1話 帝国の聖女
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「お前の治癒の力は偽物だ!」
「偽聖女め。そうやって疲れたふりをしていれば給金がもらえていいご身分だな」
「全く、民の血税を何と思っているのか」
治癒の力を使った反動で地面にへたり込んだ私を見て、宮廷に仕える方々が口々にそう言った。
体中に重たくのしかかるような疲労感もあって反論する気にもなれない。
何より、こうやって罵倒されるのも慣れてしまった。
もう何年もこんな状態が続いているのだから。
──私、何のために頑張ってきたのかな。
今となっては自分が頑張ってきた理由さえあやふやに思えてくる。
……私ことティアラは、物心ついた頃にはこのレリス帝国の辺境の寒村にいた。
両親は顔も名前も知らない。
私は浮浪児だった。
いつもお腹を空かせて、飢えで頭がどうにかなりそうだった。
そんな時、私は初めて宮廷の人たちの言う「聖女の力」に目覚めた。
ゴミ捨て場に投げ捨てられていた腐りかけの果実。
綺麗な状態だったら食べられるのにと思いつつ手を触れたら、果実は見る見るうちに新鮮な状態に戻っていった。
……それが全ての始まりだった。
動植物が痛んでいたり、傷ついている時、私が触れればそれらは瞬く間に治っていく。
私の力は次第に村人たちも知るようになり、私は村の人々が病や怪我で倒れた時、彼らを治すようになった。
助けた村人たちも私に衣食住を与えてくれるようになり、生活は少しずつよくなっていった。
そうやって生活し、私もそれなりに成長した頃。
レリス帝国の宮廷近衛兵の方々が私の村にやってきた。
そして私の力を確かめると「あなたは当代の聖女。ぜひ共に来ていただきたい」と言い出したのだ。
どうやら神のお告げとやらで、聖女が辺境の寒村にいると彼らは知ったそうだ。
聖女。
それはあらゆる人々を癒し導く存在であり、勇者や賢者と並んで古の時代より存在していたという。
私は「聖女? 自分が?」と半信半疑だった。
自分の力が聖女特有の治癒の力と言われてもピンとこなかった。
何より「宮廷に行きたくない。村の人と一緒に暮らしたい」というのが私の願いだった。
村の人たちも最初は私を行かせまいと宮廷近衛兵の方々に話してくれたけれど、結局は私が出て行くことに同意した。
……宮廷近衛兵の方々が大きな袋にいっぱいの金貨を詰め、村の皆に渡したからだ。
生活が厳しい辺境の寒村、お金が必要なのは私にも分かる。
でも身売りされたようで、とても悲しかった。
……けれど、宮廷に行けば多くの人の助けになると馬車の中で兵士の方々に言われ、私は涙を拭って故郷を後にした。
誰かの役に立つことはいいことだもの、そう自分に言い聞かせて。
それから私は帝国の宮廷に住むことになった。
夢に見た綺麗な衣服、美味しい食べ物、ふかふかのベッド。
最初は全てが満ち足りていた気がしてとても嬉しかった。
……ただ、宮廷での生活は夢のようなものではないとすぐに気付いた。
「聖女様。まだ次の負傷者が来ます。すぐに準備を」
「ま、待って……。まだ力の回復が……」
聖女の力は他人を癒す代わり、私自身を強く疲弊させる。
本来なら一日に何度も使い続けられるものではない。
息も絶え絶えになった私は首を横に振ったけれど、それでも無理矢理に力を行使させられた。
……レリス帝国は他国と戦争中だったのだ。
帝国が聖女の治癒の力を欲し、辺境まで私を探しに来た理由もそれだった。
毎日のように痛々しい負傷兵を治癒し、張り付けた笑みで「頑張ってくださいね」と送り出す日々。
聖女の力の反動による疲労がありつつも、傷ついた人たちを前に「助けなくては」と私は気張り続けた。
だって私は、多くの人の助けになるために宮廷に来たんだもの。
……自由になりたい自分の心を偽り続けて、そう思い込んできた。
「その結果が偽聖女扱い……酷いなぁ」
自室に戻ってベッドに横になる。
体に上手く力が入らない。
少し涙が出そうになった。
毎日頑張ってきたのに、偽聖女と罵倒される日々が続いている。
……思えば、戦争が終結した後からそんなふうに呼ばれ始めた。
宮廷には寒村出身の私をよく思わない貴族の方々が大勢いる。
前々から嫌がらせもそれなりにあった。
聖女と呼ばれているからって調子に乗るなよ平民、などと。
多分だけど、戦争が終わってお役御免になった私を宮廷から追い出したい王族や貴族の方々がよからぬ噂を流しているのだろう。
私は聖女ではない、力も偽物だと。
「本当、馬鹿みたい。……どうしてこうなったのかな」
この力だって欲しくて手に入れた訳でもないのに。
それでも頑張って誰かのためにって自分に言い聞かせてここまでやってきたのに。
「私……何のために辛い思いをして、頑張ってきたんだろう」
正直、これ以上この帝国のために頑張れる気がしない。
そんなふうに思いつつ、私の意識は眠気で闇へと沈んでいった。