18. end : アーシア
うららかな春の日差しに思わずまどろみかける。
休日の今日、わたくしとアーシアさんは、彼女おすすめの場所を訪れていた。
噴水公園に併設された青空市場、その一角で可愛らしいお婆様とお孫様が開いているお店の一番人気の商品。
粉糖がまぶされたサクサクの生地の揚げ菓子は、かぶりつけば中からとろりとクリームやチョコレート、フルーツのソースが溢れだし、口の中いっぱいに幸せが広がる。
こちらにソーダ水を合わせるのがよいのだと、買いに行った彼女をわたくしは噴水の縁に腰かけ、待っているところだった。
目の前を穏やかに笑い合いながら沢山の人々が行き交う、休日の午後らしい平和な光景。
わたくしたちは今学年こそ、のんびり、ゆっくり、学生らしい学校生活を送っていた。
断罪や内通者、ゲームのシナリオ、婚約問題に悩まされることももうない。
すべてが落ち着いたからだろう。
最近、ふとした瞬間に事件のことを改めて振り返ることが多くなった。
真実と欺瞞、過去と悲しみが交錯していた、あの事件のことを。
「……多分、本来のわたくしって何も知らされていないのよね」
わたくしの予想が間違っていなければの話だけれど。
ヒロインを虐めていたことは事実だ。ゲームでも直接ラシアから嫌味を言われていたシーンを覚えている。
ただ、わたくしの不出来な頭脳ではそれが精いっぱいだったのだと今は分かる。
それ以上の罪に関しては仕組まれたことで、ゲームに於いてのわたくしはわざと冤罪に掛けられたのではないかと思う。
そもそも自分でも言っていたけれど、身分が一つの正義であるのだから、平民の少女に危害を加えただけで7大貴族の娘が終身刑になどなるはずがないのだ。その時点で気が付くべきだった。
「お父様とオール=ダード侯の間で話し合いがあったのだとしたら」
ビジネスチャンスのためアストリードの信用を失墜させたいエーゲン伯爵と、エーゲン伯爵を信用させ証拠をつかみたいオール=ダード家。
内通者を捕まえるためなら、結局、お父様も最後には協力したはずだ。
そして、エフューロ様が動き、わたくしはいつもの通り何も聞かされずに過ごすことになる。わたくしと家の評判は一時的に落ちるだろうが、冤罪であり内通者をあぶりだすための演技であったと説明されれば名誉は回復するだろう。
「それどころか、自分の名誉を犠牲にして国を守ろうとした令嬢と美談に仕立て上げられてるかもしれないわね」
すでにその状態に近いことをわたくしは経験しているのだから。
それに、多少落ちたとしても、婚約者はいるのだ。結婚を前提として実行された場合は事後の憂いもなく、オール=ダード家ならば相手としてお父様も文句はないはず。
そう考えると、ゲームでヒロインを襲ったのは間違いなく伯爵の手先であり口封じだろう。いくらエフューロ様がひねくれているとしても、無害な少女を襲うほどではない。
それに失敗のできない計画の中で平民の少女とアストリード侯爵どちらかに協力を仰ぐとするならば、後者に違いない。
本編で主人公は本当に犯人に心当たりがなく、怯えていた。
となると、DLCの舞台がコンコルドであることも、ミラー様のルートで最後に子爵が処分をうけることも、デッドリー様のルートでこれから親族と対決していくということも繋がるような気がする。
もしかしたらDLCでは2人にエフューロ様も加えて一緒に解決していたのかもしれない。
そして、結局エフューロ様は追加の攻略対象ではなかったのだろう。
それどころか、彼はアーシアさんを御三家にハニートラップを仕掛けようとしているエーゲン伯爵の息のかかった者だと疑っていたというのだから、驚きを通り越して呆れてしまう。
「……おそらく、本来のわたくしは彼と結婚していた可能性が高い、ということだわ」
では、最大の疑問として、なぜ、そのような中途半端な内容と設定を本編から切り出しDLCに落とし込んだのか。
――儲けのためよね。資本主義とはそういうものよね。
ええ、社会人の前世を持つわたくしには一応理解できるわ。会社というのはそういうものよ。
でも、そのおかげでわたくしはこのように道化の役割をふられてしまった。
まぁ、どこまでが、もしくはどこからがDLCの内容になるのかは分からないし、この場でいくら推測したところで、知りえないのでどうしようもないけれど。
あーもう! なぜ、DLCまで生きていなかったの、わたくし!?
階段くらい踏ん張りなさいな!! 足腰をもっと鍛えておくべきだったわ!!
それこそ、いまさら言ったところでなのだけれど。
自嘲していると、
「けっ、けけけけけ、結婚てどういうことですか?!」
突然、怪鳥のような声がかけられ思考が中断する。
気が付けばアーシアさんがすぐそばに立っていた。さきほどの奇声は彼女から発せられたらしい。
動揺しているのだろうか、持っているコップからソーダ水が、吹き出すマグマのごとく零れて地面に吸い込まれていく。
「アーシアさん、大丈夫? 何かにつまづいてしまったのかしら?」
わたくしが駆け寄ると、彼女はしがみついてくる。
こちらを見上げる顔はひどく青ざめ、唇が震えていた。
「どなたと?! いつなさるのですか?!」
「結婚のことかしら? しないわよ? もしかして、そのことで驚かせてしまったの? お父様に領主として考えてもいいと言ってもらえたのだもの。恋だの愛だのにうつつを抜かしている暇はないわ。アーシアさんも、お手伝いしてくださるのよね?」
「もちろんです!! 一生お手伝いします!」
「一生は……あの、ご自分の幸せも追求して頂戴ね」
アーシアさんには幸せになってもらいたいと心から思っている。
そのことを伝えると彼女は可愛らしい顔を横に振り、真剣な顔で、
「一生です。あの時、決めたんです」
「“あの時”?」
「初めてお会いした夜会の――子爵様に付きまとわれて、怖くて、でも何も言えなくって……そんな時にユーラシア様が現れてくださったんです。私、その時に思ったんです。もし、この方が今後災難に襲われることがあったなら、今度は私がこの方の盾になりたいって……」
結局それが己を刺すと言うところにまで行きついてしまったのか。
確かに一途という性格ではあるけれども……。
実はもう一つ疑問に思っていることがあった。
エフューロ様が攻略キャラではないのならば、公式が予告していたDLCでのルート追加キャラとは誰であったのか。
「おそらく、エーゲン伯爵……」
呟いたわたくしを不思議そうに小首を傾げ彼女が見やる。
悪役キャラと結ばれるのもまた、お約束というもの。
主人公が堕ちるのか、伯爵が救われるのかは分からないが、あの男の本性を知っている今、この愛らしい少女の未来が輝かしいものであったとは到底考えられない。
誰にだってやり直す機会は与えられるべきなのかもしれない。
しかし、あの男は決して越えてはいけない一線を軽々と、何の罪悪感も持たずに踏み越えていった。
御三家に対しては切っ掛けのチャンスを奪ってしまって申し訳ないと思えたけれど、伯爵に関してだけは後悔はないわ。
「……そうね、わたくしたち、いい組み合わせかもしれないわね」
自己満足でしかないとしても、わたくしもある意味では彼女を守れたのかもしれない。
彼女に笑顔でもってわたくしも応える。
「アーシアさんのおっしゃる通り、2人で頑張っていきましょう!」




