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03. 学校生活_1

「結局お従兄様を引き留められず、婚約の話はうやむやのまま終わってしまったわ」


わたくしはステンドグラスが眩い校舎を見上げ独り言つ。


周りでは、ごきげんよう、とあちこちで挨拶が交わされている。


冬期休暇が終わり、いよいよ今日から学校生活が再開する。


連邦国の中央にあり政治の中枢でもある共同自治領中央都。


その中央都にあるこちらの学校、生徒の8割以上を貴族や商家の上級市民ブルジョワ階層が占める。特に身分による入学制限を設けているわけではないのだが、学費が相当かかるためだ。


もちろん、その分、設備もすぐれているし、授業も高度なものを受けることができる。


貴族にとってはこちらを卒業するのが当たり前であり、他の者たちにとってはこちらを卒業することがステータスとなっている。


「ラシアちゃん、おはよう」


明るく溌剌とした声がかかる。


侯爵令嬢のわたくしをちゃん付けで呼ぶのはこの学校で彼しかいない。攻略対象の1人、辺境伯のご令息ミラー・マイエンだ。


「おはようございます、マイエン様」


「……あれ。なんか、いつもとちょっと違うね」


彼は探るようにわたくしに顔を近づける。


自然にふるまったつもりだったのにと少し驚く。


親しい人ならともかく、ほとんど交流がないならば前世が混じったところでそう大した違いはないと自信があったというのに。一目で見破るとは、さすが女の子が好きなだけはある。


「とは言っても、今日も相変わらず、すごい美人だけど」


すかさずそう続け、屈託なく笑う。


彼の性格と同じく自由奔放にあちこちを向いたオレンジ色の髪。こちらを見つめて笑うその瞳は琥珀色。少し垂れ目気味だが、良く笑う表情と人好きのする性格のためいやらしさはなく、それがむしろ整った顔立ちの中でも彼の魅力となっている。


南方出身であり貴族の中では珍しい少し日に焼けた肌。国境を預かる辺境伯の子息らしく勉学よりは剣術を得意とし、本人も騎士として非常に優秀との設定があったはずだ。


この学校の制服はブラウスとワンピースにボレロの女生徒に対して男子はジャケットにベストとスラックスのはずなのだが、彼はネクタイもせず一番上のボタンは外し、シャツの袖を肘の下までまくり、ベルト代わりにスカーフを腰に巻くという身軽さだった。


軽い口調の通り、よく言えば快活で愛想が良く――特に女性に対して、一言で言うと女たらし。今もまさに、わたくしと会話しながらもすれ違う子女ひとりひとりに一声かけては笑わせているほどに。ただ、女好きの設定通り、ラストでも唯一、ユーラシアを庇ってくれた攻略対象でもある。


そして何と言っても彼の特徴が、攻略対象でありながら実は現在片思い中であるということ。結ばれない想いではあるが。


恋しているのは、兄の妻である義理の姉。幼い頃にお兄様の婚約者として紹介されてのひとめぼれだった。それからずっと一途に思い続けていた。彼は2人の結婚式の日に愛情を封印したが、敬慕との間で揺れる感情までは捨てられなかった。そして、それが完全な家族愛に変わる前に、お兄様が事故で亡くなってしまう。


子どもが生まれていたならまた違っていたのだろう。だが、そうなる前に夫に先立たれ、血族のいない彼女としては次の後継者であるミラー様に頼らざるをえなくなってしまう。


夫を想いながらも彼に縋るお義姉様に、彼は同情と愛情と大好きだったお兄様への義理という板挟みで苦しむこととなる。


中央都にも屋敷があるのにそこから通わず寮生活を続けているのも、実は女子と仲がいいのも、全てはお義姉様への想いから離れようとしてのことなのだ。


このような生活を繰り返していた中で出会うヒロインの素朴な優しさや穏やかさ、そしてちょっとズレたような可愛いところに、長い片思いにすり減っていた彼の心は魅了されていくことになる。


まぁ、悪役令嬢のわたくしにはまったく関係のない話なのだけれど。


「そういえば、キミにちょっと話があるんだけど。夜会でのことについて……」


そう言って考え込むフリをして、ちらりとこちらを見る。


「一緒に仲良くお話ししたいな~、なんて。1回くらいお茶に付き合ってくれてもいいと思うんだけど?」


彼の軽い言葉に一気に血の気が引いた。


夜会でのこととはいったい何だろう。

何か失態を犯していたのだろうか。

ヒロインに、ゲームに関係することだろうか。

それとも単に酔っぱらった際に、何か、しでかしていたのだろうか。


アーシアさんは特に何も言っていなかったけれど、ただ気を遣って黙っていただけだったのならどうしましょう。


「……承知いたしました」


「えっ!?」


承諾されるとは思っていなかったらしい。自分で誘っておきながら、こちらの返事に驚愕している。


けれど、わたくしとしては夜会と言われれば、断る理由はない。むしろあの日の出来事のことで何か問題が起こったのなら、ぜひとも把握しておきたい。


「マジで? 先生はいいの?」


先生、とはお従兄様のことである。

彼は養子に入る前にこの学校で教師を務めており、わたくしの叔父、つまり彼の養父の仕事を手伝う傍ら、代わりの教師が見つかるまでこちらでも引き続き勤めているのだ。


確かに、今まではかつて鋼戦争でも活躍した由緒正しき辺境伯領を地方だ田舎だと見下し、時間はすべてお従兄様のために使うと言って憚らなかったのだから、当然かもしれない。


「ええ。現在、婚約の解消を視野に入れておりますの」


「解消?!」


彼が大きな声をあげ、周囲が注目する。


これはいい傾向だ。


お従兄様との婚約解消が進まないのなら、こうやって外堀から埋めていくのもよいかもしれない。


「じゃあ、どこか行きたいところある?」


「学園の喫茶室で」


「え?」


「わたくし、現在、学力強化中ですの。ですので、学校の喫茶室で」


「え~、キミは上位クラスじゃん。そんな頑張らなくても……」


だからこそ、頑張らないといけないのよ!


彼にわからないよう、そっとこぶしを握る。


こちらの学校、クラスが成績順なのだが、当然努力とは無縁のわたくしは下から数えた方が早い――にもかかわらず、上位クラスに入っている。なぜかというと、上位クラスにはお従兄様の担当教科があり、その目的で入学当時お金と権力に物を言わせて採点係に忖度させていたからだ。


今ですら悪役令嬢で人生詰んでいるのに、さらに罪を重ねてるだなんて本当に終わっている。


これ程の地位と美貌を持つ女が嫉妬に駆られ、賢く可愛らしく性格の良い少女に負ける――という構図を作りたいが故の設定であろうが、どうせ盛るなら多少は性格や能力にも回してほしかった。


贈賄罪ってこの国にもあるのかしら……?


面と向かって問う人はいないけれど、周囲の教師はみな思っているだろう。なぜ、あの成績で上位クラスなのだと。


このままだとバレるのも時間の問題だった。


本来なら罪の告白をするのが正しいのだろうけれど、悪役令嬢という役柄から逃れたい今、可能な限り破滅への積みは避けておきたい。


優先すべきは学業!


なんとか上位クラスの成績に見合う学力を身に着け誤魔化すのだ。まずは頻繁に行われる小テストが目下の課題であり、その為に冬期休暇はひたすら机に向かっていた。


そして次の目標が、進級に伴いクラスを1つ落とす。そうすれば攻略対象者やヒロインたちと同じ組になることはなく、危険がさらに遠ざかる。一番下のクラスこそがわたくしには妥当なのだけれど、その場合上位クラスにいたことを疑われるし、下位クラスには目の前の彼がいる。中間クラスがこの場合ベストだろう。


普段は上位クラスのぎりぎりの成績を維持すれば、下がったとしても誰も疑問に思わないはず。


そのためにも、しっかりと勉強して正誤率を完璧に把握しなければならない。


落ちるために猛勉強するというのもおかしなものだけれど、今のところそれしか思いつかないのだから仕方がない。


都合の良いことに、一部の教科は前世の方が進んでいたくらいで今更勉強する必要がない。


問題は歴史や地理など前世の知識ではカバーしきれない分野だ。ただしこちらも前世のように詳細に記録されているわけではないので、テスト範囲に限れば今からでもなんとか巻き返せそうだった。


全てはこれからの普通の人生のために。


気合を改めていれ直していると、


「……オレ、キミの部屋とか行ってみたいな~なんて」


「却下ですわ」


「は、早いね……いや、あの、下心じゃなくて、できたら人に聞かれたくない話があって、男子寮じゃ話せないから、そっちはどうかなって……」


ここで彼は声を潜め、


「つまり、デボン子爵のことでちょっと……」


「……承知しました。明日、学校が終わったら自宅にご招待いたします」


外で会ってへたに噂になるくらいなら自宅に招いた方が良いのは確かだ。


彼が笑う。


「じゃ、よろしく」

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