10話 帝国での密談
レリス帝国を古くから支えてきた四大貴族家の一角、ドミクス公爵家。
ドミクス公爵家はかつて帝国魔導学園の設立にも関わり、優秀な魔術師たちを多く抱える名家だ。
故に、その力は四大貴族家の中で最も強く、帝国を統べる王族とも深く繋がっているとされ、ドミクス公爵家へ仇なせばそのまま帝国が動くとさえ噂されるほどだ。
そんなドミクス公爵家の当主であるエイベル・ルルス・ドミクスは、大陸一の信者数を誇る輝星教会の重鎮、バルト・アーサイル枢機卿と……。
「バルト殿、本日はご足労いただきありがとうございます」
「お久しぶりでございます、エイベル様。こちらこそ、お招きいただき嬉しく感じております」
……ドミクス公爵家の一室にて、密談を行っていた。
バルト枢機卿は輝星教会において、現教皇の右腕とさえ称される男だ。
その力は枢機卿ながら小国の王を凌ぐとさえ言われている。
また、力の強さから、不要な秘密を探る者は闇から闇へ葬られる……などという噂まで流れている始末である。
されど、ドミクス公爵家とバルト枢機卿に関する黒い噂は、証拠さえ残ってはいないがおおよそが真実でもあった。
「バルト殿、本日は急にお呼び出ししてしまい申し訳ない。できれば文か魔石通信で済ませたかったのだが、用件が用件なだけに直接お話しできればと」
「ええ、構いませぬとも。……そして直接の話となれば、あの件が解決したと?」
「はい。あの聖女、ティアラとかいう小娘を宮廷から排除いたしました。これであの小娘に向いていた民や兵たちの心は、輝星教会の方へ戻るかと」
エイベルの話を受け、バルトはほくそ笑んだ。
……腹の底から湧き上がる笑いを隠しきれなかったのだ。
「くっ、ははははっ。それはそれは、願ってもいないことでございます。聖女などという偽りの救いを求めた民衆たちの心も、これで輝星教会へ戻るでしょう」
……ことの発端は、聖女ティアラが一般の兵にも癒しを与える真の聖女である、という噂話から始まった。
高貴なる王族や貴族以外にも、求められれば平民や、平民出身の兵士にも癒しを与える聖女ティアラ。
戦場にて痛々しく傷ついた兵士にも、彼女は慈愛の手を差し伸べた。
さらに彼女は実際、外に出た際に噂を聞きつけた民草に乞われれば、彼らにも無償で治癒の力を行使していた。
結果、民衆の間では聖女ティアラこそが真の救世主であるという風潮が静かに広まっていったのだ。
そうして困ったのは民衆からの寄付金で運営している輝星教会だ。
──寄付金を寄越して一心に祈っても、神は救いをもたらすとは限らない。
──加えて輝星教会に治癒系統の魔術を求めれば、対価として決して安くない金額を求められる。
──されど聖女ティアラに懇願すれば、直ちに救いを与えてくださると。
そうしてレリス帝国での輝星教会の立ち位置は、聖女ティアラの活躍によって危ういものとなっていき、信者数の激減と寄付金の減少という二重苦を受けていた。
当然ながら輝星教会としては聖女ティアラの排除が望ましい。
だが魔術大国であるレリス帝国の宮廷にいるティアラを輝星教会が直接排除しにかかるのは困難であり、露見すれば帝国との正面衝突にも繋がりかねない。
そこで枢機卿であるバルトが目を付けたのが……帝国と深く繋がっている公爵家当主のエイベルであったのだ。
「それではエイベル様。“お礼”の品は速やかにお持ちしますので少々お待ちください。“今後”についてもお約束通りに」
「了解しました、バルト殿。楽しみにお待ちしております」
エイベルもまた、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
つまるところエイベルは、イザベル姫の平民嫌いを利用してティアラを宮廷から追い出した張本人であった。
ティアラの力が偽物であるといった噂を流し始めたのもエイベルだ。
イザベル姫にティアラをからかうよう唆したのも同様である。
もっとも、エイベルとしてはティアラの追放がスムーズにいきすぎて驚いたものだが……全ては輝星教会から多くの甘い蜜を吸うために。
バルトが約束した“お礼”の金品は途方もない額であり、“今後”についてもバルトは寄付金の一部をエイベルに渡し続けると約束した。
──こうして輝星教会と癒着を強めていけば、我がドミクス公爵家は帝国の四大貴族家という括り以上の力を得ることが叶うだろう。ゆくゆくは輝星教会も手中に収め、ドミクス公爵家は陰から大陸全土を牛耳るのだ。
エイベルはそのように考え、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
これは我が大望の第一歩であると。
……貴族家の当主として、貪欲に利益と家の繁栄を求めるエイベルの姿勢は間違ってはいない。
だがしかし、彼は全く気付いていない。
その過程があまりにも愚かであり、致命的であったことを。
存在するだけで周囲へ影響を及ぼすほどの、聖女ティアラの力を軽んじた結果……聖女の治癒の力を失った帝国は傾きかけ、病の罹患者や、魔物との戦闘での負傷者が増え続ける一方であることを。
……エイベルやバルトが自らの致命的な過ちに気付く日はまだ来ない。
故に……彼らは過ちを贖う機会すら逃している事実に、まだ気付いてはいなかった。