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04. ミラー・マイエン_1

放課後、ミラー様を屋敷に招いてのこと。


部屋や庭、それからわたくしはもちろん、控えている使用人たちまでを一通りほめたたえた後、全員が下がったのを確認してようやく彼は本題を切り出した。


「夜会の時にラシアちゃんが子爵に向かって言ってた話のことだけど」


「あの場にいらっしゃいましたの?」


いたのなら、どうしてヒロインを助けないのよ!

あなた、女の子大好きでしょう!!


わたくしの非難の目に彼がたじろぐ。


「いや、呼ばれてホールについたときにはもうほとんど終わってて、ちょうどキミが子爵に投資詐欺を働いてるって話を……」


話しながら、彼はちらと戸口に目をやる。


扉は開いたままだった。


姿は見えないが廊下側のすぐそば、会話が聞こえない程度の距離に用が命じられた場合に備えてという名目で、わたくしの侍女と護衛が間違いなく立っている。娘を溺愛するお父様の命令で、お従兄様とですらふたりきりになることはできないのだから、婚約者でもない彼なら更に当然であろう。それを気にしてか、少しだけ彼の声は普段より小さかった。


「あの言葉、聞こえましたの!?」


「小声だったからオレ以外は分からなかったと思うよ。オレ、すごく耳がいいんだ。それに、秘密の話こそ扇を使わなくちゃ。その後の緊張を隠すためじゃなくて、さ」


全部バレてるわ。


ま、まぁ、両想いになった後の話なのだから、ネタバレになったとしても大丈夫よね?

ルートには影響がないはず。

多分。きっと。

……そうであって頂戴。


もう目覚めてから何度目かわからないお願いを心の中でする。


「で、その話なんだけど、子爵って義姉さんの伯父でもあるんだよね……。身内への噂に義姉さんが困ってて……」


彼にしては珍しく歯切れが悪く、言葉を濁す。


ああ、そういうことなのね。


ゲームをプレイしていた時はDLCへの布石かしら程度に考えていたけれど、彼のルートで、なぜ突然最後にデボン子爵が再登場するのかやっとわかった。


裏でそういう繋がりがあったとは思ってもいなかったわ。


それよりも、子爵め、脅されて反省するでもなく姪御さんの伝手つてを使い圧力をかけ返すとは、わたくしに負けず劣らずの悪役ぶりだ。


そして目の前の彼も、本来なら一人でさっさと解決する問題をなぜわたくしに相談してきたのか、やっと合点がいった。


おそらく物語の最後なら惚れたヒロインのためにお義姉様よりも彼女を優先して子爵を糾弾できたが、今の段階では当然ながらまだ恋をしていないため、お義姉様への想いが勝るのだろう。


だからできるだけ穏便に、目立たず、最愛のお義姉様に影響が及ぶことをなくしたい。


ひいては、わたくしにもこれ以上騒がないでほしいと、そういうことだ。


気持ちはわからないでもないけれど、そうはいかない問題でもある。


いつの段階でのことかはわからないが、平民も、デボン子爵の被害にあっていたと言っていたからだ。


それに何よりも、領地と領民を預かる者ならば、優先させるべきものはおのずと決まっているはず。


「辺境伯はこちらの問題、ご存じですの?」


「全部オレに任せるって。領主になるための課題だって」


「子爵を追放なさったらいかが?」


彼の顔が険しくなる。


「――それはできないよ」


「夫人のためですの?」


「……義姉さんは関係ない。オレから子爵には忠告しておくから」


「それでは済まないのですわ、被害者がおりますのよ」


「ラシアちゃん、頼むよ」


「つまり、無辜の民にこれからも犠牲になれと?」


「そうは言ってない」


「目を瞑れとはそういうことですのよ。もちろん、分かっていて仰ってるのでしょう?」


「そうじゃないよ。ただもう少し様子を……」


「そのもう少しの間に、どれ程の被害が増えるのかご存じ?」


「金のことならオレが……」


「お兄様がもしこちらにいらしたら、どう思われたかしら――」


「兄貴のことは口にするな」


一瞬にして周囲の温度を下げるような冷たい口調だった。


しまったわ。


埒があかない会話に、うっかり、ゲームでの彼の自責の言葉を口にしてしまった。


攻略情報として、彼は基本的にはどのような、それこそデッドリー様やオーストラ様などは即イベント終了になるようなセンシティブな話題を選択してもOKなのだが、ただ1つだけ、家族の話は彼自身が口にするようになるまでタブーだった。


彼はお兄様を今もとても尊敬しているはず。ゲームでも事あるごとに誇らしげにお兄様について語っていた。


幼い頃に母親を亡くした彼にとって、国境を守る忙しい父親に代わり彼の面倒を見てくれた兄はもう1人の父親でもあった。そして、剣の師匠であり、人生の先輩であり、憧れの人であり、恋敵であった。

彼の人生の根幹にいる人で、彼を育て、そして亡き今も、その心を支えている人。


息をのんだわたくしに、彼は慌てて取り繕うように笑みを浮かべ、


「お、驚かせちゃったかな。ごめんね」


いつものへらへらとした調子に戻る。


「……わたくしも噂を耳にしただけですわ。証拠を握っているなどではございませんの」


ゲームでは結果の報告しかなかった。彼がどのように証拠を集め、罪を暴いたのかはわたくしにだってわからない。


「ですから、もし、そちらが沈黙を貫くおつもりでしたら、わたくしといたしましても子爵がこちらの領民に手を出さない限りは、これ以上の介入は致しませんわ。辺境伯領の問題ですもの」


そっか、と呟いたきり、彼は黙ってしまう。


そうだ。助けてやってほしいとは思うけれど、これ以上強く出れば越権行為になってしまう。


あくまで自領の問題は領主が解決すべきである。


たとえ、その領民が不幸になることが分かっているとしても、手を出してはならない。


21貴族の取り決めでもある。


長い沈黙の時間が過ぎ、やがて、


「……キミの言うとおりだってことはオレも分かってる。領主になるのならば庇うべきは身内じゃなく、領民だ。確かに、兄貴ならそう言っただろうね。かと言って、証拠もなしに動くことはできないし、オレが大きく動くと子爵にバレる可能性もあるし……」


そう言い、ちらちらと意味深な視線を送ってよこす。


全く実行できていないので信じてもらえないと思うのだけれど、攻略対象にはかかわりたくないの。


とはいえ、ネタバレをして彼の行動時期を早めてしまったのはわたくしの責任だ。


「――お手伝いいたしますわ。わたくしにできる限りのことは致します」


「怒らないんだ。キミのことだから、もっとイヤミ言われるのかと思ったよ」


「…………」


「冗談。睨んだ顔も美人だね」


いつもの調子が戻ってきたようだ。


さらにおべっかをつかおうとする彼の言葉は聞き流す。


証拠をつかむにもまず情報を集めることが先決だろう。


「お一方ひとかた、心当たりがございます。もしかしたら、あちらの経済状況を詳しく伺うことができるやもしれませんわ」

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