04. ミラー・マイエン_2
部屋には、大きな肖像画が掛かっていた。
描かれているのは、椅子に座った美しい女性とその彼女に愛しい視線を注いでいる美しい青年。
髪の色と雰囲気から分かる。
先代の、つまりオーストラ様のご両親だ。
彼は本当にご両親によく似ている。お2人の良い部分を掛け合わせたかのように彼はさらに美しいのだけれど。
閣下が彼を見て一目で血を分けた者だと分かったのも理解できる。
みすぼらしい子どもと言う色眼鏡をかけなければ、公爵家ゆかりの証拠の品を彼が持っていなかったとしても、それは揺るがなかっただろう。
「どうやって知ったの?」
オーストラ様はわたくしからの話を遮ることなく最後まで耳を傾けた後、一言、そう口にした。
表情も平素と変化なく、口調は相変わらず穏やかで、声音にも怒っている素振りは見られない。
「……実は、一度だけ子爵方で使用人姿の貴方をお見掛けいたしましたの」
彼は公爵に見つけてもらうまで、自分を育ててくれた施設のために、それこそ煙突掃除から家畜小屋の番まで様々な仕事をしていた。その過程でデボン子爵の屋敷でも下働きとしてしばらく働いた事があるのをヒロインに語っている。
だが当然ながら、ゲームの設定でそちらの過去を知っているから、などと言えるわけがない。
「まぁ、隠していたわけじゃないからいいけれど」
彼は信じてくれたのか、苦笑する。
「どなたにも公言しませんとお約束いたします。ただ、デボン子爵について少しでも情報をいただければと思いましたの」
「夜会で子爵に向かって言っていたことと関係が? ミラーから騒ぎについて訊かれたよ」
彼にも知られたのね……。
やはりネタバレというのはいかなる状況においてもするべきではない。肝に銘じておこう。
「はい。被害者の中には平民もいる可能性がございます。わたくしたち貴族と異なり、彼らは財産を奪われれば飢えて死ぬしかありません。今のうちに手を打たなければ、被害は増える一方ですわ」
彼はわたくしをじっと見つめる。
「平民を君が気にするとは思ってもいなかった」
「仰りたいことは理解しております」
わたくしも彼を嘲っていた一人だった。
そう。まず、やらなくてはいけないことがあるはずだ。
わたくしは立ち上がり、頭を下げる。
「今までの振る舞い、深くお詫びいたします」
「え?」
「愚かな行いであったと反省しております。本来ならお願いできる立場ではございませんのに、こうしてお話を聞いてくださったこと、大変感謝しております。更に厚かましいお願いをいたしておりますことも、重々承知しております。こちらの希望を聞いていただくことは別にしましても、わたくしはいかなる謝罪要求にも従う所存です」
彼は慌てた様子でわたくしに駆け寄る。
「ち、ちょっと、そこまでしなくていいから!」
「いいえ、わたくしの気が済みません」
「本当に怒っていないから大丈夫だよ。君から何かされたわけでもないし、僕の態度が貴族らしくないのは僕も分かっているから。ごめんね、僕の言い方が悪かった。あれじゃあ、嫌味を言われたようなものだよね」
「そのようなことは決して――」
「さぁ、座って。君が座らないと、僕も座れないから……」
レディへのマナーを建前に彼はわたくしを椅子へと誘導する。
そして、
「僕は君の謝罪を受け入れます――ということで、この話はもうおしまい。いいよね?」
「ルシェル様がよろしいのでしたら……」
じゃあ終わりだ、と彼は告げる。
こちらに向ける顔は陽光のような金の髪と同じく、どこまでも暖かい。
「それで、具体的に何が知りたいの? 臨時の手伝いでしばらくいただけだし、あまり話せるようなことは無いと思うのだけど……」
この為に持ってきたペンをしっかりと握る。
「子爵邸に出入りしていた方、子爵が出かけた先、見聞きした何もかもですわ。情報をいただければ、後はこちらで調べて証拠をつかみますので、思い出せる限り全てを。どうか、よろしくお願いいたします」