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14話 黒鷲

「魔術を扱えない体質ってどういうこと? もしかしたら、私の治癒の力で……」


「やめな、ティアラ。脱走王子の体質は治せる治せないってものじゃないし、ある意味では天からの授かりものなのさ」


「天からの授かりもの……?」


 魔術を扱えない体質が授かりものとは、言い方が適切ではない気がする。


 アレックスはこんなに魔術が好きで、留学して帝国の魔導学会に出るほどに頑張っていたのに。


 少しむっとすると、アレックスに声をかけられた。


「ティアラ、そう師匠を睨むな。師匠の言い方がアレなのはいつものことだけど……正直、俺の体質については天からの授かりものって言い方で間違ってないんだ」


「……そうなの?」


「ああ、せっかくだから説明するよ。でも、どこから話したらいいもんかな……」


 アレックスがそのように悩み始めた時、店のドアが荒っぽく叩かれ出した。


 その時、リンジーさんは「あー、また来たか」と面倒くさそうに頬を掻いた。


 それからリンジーさんが何か応じるより先、店のドアは無遠慮に開かれてしまった。


 入ってきたのは、筋骨隆々の体躯にスキンヘッドの目立つ大男だった。


 鎧を中途半端に身に着け、威圧感を纏った、兵士崩れのならず者といった風体だった。


 大男はリンジーさんを睨みつつ言い放つ。


「おう、生きていたかよ魔女さんよ。客人と茶を飲んでいるところ悪いが、そろそろ例の話の返事を聞かせてくれや。ボスも待ってんだわ」


「……例の話?」


 アレックスが問いかければ、大男はニッと口角を吊り上げた。


「おうとも。せっかくだし聞かせてやるが、この土地って昔はうちのボスの家が所有していたんだわ。最近になって土地の権利書が見つかったから、立ち退いてほしいって訳だ。金なら払うって言っているんだが、この魔女は中々聞いてくれなくってなぁ」


「その権利書は今、手元にあるか?」


「写しでよけりゃあな」


 大男は懐から一枚の紙を取り出し、アレックスはそれを受け取って眺める。


 一通り目を通して、彼は一言。


「嘘だな」


「当たり前だろう。私だってこの土地を買った際の権利書は持っている。でも向こうがこんな態度で困っているんだよね」


 リンジーさんもわざとらしくおどけた様子で言った。


 すると大男は声を張り上げる。


「テメェ! 何を根拠に嘘だと言った! 返答次第じゃ喧嘩を売ったものと見なすぞ、この若造!」


 アレックスは冷静を保ったまま、静かに語り出す。


「喚くな。……まず一つ。この権利書は偽物だ。押してあるエクバルト王国の印に偽装の跡がある。王国にいた頃、執務で幾度となく押した印だ。俺が見間違えるはずもない」


「い、幾度となく押した印だと……?」


 大男がたじろいだ瞬間、アレックスは畳み掛けるようにして言った。


「次にもう一つ。最近、こういった方法で強引に立ち退きを迫り、土地を安く巻き上げる輩がいると報告を受けている。……お前は闇ギルド、黒鷲の一員じゃないのか?」


 闇ギルド。


 地域によってはマフィアや、東洋ではヤクザと呼ばれるような、ならず者の集まりだ。


 暴力で他人を脅し、詐欺、恐喝、違法な魔道具や人身売買まで裏で行っていると噂されている。


 特に黒鷲はレリス帝国でも名前を聞くほど、大きな闇ギルドだった。


「テメェ、そこまで知ってやがるとは……! 一体何者だコラッ!」


 大男が背中の大剣の柄に手をかけた途端、アレックスは目を細めた。


 そして今まで聞いたこともないほど低い声音を発した。


「その剣、抜くのか?」


「あ? だったらどうしたってんだ若造!」


「もし抜くのなら……命を懸ける覚悟をしろ。友人と師匠の手前だ。真剣を抜いた相手にあまり手加減はできないぞ」


「このっ……! いちいち鼻に付く野郎だな、お前はぁッ!」


 大男が本当に大剣を抜き去ろうと動き出す。


 アレックスは長身な方だが、それでも体格では向こうより劣っている。


 肩からバッサリと斬られては流石のアレックスもどうしようもない。


 私はアレックスを庇おうと、立ち上がろうとした……瞬間。


「抜いたな」


 アレックスは既に、剣を抜いた大男の真後ろにいた。


 彼の手には、腰に差していたはずの剣が握られている。


「警告はしたぞ」


「がっ……!?」


 一瞬遅れて、大男が白目を剥いて仰向けに倒れていく。


 ……よく見れば大男の胴鎧は大きく陥没し、ひしゃげている。


 目にも止まらぬ速さでアレックスが斬った、ということだろうか。


 次いでドタン! と大剣が床に落ちて、大きな凹みができてしまった。


「あーぁ。ボロい店だから剣は抜くなってこのハゲ男に前も言ったのに。……でも助かったよアレックス。血で店を汚さないよう斬ってくれたんだろ? 剣の冴え、もしかして前より上がっているかい?」


「鍛錬は欠かしていないからな。きっとそうだ」


 アレックスはつまらなさそうに言い、そのまま剣を鞘に納めようとしたが、窓の外を見て、目を細めた。


「……ティアラと師匠は中にいてくれ。囲まれている、十人くらいかな。大方、こいつが倒されたのが窓から見えて、大慌てで出てきたんだろう」


 そのまま外へ出ようとするアレックスの手を、私は握った。


「待ってアレックス! 囲まれているなら危ないよ。一人じゃだめ、せめてあの笛を吹いて……」


 助けを待とうよ、と言いかけると、リンジーさんは優雅にお茶を飲んでから首を横に振った。


 ……こんな状況であるのに、あまりにも余裕ありげでびっくりしていると、


「大丈夫だよティアラ。何せそこにいる脱走王子……冗談抜きで王国最強だからさ」


「へっ……?」


「さっきアレックスが話しかけていた、魔術を扱えない体質が天からの授かりものって話。ちょうどいいから私からティアラにしようかね。その間、アレックスには外を任せるからね」


 ……アレックスは一つ頷き外へ向かおうとしたものの、ふと思い出したようにこちらへ振り返った。


「師匠」


「どうした、脱走王子?」


「ただ倒してもつまらないし、勝負をしよう。……俺が奴らを片付けるのが先か、それとも師匠がティアラに説明を終えるのが先か……ってな」


 突然そう言い出したアレックスに、私は驚きで目が点になりそうだった。


 また、リンジーさんといえば。


「全く……その勝負、脱走王子の腕前だと普通に私が負けそうだから勘弁しておくれ。もしくはゆっくり敵を倒してきておくれよ」


 アレックスは「すぐに戻るさ」と言い残し、凄まじい脚力で店から飛び出した。

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