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15. side : デッドリー・ブロクラック_夜明けの騒動

「ヤツらの潜伏先を見つけた」


扉が開き、暗闇から音もたてずにミラーが現れる。


この男はその気になりさえすれば、猫のように静かに夜の闇を渡ることができるらしい。普段は口を閉じていろと命じたくなるほどかまびすしいというのに。


「場所は?」


オーストラが広げた机上の地図、その一点をミラーが指し示す。


「西地区の墓地を抜けた先、もう使われてない墓守のあばら家」


「距離にしてはそう遠くないが、戻ってくるのに随分と時間がかかったな」


「アイツら終始警戒してて、あちこち遠回りするんだよ。オレ、一晩中歩かされるかと思った」


「他の人に任せなかったんだ?」


「オレが叩きのめすって宣言したし。だから、オレ一人で良かったのに」


片手を振って俺たちを追い払うしぐさをするミラーを、


「僕たちだって彼女が心配なんだよ」


オーストラはそう言って窘め、


「……もし、この件が隣国に関係しているとしたら、彼女を狙う理由は何だと思う? 彼女と何を対価に求めるつもりなのかな。アストリードは印章を所持していないと分かっているはずなのに」


意見を求めるようにこちらに話を振ってくる。


実際のところ、どんな要求をされたとしてもオーストラとミラーは最終的な決定権をもたないため、2人の感情如何にかかわらずと両家の答えは変わらないだろう。


だが、蓋然性の低い考えではあるが、もし万が一彼女の命と印章を取り交わすことを求められたら、俺ははっきりと断れるのだろうか。


以前なら、そんな要求は一顧だにしなかっただろう。


しかし、今は愚かなことに断言できる気がしない。


だからこそ、この行動はアストリードのためでもあると同時に何よりも俺のためでもあった。


「現時点では判断がつかない。だが、関係はなくとも憂いは払っておくにくはない」


「そういや、アストリード卿はもう少し様子を見るつもりだったんだっけ?」


「商業関係の嫌がらせの類だと睨んでいたらしいよ。そちらでも色々と起こっているそうだから」


ルシェル女公が集めた、アストリード卿に関する情報をオーストラは語って聞かせる。


思っていた以上に市場しじょうは荒れているらしい。たしかに、侯爵の立場から考えれば、隣国よりもそちらの関連だと考える方が自然だろう。


「――で、どうする? オレんとこの騎士はもう準備ができてる。オレは行くけど?」


「俺も行こう――お前たちは裏から回れ。合図があるまで待機していろ」


ミラーを待たせ、俺の指示で黒い一団を散らせる。


馬車に乗れば、驚くことにオーストラもついてきた。いいのか、と目で伺えば当然とばかりに強く頷く。


「僕も彼女の力になるって約束したから」


「そうか――出てきた奴は必ず仕留めるぞ。鼠一匹逃がすなよ」





あばら家にいたのは全員が流れの傭兵だった。


「さ~て、吐いてもらおうか。どうしてオマエらは侯爵令嬢を付け狙ったんだ?」


ミラーが拳を鳴らしながら、胸ぐらをつかんで問いかける。


情報を精査するため一足先に上に戻ったオーストラがここにいたならば、その行状の悪さに顔をしかめたことだろう。


だが、結局のところ、とめはしなかったはずだ。


なにせ彼女に――侯爵令嬢の安全にかかわることなのだから。


ほどなくしてミラーの力の前に男はあっさりと口を割った。


「あ、あの令嬢をほしがってる奴がいるって話だ。連れてこいと言われた」


「待て。令嬢と引き換えに交渉をしろと指示を受けた訳ではないというのか?」


「交渉?」


男が歪んだ顔で眉をしかめる。


「俺たちはただ捕まえて来いって言われただけだ。前金で半分、女を捕まえて依頼主に渡せば残りの半分が支払われる約束だった」


ミラーが彼女の名前と埒のあかない会話に怒りの声をあげる。


「だから、その依頼主って誰だよ!」


「知らねえよ! 俺たちを集めた奴だって知らねえって言ってた。ただ、絶対に傷はつけるなって指示だ。綺麗なまんまをお望みなんだとよ」


俺は思わずミラーと顔を見合わせた。


「――オーストラ、人身売買の方向はどうだ? 侯爵令嬢を狙うなどというのはあり得ないとは思われるが」


確認のために俺だけ先にオーストラに合流すると、オーストラが硬い表情でかぶりを振る。


「落ちてた煙草を見た? コンコルドでだけ扱われている高級品だよ。前金も約束の成功報酬もかなりの金額だし、一介の奴隷商人が出せる額じゃない」


その強張った顔で何を考えているのか理解した。


オーストラも気がついているのだろう。己が誘拐されたときと状況が酷似していることに。


詳細はルシェル女公に改めて確認を要するが、孫を攫われたときもこうして役割系統がはっきりと分かれていたために末端しか捕まえることができなかったと聞いている。


また口封じのためだろう。残党は先に殺されていた為、オーストラの足跡をたどることが叶わず取り戻せなかったとも。


「見たところ、そう統制はとれていない気がする。見ず知らずの人間同士がこのために集められたって感じだね。できるだけ繋がりを持たず、指示役が足元まで探られないようにだと思う。上までたどるのはなかなか難しそうだよ」


組織立ってはおらず、粗末な徒党ではあるが、その向こうでは悟られることがないよう慎重に念入りに姿を隠し、かつ軽視できないほどの金をかけている。


もし、過去と同じことが起ころうとしていたとするのならば、先に動いたのはやはり賢明な判断だった。後手に回れば、彼女を奪われたまま切り捨てられた尻尾を掴むことしかできなかったに違いない。


そんなことになれば、俺は後悔などという言葉では片付けられないほどの念に一生苛まれたことだろう。


だが、オーストラのように取引ならともかく、彼女をこの国から奪って何ができるというのか。


やがてミラーも苦々しく、男を入れていた地下から戻ってきた。


「――ダメだ。実行犯たちですら、互いの名前以外は知らないってさ」


粘ったが、引き出せるものはもうなかったらしい。血が飛んだ上着を床に投げ捨てたのちに乱暴に椅子に座り、足を投げ出す。


「あれは使い捨てってとこだな」


他の騎士たちから上がってきた報告を記した紙片を、他のものと照らし合わせながらオーストラが並び変えつつ述べる。


「寄せ集めであるがゆえに自分の担当以外の事は何一つ知らない――断片を有益な情報へと体系化させるのはすぐには無理かも」


こうしている間にも見つかった手掛かりなどが次々に持ち込まれては来るが、やはり全てが欠片であるため全容をつかむにはまだ時間を要するようだ。


「結局、アストリード卿の商売への嫌がらせでも、隣国とも関係なかったってことか? あ~、良かった……って、まだ犯人つかまってないからよくないけど!!」


ミラーは隣国ではないと判断したようだが、俺は確信は抱けないもののその判断を下すのは早計に思えた。


だが、隣国だったとしても敵の狙いがつかめない。


今判明しているのは、このくだんの犯人は彼女を是が非でも手に入れたがっているという、許しがたき事実だけだ。


いったい、誰が、何のために。


場にいる者の頭に大きく渦巻く疑問にミラーが学校にいるかのように手を挙げ、ひとつの考えを提示する。それは実にミラーらしい推測だった。


「単純にラシアちゃんが欲しい、とか。年末の夜会のときもそうだったけどさ、ラシアちゃん、笑顔でいることが多くなったじゃん。あんな美人にあそこまで愛想よくされたら、そりゃオチる奴もでるって」


「お前みたいにか?」


「そんな軽いヤツらと一緒にしてほしくないね。オレは、本気だから」


間髪を入れずミラーが吐き捨てた。


ふざけた調子の中に隠しているものが不意に現れ、挑むようにこちらを凝視してくる。


「あの子のためなら、オレは自分の首だって賭けられる」


「今はそういうこと言い合ってる時じゃないから」


逸らされた議題を戻すように静かな声を差しはさまれ、ミラーは剣呑な雰囲気を霧散させる。かわりに椅子の上で手足を伸ばしはじめ、


「あー、今なら寮に帰って、風呂入って、着替えても学校に間に合うな。ラシアちゃんにも会いたいし~」


「今日から学校が再開するんだよね。アストリード卿は普段通りに行動するつもりだそうだから、彼女も登校するのかな」


顎に手をやって考え込むオーストラの手から筆記具が落下する。


どうやら、オーストラは令嬢のことを口にするときだけ、しばし心が離れるようだ。今も、手から失せ、床へと落ちたものに気付いていない。それを机上に戻し、同調するように話に加わる。


「集まった情報だけではまだいささか心もとないが、念のため、アストリード家に使いを出すか」


ミラーの意見はともかく、彼女の無事を確かめるのも確かに必要なことだ。


俺も準備をした方がいいだろう。


箋を用意させようと掲げた手の先で、客の来訪を告げる声がかかる。


「ブロクラック様、急ぎの件で面会したいとお見えの方がいらっしゃいました」


騎士と戸口のせいで影になっており、ここからでは相手の顔が見えない。


「誰も通すなと言ったはずだが?」


「――隣国の情報を欲していると聞いて」


再度騎士が言葉を発する前に客が口を開いた。


声は、非常に良く聞き知ったものだった。


オーストラがハッと顔をあげ、ミラーは椅子から飛び降り、すぐさま斬りかかれるよう剣の柄に手をかける。


それらを気に掛けることもなく、更に客は言葉を継ぐ。


「それから、アストリード嬢についても」


不穏な空気が一段と濃くなり、瀰漫びまんする。


取次ぎを下がらせ、客を招じ入れる。


踏み込んだ男の顔が室内の光にさらされた。


「いいだろう……きかせてもらおうか」


――もうすぐ夜が明ける。

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