15. 真相_4
「――これから起こっていく悲劇だけは、変えてみせるわ!!」
伯爵に掴ませたまま、床を蹴り、体重を乗せ体ごとぶつかる。扉が開いて驚愕の声が聞こえた気がしたけれど、もう遅い。振り返らずに、その勢いのまま窓に押し込む。伯爵の背で薄氷を踏むようにガラスが割れ、抵抗がなくなる。体が窓から飛び出したのだ。
一瞬の浮遊感。
そののち、わたくしは伯爵もろとも地面にたたきつけ――られなかった。正しくは、伯爵だけ落ちた。
しかも、2階という低くはないが高くもない階層だったので伯爵も無事だった。よろめいた姿勢のまま落ちたせいで全身を打ち付けて、動けないようではあるけれども。
一方のわたくしといえば、後ろから延びて来た複数の手によって部屋の中に引き戻されていた。
正確に言うのなら、右腕をデッドリー様に、左腕をオーストラ様に、腰にはお従兄様の腕が巻き付き、ミラー様の手がわたくしの身体を押さえつつ脚でこちらを掴んでいた伯爵を蹴落としたのだ。
「あっぶな……」
「ああ、良かった、間に合ったよ」
「何とか無事のようだな」
「……全く、いつも予想外の行動をしてくれる。どうして、僕が戻ってくるのを待てないのかな? 巻き込まないよう先に外を片付けるつもりだったのに……」
「お、お従兄様……それに、皆様も……?」
なぜここに、という質問をする前に、彼らの言葉はお従兄様に向けられた。
「なんでマジで、ラシアちゃんがここにいるの!」
「先生、これは一体どういうことですか」
「聞いていた話と違うのだが、何が起こっている?」
詰め寄って次々に疑問をぶつける彼らに嫌そうに、
「あのね、僕が君たちから彼女を引き離したみたいに言わないでくれるかな。この子は自分で飛び込んできたの」
だからって、と言いかけたところでオーストラ様が何かに気づき、そっとわたくしの髪をかき上げ、
「頬が赤い……もしかして伯爵が?」
心配をかけまいと誤魔化したところでどうせばれるだろうし、頷くと、すぐさまミラー様が割れた窓に駆け寄った。
そこから下に向かってあらん限りの罵倒の言葉を叫び始める。
すかさず、聞かない方がいいよ、とそっと笑顔のオーストラ様に耳をふさがれた。
ミラー様の後ろから窓辺に近づいたデッドリー様は彼を押しのけて、
「丁重な扱いは不要だ。そのまま見張っていろ」
と多分待機していたのであろう下の人たちに低い声で指示を出す。
まったくもって事態についていけない。
でも、わたくし以外は驚いていないということは、彼らにとっては現在の状況は承諾済みだったということだろう。
「……あの、こちらにいらっしゃると言うことは皆様、伯爵のことをご存じでしたの?」
また、わたくしだけが知らずに蚊帳の外だったの?
わたくしが頼りにならないから?
こちらの心中を読み取ったように慌ててデッドリー様が、
「お前が役に立たないとか、足手まといだといった考えではなく、単に一気にケリをつけようとしたためにお前に話をする時間がなかっただけだ。伯爵の狙いがお前であるということも判明したからな。知らせるため使いも出したのだが、厳戒態勢の学園では許可が下りるのに時間がかかり、すれ違ってしまったらしい」
「そうそう! キミはあんまり気にしてなかったけど、オレたち心配だったから、キミの周りをうろついてた怪しい奴らを捕まえたんだ。オレの親父も、ルシェル女公も、義姉さんだって、キミにばかり不自然なことが起こるから、すっごく心配してた!」
そう急いで説明するのはミラー様。
「先生から話を持ち掛けられて伯爵に雇われたと分かって、あの男に繋がる証拠を固めようとその場で計画が出来上がったんだ。お祖母様たちが動くと気取られる可能性があるから、先生が流した情報に踊らされているふりをして、僕たちだけで今日行動したんだ」
ごめんね、とオーストラ様に謝られる。
「ていうか、ラシアちゃんもラシアちゃんだよ! なんであんな危ないことすんの! オレ、下で変な音が聞こえてマジで焦ったんだよ!」
へたるように座り込んだミラー様の手は言葉の通り緊張のせいか冷え切っていた。
「ご心配をおかけいたしました。わたくしは大丈夫ですわ。頬以外にはケガもしておりませんし」
「強がりとかじゃない? ホント? 抱きしめて確かめてもいい?」
そう言って、わたくし更に触れようとしたところをすかさずオーストラ様に羽交い絞めにされる。
「気遣うふりして彼女に接触しようとするの、やめてね」
「いやいや、フリとかじゃないから、マジでしんぱ……オーストラ、ッ……意外に力、強っ……?!」
ずるずると壁際まで引きずられていく。
「ミラーの言うこともあながち間違いではない」
いつの間にかデッドリー様が近くに来ていた。
「伯爵を捕らえることは重要だが、お前の身は何者にも代えられないということは忘れるな」
これ程険しい顔を見るのは久しぶりかもしれない。
眉間に深くしわをつくり、彼はわたくしの頬をいたわる様に手を添える。
「申し訳ございません」
「謝罪の必要はない。怒っているのではないのだから。……ただ、心配だっただけだ」
「お気遣い痛み入ります」
「あのさ、君たち、婚約者を前にして彼女に手を出そうとするとはいい度胸だね?」
振り返ればお従兄様の顔が珍しく引きつっていた。
そこへ、
「これは……いったい何事だ?」
聞き覚えのある声がした。
もはや用をなしていない窓枠からのぞくと、倒れたままの伯爵に近づく影がある。小太りの、特徴的なひげを蓄えた男性の姿が。
目の前の出来事が信じられないような、困惑した顔でこちらを見上げるオール=ダード侯爵に向かってお従兄様は、言った。
「遅いですよ、伯父さん」




