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11話 新しい朝

 エクバルト王国にやってきた翌日。


 私はふかふかのベッドの上で一度、大きく伸びをした。


「うーん……よく寝たぁ……!」


 どちらかと言えば、私は枕の高さや硬さが変わっても安眠できるタイプだ。


 何せどんな寝床であれ、かつての寝床だった寒村の隅の木材よりは幾分マシだから。


 それにエクバルト王国は帝国よりも気候が暖かであり、お陰で昨夜も穏やかに眠れた。


 カーテンを開いて窓を開け放てば、部屋の中いっぱいに朝日とそよ風が飛び込んできた。


 王都の町並みの向こうに朝日で輝く海が見え、どこからか響く鐘の音と、冷たく爽やかな朝の外気に包まれる。


「今日もいい天気になりそうね……あっ!」


 外を眺めていると、ちょうど城から竜騎士たちが三騎飛び立つのが見えた。


 朝の蒼穹へと向かう彼らに手を振ると、先頭を行く竜騎士が手を振って応えてくれた。


「……よし。着替えようかな」


 今日の私の服装についてはアレックスと昨晩相談した結果「民衆に溶け込みやすい普段着」ということになっている。


 アレックスの方も同様の着こなしの予定で、要はお忍びで各所へ行こうといった寸法だ。


 私は部屋の近くに出ている客人用の水道──帝国と同様、魔力で管に圧力をかけるタイプの上水道らしい──を利用して身支度を整えていく。


 さらに準備してもらった服を着て姿見の前に立てば……うん。


「これでもう、だれも聖女なんて呼ばないわね」


 服装自体は白を基調としたブラウスに白黒チェックのスカートといったものだ。


 かなりシンプルだし、着心地自体もいい。


「……帝国の宮廷で着ていた聖女の服装、結構着るのも動くのも大変だったものね……」


 主に無駄に長かった裾を汚さないようにする、などの意味で。


「ティアラ様。お仕度の方は問題ございませんでしょうか? お手伝いすることがございましたら何なりと」


 数度のノック後、ドア越しに使用人の方がそう聞いてくれた。


 声音からして、昨日お風呂でお世話になり、この部屋にも案内してくれた方だろう。


「大丈夫です、ちょうど終わりましたから」


「承知いたしました。それではアレックス王子がお待ちですので、参りましょう」


 使用人さんにドアを開けていただくと、彼女はこちらを見てぴたりと動きを止めた。


 そのままこちらを見つめている。


「あの、どこかおかしなところでも……?」


 異国の服なので着こなしに問題があったかなと思い聞いてみると、使用人さんは首を横に振った。


「い、いえいえ! とんでもございません。ただ……そうですね。この王国によくあるような、普通の格好をして外出するとお聞きしていたのですが……。僭越ながら、聖女の気品は隠し切れるものではないのかなと感じてしまいまして」


「……? 気品ですか? 大丈夫です、そんなものないですから」


 ──貴族の令嬢や姫君でもないもの。


 そう思いつつ、顔の前で手を横に振ってみれば、使用人さんは「いえいえ、本当でございますよ」とのことだった。


 ──ううん。本当に気品とかないと思うけれど……私、田舎娘なので。昨日も陛下の前では内心かなり焦っていたので……。


 けれどそこまで思ってから「あっ!」と頭に閃きが駆け抜けた。


 そうか、これは使用人さんの気遣いだったのだ。


 昨日ガッチガチだった私が今日こそリラックスできるよう、アイスブレイク的な感覚でああやって言ってくれたのだろう。


 そもそもドレスでもないシンプルな普段着で気品とか出る訳もないし。


 そこまでを一気に理解してから、私は使用人さんにこう伝えた。


「ありがとうございます。堅苦しいのも嫌いなので、今後もこんな感じでお願いします!」


「え、ええと……はい。承知いたしました……?」


 何故だろう、ちょっとだけ要領を得なさそうな返事をされてしまった。


 ……それから私は昨日夕食を食べた部屋へ通され、アレックスと合流した。


「おはようティアラ。よく眠れたか?」


「おはようアレックス。お陰でよく眠れたわ、ありがとうね」


「それはよかった。せっかくのお出かけ日和だ。お互い元気にいこう」


 いつも通りに明るく言ってくれたアレックスも、昨日の正装と違い、私同様にお忍び用の普段着寄りの格好だ。


 船に乗っていた時のように薄手の白シャツに、深い青のズボンというこれまたシンプルな服装。


 けれどアレックス自身、長身で整った顔立ちといった具合に元々の素材がよすぎて、王子としての気品が隠し切れていない状態だ。


 これでは目立たないなんて、結構難しい相談ではなかろうか。


「……ティアラ、どうかしたのか? 何か変か?」


「うーん。アレックスは学生服でも普通の服でも、やっぱり王子様感が隠し切れていないなーって。もっと地味な服装の方が目立たなかったかもね」


「「それは聖女(様)も同じでは……」」


 何故かアレックスと使用人さんが声を被せ、同時にそう言い出した。


 その末、二人は揃って笑い出す。


「よかった。エトナも同じ思いか」


「はい。同感でございます」


 今更ながら、私のお世話をしてくれている使用人さんはエトナさんというらしい。


 ……どうして二人揃って同じ思いだったのかはさておき、ひとまずエトナさんの名前が分かったからよしとしよう。


 そんなふうに思った私は、席について運ばれてきた朝食を口にした。


「やっぱり王国の食事は味が薄めで美味しい……!」


「そうか。気に入ってくれて俺も嬉しいよ、故郷の味だからな」


 私たちは軽く話をしつつ、朝食を口に運んでいく。


 ……今更だけれど、帝国図書館の近くのお店でアレックスと食事をした時も、こうして城で食事をしている時も、思うことは一緒だった。


 ──宮廷だと一人寂しい食事だったから、やっぱり友達と食べる食事は楽しくていいな。

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