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02. お従兄様_1

ヒロインとは関わらないでおこう。早速その計画は破綻した。


こうなったらもう一つの案、


「――先にお従兄にい様とお別れするしかないわ」


攻略対象ではないものの、この物語のもう一人の重要な登場人物、それがエフューロ・アストリード 。しつこいようだけれど、わたくしにとっての婚約者(仮)である。


従兄と言ったけれど、もともとはどこかの没落貴族の出だったのを、釣り合うよう婚約を機に子のいない叔父夫婦が養子にもらったため、わたくしとの血のつながりはない。


本来ならお従兄様はヒロインを救ってあげた縁で勤め先の学校でも仲良くなり、それを知ったラシアはこちらには一向になびかない婚約者(仮)が心を開くヒロインにますます憎しみを抱くようになる、という流れだった。


ゲームでは嫉妬に駆られて暴走するラシアだけれど、そもそも彼はこの縁談を望んでいない様子だった。貴族ならば我が家からの持ちかけを断れる家などそうそうなく、さらにお従兄様もラシアの気性の激しさを知っているから今まで持ち上がっている婚約話を保留にすることはできても解消まではなかなか切り出せなかったのだと推測される。


逆にプライドの高いラシアがなぜ自分よりも身分の低い彼を相手に選んだかというと、ずばり「顔」だ。


彼はユーラシアが見てきた中で最も美しい容姿をしており、そのため、自分の夫にはこの「顔」しかないと彼を指名した。もちろん、顔だけでなく養子として受け入れられるほど彼は能力も高いのだけれど。


今でも彼の仔細を説明しようとしたお父様に言い放った言葉を思い出せる。


「家なんて関係ございませんわ。わたくし、顔が気に入りましたの!」


……冷静になった今、本当に自分が恥ずかしいわ。


この見た目にこの設定で攻略対象ではないというのはありえなく、公式がDLCダウンロードコンテンツで本編登場人物にルートを追加すると予告していたこともあり、そちらで攻略対象として追加されるキャラであろうというのがプレイした人たちの共通の認識だった。外伝アフターならば、婚約も解消されているはずだから堂々と恋愛ができるはずだ、と。


つまり、わたくしがどう頑張ったところで絶対にご縁のない相手である。


というより、そもそも好感すら持たれていない。正確に申告するならば、嫌われている。


そう、ゲームの最後でもラシアのことを何といっていたか。

確か――、


「“幼く、惨めで哀れ”で悪うございましたわね」


「ラシア?」


「いえ、何でもございませんわ」


いけない。うっかり口に出してしまった。


サンルームのテーブルの向こうでは、お従兄様が口をつけたカップをゆっくりとお皿に戻している。


ただそれだけの動作なのに彼がすると見惚れてしまう。


さらさらとこぼれて肩にかかるのは、氷山を連想させる淡い銀色の髪。整った顔立ちは美しい彫刻のようで、すっと通った鼻筋に、切れ長の灰青の瞳。その瞳を覆うような長いまつげと薄い唇。聖職者のごとき白い肌は決して血色がよいとは言えないが、それが一層彼を神秘的に見せていた。繊細な顔立ちは女性的にも映るけれど、やはり首の太さや肩幅は男性のものである。


総じて全てが整っており、その純然たる美しさは太陽の前に出れば溶けてしまう、はかない氷の彫像を思わせた。


わたくしのものよ、と言いたくなる気持ちも分からなくはない。本当に実行するのは愚かとしかいいようがないのだけれど。


用事があると断りながら夜会にひそかに出席していてヒロインと出会い、時に励まし、陰ながら手助けしつづけた人。


特にこの件で出世したなどの設定はなかったはずだけれど、最終的には彼女にかかわる関係者の覚えもよくなっていたにきまっている。


上がるはずのお株を奪ってしまうだなんて本当に申し訳ないことをしてしまったわ。そして、付きまとい続けた今までも。


もうスパっと別れて彼を解放してあげなくては。


「お従兄様、わたくしにもう会いにいらっしゃらなくて結構ですわ」


「……僕が夜会でエスコートしなかったことを怒っているんだね?」


彼は一瞬言葉に詰まって、それからすぐににっこりと笑った。


今までラシアはあの手この手で麗しの君の気を引こうとしてきた。


だから自惚れでも何でもなく、彼が過去の経験からそう思っているのは分かる。


すねていると判断したから、今日はラシアのご機嫌を取るために、わざわざこちらが贈った自分好みではない派手なカフスをつけて顔を出したのだろうし。


確かにラシアに辟易していたとはいえ、嘘をついて断ったことはちょっといかがなものかしらとも思うけれど、本当に今はそのようなことはどうでもいい。


「本気ですわ。わたくし、散々ご無理を申して我が儘でしたでしょう? どこにいようとお呼び出てしてお嫌でしたでしょう? もう我慢なさらなくてよろしくてよ。とまっている婚約のお話も撤回いたしますわ。もちろん、お従兄様のご身分は保証いたします」


「どうしたのかな、急に?」


テーブルに肘をつき手を組んで、その上に顎を乗せる。身を乗り出した姿勢でほんの少し、2人の距離が近くなる。行儀が悪いに尽きるが、それすらも許せてしまうほどの魅力が彼にはあった。


綺麗な顔がふわりと微笑んで、一層綺麗になる。


「――っ、お従兄様にご紹介したい方が」


彼の誘惑を振り払い、侍女にアーシアさんを連れてきてもらう。


彼女を紹介しようと振り返ってぎょっとする。ヒロインの顔が険しい。


「お従兄様、彼女はアーシア様ですわ。訳あって数日当家にお招きしておりますの。アーシアさん、こちらはわたくしの従兄のエフューロ様」


「……えっ、ご親戚の方だったのですね。ごめんなさい、私ったら勘違いしちゃって。初めまして、アーシアと申します。どうぞお見知りおきください」


「初めまして、アーシア嬢。婚約者のエフューロです」


「婚約者?」


彼女の声色が変わり、わたくしは慌てる。


「仮ですわ。しかも今日でそちらの関係も終わりですけれど! ええ、今、お別れの挨拶を」


「まぁ、そうだったんですね! 私ったら、そんな大事なお話の最中にお邪魔をしてしまって、ごめんなさい。どうぞ、最後まで存分にお別れをなさってください!」


アーシアさんはそう言ってそそくさと立ち去ろうとする。


「お、お待ちになって、アーシアさん! お従兄様、実は彼女を中央都の学園に推薦したいのです。間に立っていただけます?」


同席させた彼女を、お従兄様は不思議そうに見つめた。


「推薦できるほどの能力が?」


「ええ。彼女、非常に優秀でらっしゃいますのよ」


なにせエリート学校の推薦テストで前代未聞のオール満点をとるのだから。


「そ、そんな! 私、そんな学校に行けるほどの者では……!」


彼女が聞いたことのあるセリフを口にする。やはりお従兄様を引き合わせてよかった。


わたくしはこっそりほくそ笑む。


ゲームの流れが戻ってきている手ごたえを感じる。


「今からでしたら春の転入には間に合いますでしょう? お従兄様には代理で手続きをお願いしたいのです」


もしかしたら、彼女を学校に入れなければ、悪役令嬢にならずに済むかもしれない。正直に言うとそれも考えてしまった。


だが、本当にそうなるかは分からないし、そもそも彼女の人生を大きく逸脱させることはわたくしの本意ではない。恋愛を抜きにしても、学園に入ることは彼女の人生において決してマイナスにはならないはず。


自分のことは大切だけれど、それが他の人の不幸の上に成り立ってはほしくない。


それに大幅にシナリオを変えてしまえば、未来を知っているというアドバンテージの意味がなくなってしまい、予想もつかない方向に進んでしまった際に咄嗟の対処ができない。


繰り返すが、わたくしは自分が舞台から降りられればそれでいいのだ。


現在の学校での進み具合と、念のために近日中に機を見て小試験を受けてもらいたいとのお従兄様の言葉に彼女は真剣にうなずいている。


復習をしておきたいと図書室へ辞去する彼女の後ろ姿を見て、彼が呟く。


「……愉快なお嬢さんのようだね」


早速興味を示したわね。


「ええ。ということで先ほどの続きですけれど、お父様にはわたくしからお話を通し――」


「承諾するって言ったかな」


「はい?」


「ごめんね、ラシア」


急に手をぎゅっと握られる。


ひんやりとした手袋の感触。


彼はどのような時でもかたくなに手袋を外さないのだ。


傷があって淑女が目にするには美しくないため。そう言っているけれど、日頃の態度から見て、本当かどうか疑問だった。単にわたくしに触れたくないだけではないのかしら。


「最近忙しかったから、寂しい思いをさせてしまったんだね」


「いえ、全く寂しくはなく――」


「これからはもっと通うようにするよ」


「いえ、結構です」


「すねてる君も可愛いよ」


「お願いですから、お話を――」


「約束、するよ」


我が儘を言う子供をなだめるように、わたくしの唇に指をあて囁く。


出た。彼の口癖、「約束」。


これを口にした場合、その誓いは絶対に破かない。本気なのだ。


「本当の本当に約束は必要ありませんので、是が非でもお別れを――」


「今日は、この辺で失礼しようかな。また学校で」


「ち、ちょっと、お話はまだ終わっていませんことよ、お従兄様!!」


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