16話 幼き日の王子
飛来してきたテオたち竜騎士に黒鷲の構成員の捕縛を頼み、アレックスと私は人が集まってくる前にその場から退散する運びとなった。
アレックス曰く「ああいうのは表向きには竜騎士が処理したことにすればいい。民からの竜騎士への信頼も厚くなるしな」とのことだった。
そんな訳で私たちはリンジーさんのお店から離れ、
「どうだ? このパン屋、結構美味くないか?」
「美味しい! 焼きたてのパンってこんなに香りがよくて美味しいものなんだね……」
昼食をとろうという運びになり、アレックスがおすすめするパン屋に入っていた。
パン屋は大通りから少し外れた場所にあり、さほど混んでいる訳でもなく、二階のテラス席で私たちはのんびりできていた。
リンジーさんのお店と言い、アレックスは王都についてはこういった穴場感のあるお店をよく知っている様子だった。
……ちなみにリンジーさんのお店に山ほど食料を買って戻った際、ほぼ全てをその場で食べられてしまったので、私たちはこうしてパン屋に入る運びになったのだ。
私たちも少し食べようとか思う暇もないほど、リンジーさんは飢えていた様子だった。
「このパン屋にも子供の頃、よく来たんだ。……俺を追いかける騎士たちを撒くためにこのテラス席へ屋根伝いに飛び込んで、ここを経営する爺さんに見つかって……そうしたらごゆっくりってパンまでくれてな。それが始まりだった」
「へぇ、下にいたお爺さんもアレックスを子供の頃から知っているんだ」
道理で結構おまけしてくれたんだなと、お皿に盛られたパンを見て思う。
「それに今、屋根伝いにって凄い言葉が聞こえたんだけど。アレックスは子供の頃からあんなにその、身体能力が高かったの?」
「そうだな。俺は子供の頃からそうだった。自分で言うのもなんだけど、同年代の子供どころか、当時からその辺の騎士よりも明らかに膂力はあったな。だから力に任せて好き勝手に昔は脱走したものだ……。でも師匠の言った通り、今はこの力のお陰で自由にできている節もある。感謝しないとな」
アレックスはそう言ってから、黙々とパンを口に運ぶ。
それからふと、ほんの小さな声で、
「……何かこういうの、いいな」
「えっ、何が?」
聞き返せば、アレックスはハッとした様子で顔を上げた。
「今の、声に出ていたか?」
「うん、ばっちり」
するとアレックスは若干顔を赤くした。
「……そうか。今のは……うん。俺は今まで、こういう話をできる仲間もいなかったからな。話を聞いてもらえてよかったと思ったんだ」
「そうなの? 子供の頃は脱走したりして結構自由にやっていたんでしょ? 街中でも友達とか、全然できなかったの?」
「……そうだな」
アレックスは視線をテラス席の真下、路地を駆ける子供たちへと向けた。
その横顔はどこか、子供たちを羨ましく思っているようにも見えた。
「……見ただろう? 俺の力を。俺は昔から強すぎたんだ。強すぎて、子供の頃は力加減ができなかった。剣の修業だって思い切り木剣を振って、大人の騎士を何人も気絶させてしまった。だから剣術指南役も修業とはいえ、本気を出す他なくなって……こうして俺の手に傷を残すほどだったのさ」
アレックスは言いつつ、薄っすらと残った腕の傷跡を見せてきた。
鍛錬とはいえ王子に傷跡を残すなんて、と今まで違和感があったけれど。
要は修業相手のベテラン騎士が手加減できないほどに、アレックスは幼い頃から強すぎたのだ。
「騎士相手でそれだったんだから、同年代の子供相手じゃどうなるか、考えるまでもなかった。貴族たちも子息は俺に近づけないようにしていたし、俺も子供に怪我をさせれば面倒なのは分かっていたから、城でも街でも、俺は基本的に一人だった」
……師匠からは「当代最強の竜騎士」なんて呼ばれて、今では多くの騎士にも慕われているアレックス。
けれどその実、幼い頃は強さ故に孤独だったなんて。
リンジーさんが言っていた「孤高の脱走王子」といった呼び方や、陛下やテオがアレックスの友達事情を心配していた真の原因に、ようやく心の底から納得できた。
「でも、一人ぼっちだったから……アレックスは魔導に夢中になったの?」
「言い方がアレだけど、間違っていないな。俺は師匠の店に転がり込んでから、魔導に夢中になった。この世にはこんな不思議で面白い力があるんだ、これなら暇を持て余すこともないって。それで俺は、他の子どもが友達と遊んでいる間も、魔導について色々やっていたって訳だ。……そんなだからな。正直、今はとても楽しいよ。ティアラがいてくれてよかった」
そう言ったアレックスは屈託なく笑った。
私はそんな彼の顔を見られて、少し嬉しかった。
さっきの黒鷲の構成員との戦い、あれで今日の思い出が台無しになったかもと思っていたから。
「私こそ、アレックスがいてくれてよかったよ。でなきゃきっと、まだ帝国でこの先どうしようかって悩んでいたもの」
「ティアラならどうにでもなったさ。……さて、この辺のしんみりした話は終わりにしよう。問題はここから、午後をどう楽しむかだ。行きたい場所はあるか?」
私は少し悩んでから、
「特にないかな。アレックスの行きたい場所でいいよ」
「分かった。なら王国の魔導博物館にでも行くか? それとも魔導院に見学とか行ってみるか?」
「……ん?」
「他には大きな魔道具店に行ってみてもいいな。師匠の店は品揃えがいいけど小さいから……」
「いや、待って待って」
私が待ったをかけると、アレックスはきょとんとした。
何かおかしなことでも? と言いたげな彼に、私は一言。
「アレックスの行きたい場所でいいよって言ったけどさ……魔導系以外は?」
「……そうなると王立図書館くらいかな。王国に来ないか? って誘った時に言ったところだ」
アレックスは「蔵書量も結構あるから楽しいぞ」とにこやかだ。
……どうしよう。
もしかしなくても、このままでは午後は王都観光ではなく魔導系の名所巡りになってしまうかもしれない。
──というかアレックスの友人事情! やっぱり力が原因ってよりも、アレックスがあまりに魔導好きすぎて、付いていける友達がそもそもいなかったからなんじゃ……?
一瞬そんなふうに思ったけれど、アレックスのためにも真偽を探るのはやめておいた。