15話 当代最強の竜騎士
窓の外には暴風が吹き荒れ、剣や槍で武装した男たちが次々に吹き飛ばされていった。
……否。
実際、暴風の正体は剣を振るうアレックスで、その姿と素早さから暴風と言い表した方が適切ではとさえ感じたのだ。
店の中で倒れている大男と同じくらいの体躯のならず者たちが、抵抗もできずになぎ倒されて、昏倒していく。
しかもアレックスは手加減をしているようで、一人も剣で斬り殺したり、刺し貫いたりしていない。
……敵は殺すより生かして捕まえる方がとても難しいと聞いたことがあるけれど、アレックスのやっていることはそれよりも数段上の難易度だろう。
剣について素人である私でさえそう確信できるほど、アレックスの剣は凄まじかった。
一振りで敵の剣を叩き割り、直後に構えられた槍をへし折って、一切の反撃をも許さないほどだった。
「よく鍛えていて、剣技も練習しているって聞いていたけど……。アレックス、あんなに強かったんだ」
「私も初めて知った時は驚いたよ。で、肝心の説明だけどさ。……どうやら脱走王子の馬鹿げた強さの原因は、先祖返りにあるみたいでね」
「先祖返り?」
問いかければ、リンジーさんは「そう、先祖返りさ」と答えた。
「エクバルト王家の祖は天神より聖剣を賜りし剣士……とは、知っているかい? 持ち前の剣技だけでエクバルト王国の礎を築き上げたとも」
「はい。王国に来る時、船でアレックスが教えてくれましたから」
「ティアラはその話、真実だと思うかい? 他の国によくあるような、神話の類いだとは思わないかい?」
「それは……」
どうなのだろう。
今までそう問われれば疑ったかもしれないけれど……。
「もしかしたら、真実かもしれませんね。アレックスの強さを見れば、ご先祖様がとっても強くても納得です」
「そうだね。そしてあの話、知り合いの歴史学者曰くほぼ真実らしくてね。アレックスの起こした先祖返りと言うのが正にそれさ。……天はアレックスに魔術の才の一切を授けなかった。でもそれを対価として、アレックスは神話の中の住人だったエクバルト王家の祖と同等の力を天から授かった。何よりエクバルト王家の祖も、超人的な肉体と引き換えに、アレックス同様に魔術を扱えなかったと伝え聞いている」
リンジーさんは窓の外を見つめ「何かいつの間にか黒鷲の増援が来ていたっぽいけど、向こうもそろそろ終わりだね」と言った。
振り向けば確かに、倒れている男たちは二十から三十人ほどに増えている。
あの多くが黒鷲側の増援だったのだろう。
しかしアレックスはその中でまだ無傷のまま戦い続けている。
……増援さえ来た端から倒していったということだろう。
「まあ、魔術を扱えない体質が天からの授かりものってのはそういうことさ。多分だけど、アレックスがほんの少しでも魔術を扱えたなら、あそこまでの力は得られなかったと思うね。生まれながらにして、魔術の才の全てを天に返上していた……それがアレックスの絶対的な強さと、先祖返りの秘密でもあったのさ」
「それで体質について、ああいう言い方をしていたんですね……」
「終わったぞ、二人とも無事だな。それと勝負は……引き分けってところか」
アレックスは息一つ乱さず、何事もなかったかのように店の中に現れた。
服に返り血の一つさえ付いていない。
あの人数相手に余裕の圧勝だったのは、最早言うまでもなかった。
「相変わらず流石だね、アレックス。あんたには魔術なんて不要だと再認識したよ」
「そう言うなよ師匠。俺はこんな力より、一度でいいから魔術を使ってみたいんだけどな……。輝く魔法陣や神秘的な魔力を、一度でいいからこの身に宿してみたい」
「抜かしな。あんたが子供の頃から脱走を見逃され、帝国への留学を許されて、今だって護衛もなしに自由に振舞えるのはその力のお陰さね。自分の才に感謝しな」
「まあ、それを言われると、俺は何も言えなくなってしまうな」
──アレックスに護衛が付いていない理由って。そもそもアレックスには護衛なんて不要どころか、逆に足手まといってことだったのかも……。
心の中でそう思っていると、アレックスは剣を収めてから、店の中に倒れていた大男を外へ運び出した。
……自分よりよっぽど大きな男を片腕で軽々と持ち上げた辺りから、アレックスの膂力の凄まじさを感じた。
後はアレックスが倒した男たちを王国の騎士たちに引き渡して終わりと思いきや、倒れていた男の一人が呻きながら立ち上がった。
「そ、そうか……。お前が剣の天才と噂の、王子だったのか。でも……これならどうだぁっ!」
男は懐から小さな魔法石を取り出し、それを砕いて周囲を魔力で満たす。
そのまま周囲の魔力を利用する形で、紫色の魔法陣を地面に展開した。
紫の魔法陣は召喚の属性だ。
魔法陣の幾何学模様が輝き、回り出し、中央から成人男性を優に凌ぐほどの巨躯が現れた。
それは魔物と呼ばれる、魔力で凶暴化した野生生物だ。
灰色の毛を持った狼男のようなその魔物は、ハイコボルトと呼ばれる種類の魔物だった。
……私の故郷は辺境の寒村だったから、毎年のようにハイコボルトに襲われ、被害が出たのを今でも覚えている。
熊のような山の主でさえ、ハイコボルトを見た途端に恐れをなして逃げ出すほどだった。
「くっ、ハハハッ! いくら強くても所詮は人間の範疇! 魔物相手にはどうしようもあるまい! ……死ね! 王子!」
『ウォォォォォォォォォォン!!!』
男が手を振り下ろすと、それに合わせて召喚したハイコボルトが咆哮を上げ、アレックスへと駆ける。
短剣のように鋭い爪を振り上げたハイコボルト。
店の窓からその姿を見て、リンジーさんはため息をついた。
「魔物程度がどうした、間抜けな男だ。アレックスの噂を知りながら、あいつが裏で何て呼ばれているのか知らないのかい」
「裏……?」
「そうさ。あれだけの強さを持った王子なんだ。知る人ぞ知るような二つ名くらいは付いて回るさ」
アレックスは剣の一振りでハイコボルトの攻撃を軽々といなし、あろうことか、回し蹴りでハイコボルトの巨躯を吹き飛ばしてしまった。
建物の壁に叩きつけられ、悶えるハイコボルト。
その隙にアレックスは笛を取り出し、ピィー! と吹いた。
蒼穹へその音が響いた数秒後、巨大な影が旋風を巻き起こして降下する。
「エクバルト王国第一王子、アレックス・ルウ・エクバルト。その二つ名は……当代最強の竜騎士さ」
リンジーさんがそう言った途端、アレックスの傍らに漆黒の竜が着地した。
光を飲むような黒の鱗に覆われた竜は、昨夜や今朝見た竜より数周り大きく、ハイコボルトとは比較にならないほどに鋭い牙と爪、さらに立派な角を生やしている。
竜はアレックスを庇うように立ち、鋭い咆哮を張り上げ、それだけでハイコボルトやそれを召喚した男の戦意を削いでしまった。
ハイコボルトは丸まって震え出し、男に至っては泡を吹いて倒れ伏した。
「王国最強の剣士に、最強の黒竜。アレックスとあいつの護り竜が生きている間はこの国は安泰だね」
さっきアレックスの言っていた護り竜とは、あの黒竜だったのだ。
主の呼びかけに応えて現れ、敵を蹴散らす、守護の竜。
アレックスの強さも含めて神話やおとぎ話みたいだと感じていると、アレックスはこちらに手を振ってきた。
そのままジェスチャーで窓を開けるよう表してきたので、私が窓を開け放つと、
「笛を吹いた以上、この後すぐにテオたちも来るはずだ。倒した奴らの捕縛についてはあいつらと俺の兄弟分……この護り竜に引き継いで、俺たちは王都回りに戻ろう!」
──だ、第一王子。普段は真面目だけどこういう時はそれでいいの……!?
思わずずっこけそうになってしまったけど、アレックス自身、今日の王都散策を楽しみにしていたので仕方ないかもしれない。
それに戦いが終わって、いつものアレックスが戻ってきてくれたような気がして、私は嬉しく感じていた。
「分かった。テオさんたちが来たら行こう!」
「……脱走王子も中々だが。今の襲撃の後であいつに合わせられるこの聖女様も、中々大物かもしれんな……」
なお、背後でリンジーさんが何か呟いた気がしたけれど、上空から「王子! ご無事ですか!?」と竜と一緒に飛来してきたテオの声と被ってしまい、よくは聞こえなかった。
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