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12話 王都の魔道具店

「ここが修練場だ。騎士たちが主に、木剣で手合わせしたりする場所だな」


「かなり広いんだね」


 朝食の後、城を案内すると言われて、私はアレックスと一緒にあちこちを回っていた。


 城内はかなり広かったものの、隅々まで案内された訳ではなく「ここは貴族連中が立ち入るから入るな」「こっちには重要な品が保管されている」など、アレックスの注意が主だった。


 そうして最後に回ってきたのが、城の外、庭の隣にある修練場だった。


「広いのは当然だ。たまにここへ竜も降下してくるしな。昨晩、テオが竜を降下させていたのもここだっただろう?」


「言われてみれば確かにね」


 思えばテオが駆けてきたのはこの修練場からだった。


「ちなみに今日は誰もいないの?」


「任務中のようだな。一人でも暇そうなのがいたら、久々に俺も打ち合ってみたかったが……」


「えっ、王子様が打ち合っていいの?」


 たとえ木剣でもまずいのでは。


 そう思いつつ聞けば、アレックスは「今更だ」と服の袖を捲った。


 傷跡は薄いのでさほど痛々しくはないにせよ、アレックスの言いたいことは分かった。


「アレックスもここで剣の修業をしていたんだね」


「王になれば年に一回剣舞を披露しなくてはならないからな。第一王子ということでかなり厳しくしごかれたよ。俺が多少怪我をしても、父上も『私が若い頃もそんなものだったさ』と豪胆に笑い飛ばして終わりだったしな」


「あ、あはは……」


 エクバルト王国の王子は、レリス帝国の王族の方々よりも明らかに厳しく育てられるらしい。


 レリス帝国では王族の方が手足に小さく怪我をした程度でも大騒ぎで、たとえ深夜でも私が呼ばれたほどだ。


「城の案内はこんなところにしよう。そろそろ今日の本命に行こうか」


「王都の散策だね。でも……よく考えたらいいの? 王子が護衛もなしで出歩いても」


「問題ない。そもそも帝国でも、護衛なしで図書館に通っていただろう?」


「それはまあ……」


 言われてみればその通りだ。


 またレリス帝国の王族との比較になるけれど、向こうの方々は出歩くだけでも屈強な兵士が護衛に付くのだ。


 そのイメージが強くて、アレックスにもああ聞いてしまったのだった。


「それに帯剣もしているしな。何よりいざとなったらこの笛を吹けば事足りる」


 アレックスは首から衣服の中へと紐で下げていた、ネックレスのようなものを取り出した。


 紐の先には小さな白い笛が付いている。


 これは帝国にいた頃からアレックスが身に着けていた物だと知っている。


 でもいつもアレックスの服の中に隠れていたので、首元の紐しか見えていなかったのだ。


 ……そしてよく見たら、笛にエクバルト王家の紋章が刻まれている。


 これをもっと早く確認できていたなら、もしかしたらアレックスが王子だと気付いていたかもしれない。


「この笛は竜の爪を削って作られたものだ。伝統的に、エクバルト王家の男は生まれた時、必ずこれを一つ贈られる。そしてこの笛を吹いた瞬間、竜騎士や護り竜が飛んでくるって寸法だ。だから護衛とかそういう面は大丈夫だ、基本的にはな」


「護り竜……?」


 聞きつつそんなのいるんだと思えば、アレックスは「ああ」とポンと手を鳴らした。


「そういえば城の外だからって案内を忘れていたな。実は城の裏側には竜舎っていう竜の寝床があってな。そこにいる……俺の兄弟分みたいなものだ。そのうち紹介する」


 竜が兄弟分というのも不思議な気がするけれど、剣と竜の国であるエクバルト王国では普通なのかもしれない。


「説明で時間も食ったし、さっさと行こう。俺も王都を散策するのは久しぶりだ。よく行った店も少し変わっているかもな」


「店って、行きつけの場所があるの?」


「そりゃ勿論。子供の頃、王城での勉学なり剣の修業が厳しすぎた時は、勝手に脱走してその店に行ったもんだ。店主であるあの人にも結構迷惑をかけた。……久々に顔を出すか」


 アレックスはそう言い、城を出て王都の大通りを歩き出した。


 帝都と同様、こちらも都なだけあって活気がある。


 商人が物を売って、それを買おうか悩む人がいて、子供たちが駆け回って、荷車で一生懸命荷物を運ぶ人もいて……。


 ──私、帝国のこういう光景ってあまり見てこなかったな。


 聖女としての仕事が忙しすぎて、他のことに構う余裕がなかったのは本当だ。


 でも少し勿体なかったなぁと、落ち着いた今なら少しだけ思えた。


「ティアラ、ちょっとこっちに来てくれ」


「うん。……路地裏に入るの?」


「隠れ家みたいな店なんだ。お陰で子供の頃、城から逃げた先で連れ戻されずにすんだ」


 ああ、そういうことか……。


 今だからこそ真面目なアレックスも、昔はやんちゃだったのかもしれない。


 アレックスについて行き、迷路のような路地を数度曲がる。


 するとあるところで路地が開けて、周囲を背の高い建物に囲まれつつも日光が降り注ぐ場所に出た。


 古びた外観の建物は小屋のように小さく、周囲の建物に阻まれて大通りの活気は遠ざかり、ここだけ静かで王都ではないように思える。


 たとえるならば、それは正しく。


「本当に隠れ家みたいなお店だね」


「俺のお気に入りだ、入ろう」


 店の前に立っている看板にはリンジー魔道具店と大きく書かれているが、風雨に晒された影響か既に薄く、霞んでいた。


 ……レリス帝国とエクバルト王国は同じ大陸に位置しているからか、今は両方とも大陸の統一言語を使っている。


 二百年ほど前に統一されたそうだが、お陰で私もこうして帝国で文字の読みに困らず助かっていた。


 そうして店に入ると、中には所狭しと魔法石や魔道具が置かれている。


 さらに魔物の爪や牙と思しき魔術系の触媒なども積んであり、手で触れたら崩れてしまいそうだった。


 品の数や雑な置き方からして、魔術に深く精通した老人の魔術師が経営しているような、そんな印象を覚えた。


 アレックスは狭い店内を見回してから声をかける。


「師匠、アレックスだ。帝国から戻ってきたけど、今は留守か?」


 ……途端、店の隅で雪崩状態になっていた本の山──恐らくは全て魔導書──の一角が弾け、中からガバッと人が起き上がった。


 勢いで埃が舞い、窓から差す日光で輝く中。


 何と起き上がった人物は、まだ年若い女性だった。


 顔立ちとしては美人だと思うけれど……髪は少しボサッとしており、目の下には薄く隈ができていて、何とも不健康そうな気配があった。


 けれどアレックスを視界に入れると、女性は青白い顔を明るくした。


「お、おお……何だ、脱走王子か……! ハハッ、何年振りだろうね。わざわざ会いに来てくれて嬉しいよ。ただ……」


「……ただ?」


 尋ねれば、店主と思しき女性は再びバタリと本の山へと倒れ込んだ。


 その際の衝撃で隣に積んであった魔導書が崩れ、彼女はまた本の山に埋もれた。


 そのまま、本の下から弱々しい声が聞こえてくる。


「……頼む……何でもいいから食料を……」


 グウゥと鳴り響く店主のお腹の音に、アレックスは嘆息していた。


「全く、また食事もとらずに作業をしていたのか……。ティアラ、来たばかりだけど外に行って食料を買いに行こう。このままだと師匠が餓死しかねない」


「いや、その前にあの人を掘り出してから行こうよ」


「師匠は前々からあんな感じだし、大丈夫だ」


「そ、そうなんだ……」


 ……アレックスの言葉もあり、私たちは店主さんを放置して食料品を買いに出かけたのだった。

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