出歩こうと密かに決めた。


 そして王都巡りについては結局、私が「王都の観光名所ってどこ?」とアレックスに聞いたことにより、魔導系の名所が半分と観光名所が半分という結果になった。


 とはいえ王立図書館にも行けた上、アレックスのお陰で今後の入館許可も得られたので満足だった。


 ──でもアレックスの魔導好きは想像以上だったなぁ。魔導博物館に入った瞬間、目が子供みたいに輝いていたもん……。


 我が身には決して届かぬからこそ憧れることもある、要はそういうことだな……と、アレックスは魔術を扱えない件についてそんなふうに言っていた。


 実際、憧れすぎてこっちの方がびっくりといった感覚だった。


 ……そうやって横になりつつ一日のことを思い出していると、睡魔が襲ってきた。


「あ、まずい……。お風呂も夕食もまだなのに……」


 眠るな、眠るな私。


 せめて寝間着に着替えてから……とか寝ぼけた頭で考えていると、部屋のドアがノックされた。


「エトナさんかな……? 少し待ってください」


 私はぐいっと伸びをして眠気を吹き飛ばし、ドアを開けた。


 するとそこには……。


「あら、あなたがティアラさんね。こんばんは」


 ……とんでもない美貌の女の人が立っていた。


 黄金を溶かして流したかのように輝く髪。


 きめ細やかな白い肌に、瞳は宝石のように澄んだ神秘的な紫色。


 艶やかな唇に、顔立ちは細く整っている。


 衣服は肩が見えるタイプのものながら、本人の美貌もあって色香よりも上品にさえ感じられた。


「こ、こんばんは……」


 ──えっ……誰?


 間違いなく王族か貴族の方だと思うけれど、誰なのか全然分からない。


 それに帝国の宮廷で王族や貴族の方から受けた嫌がらせの記憶もあって、自然と体が強張った。


 ……でもここは帝国ではなく王国。


 場所が違えば人も違うし、今の私は帝国の聖女ではないと、心を改めた。


 すると、女の人はくすりと笑った。


「あらあら、そんなに警戒しないでほしいわね。別に嫌味を言いに来た訳ではないの。もしよければ中に入れてくれないかしら?」


「ええ、大丈夫です」


 私が不在だった間にエトナさんが片付けてくれたのか、幸い部屋の中は綺麗な状態だ。


 部屋の中にある椅子へと、女の人と卓を挟んで向かい合う形で互いに座った。


「……その、不躾な聞き方で恐縮ですが、あなたは?」


「あら、ごめんなさい。まだ名乗っていなかったわね。私はソフィア。ソフィア・エクバルトよ。アレックスの姉です」


「ア、アレックスのお姉様……!?」


 ──アレックスってお姉さんいたんだ……。というか兄弟分の護り竜を紹介する前に、実のお姉さんを紹介してよ!


 後でアレックスには小言を言おうと決めた。


「すみません、ご挨拶が遅れて。アレックスにお姉様がいたとは……」


「いいのよ。その様子だと知らなかったようだし。それに剣と魔導にしか興味のない弟だもの、きっと姉の紹介も全然していなかったのでしょう?」


「ええと……はい。今まで教えていただいたのは、お父様である陛下と、兄弟分らしい黒竜だけです」


「……そう。まさか竜の方が先に紹介されるとは思っていなかったわね……」


 これにはソフィア様も思うところがあったのか、残念そうにしていた。


「まあいいわ。いつものことだもの。それより私、気になって我慢できずに来てしまったのだけれど……」


 ソフィア様は立ち上がって、卓越しにぐいっと顔を近づけてきた。


「ティアラさんは、弟のどこを気に入ったのかしら? 外見? 力? それとも……魔導好きなところ? 帝国ではどうやって出会ったの?」


「え、ええと……お答えしますが、何故そんなことを……?」


 いきなり質問攻めにされたので聞いてみれば、ソフィア様は一瞬だけきょとんとしてから、


「だって、弟が帝国から女性を連れ帰ってきて親しくしているんだもの。つまりは将来の相手ってことでしょう? でなきゃ普通、連れてこないもの。あの弟にこんな素敵な相手ができたなんて、馴れ初めが気になってしかたなかったのよ」


「……」


 ソフィア様の妙な期待を前に、私は思わず項垂れて肩を落とした。


 そして心の中で絶叫する。


 ──ア、アレックスーッ! 私と王都を巡るよりも先に! 諸々の説明を家族にする方が先でしょうっ!


「……あらっ、どうかしたのかしら?」


 尋ねてきたソフィア様に、私はどこか申し訳なく思いつつ言った。


「す、すみません……私とアレックスはただの友達なんです……。よく考えたら王子様が女の子を連れて国に帰ってきたら、それは婚約者を連れ帰ってきたように見えますよね……。でも違うんです、全然違うんです……」


 別に裏切った訳じゃないんだけれど、期待を裏切ってすみませんというか。


 それに私が帰ってきたタイミングでソフィア様が訪ねてきたということは、ソフィア様も今日、私とアレックスが王都を回っていたことは知っているに違いない。


 それはもう、デートとかそういうものをソフィア様はイメージしていたのかもしれないし、冷静に考えればそう思った方が自然かもしれない。


 ……実際にはアレックスの魔導好きに半分くらい付き合っていたようなものなんだけど。


 するとソフィア様も諸々理解したのか、その笑顔が徐々に怖くなっていったと言うか。


「なるほどなるほど……ごめんなさいね。あの魔導好きな弟にちょーっと話してくるわね? ……これは私以外にも各所の誤解を解いておかないと。後々、ティアラさんも大変になっちゃうところだったわ……」


 そのままスッと退室していくソフィア様。


 とても綺麗な方だったけれど、歩き方まで綺麗だった。


 ……そうして、ほんの少しだけ後。


「ちょっとアレックスッ!」


「あ、姉上!? そんなに怒ってどうしたんだ!?」


「どうしたんだも何もないでしょう! 遊びに行く前に、ティアラさんについてまず皆に直接説明しなさいっ! 大方、あなたはお父様にしか話していなかったのでしょう! 城の中は今、あなたが帝国の聖女様を婚約者として連れ帰り、今日も城内と王都でデートをしていたとの噂で持ち切りですよ!」


「んなっ……何だと!?」


「私も勘違いしてティアラさんに変な挨拶しちゃったじゃないっ! ……全く、女っ気のないあなたもようやくいい相手を見つけたと思ったら……! ……この際だからもう噂通りにティアラさんとくっつきなさいっ!」


「姉上、悪かったから落ち着いてくれ!?」


 ……窓際にいたせいか、下の階にいるらしいソフィア様とアレックスの会話がこちらまで聞こえてきた。


「私も気付いていなかったけど、アレックスも気付いていなかったのね……」


 冷静に考えればデートっぽかったかなぁと思いつつ「でも楽しかったからいいかな!」と、増してきた眠気もあって、私はひとまず考えるのをやめた。

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