表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/56

13. 居心地の悪い休息

最近は朝晩の風が随分と冷たくなってきたけれど、日当たりの良い学園の花園はまだたくさんの花が咲き誇っていた。気温が少しずつ下がってきたせいもあって、花保ちもよく、高温期とはまた違った色と姿を見せてくれる。


庭園を臨む併設されたコンサバトリーの喫茶室は今日も盛況だった。


「お茶、美味しいですね。ユーラシア様とご一緒だと、ますます美味しく感じます」


アーシアさんの健気な微笑みを目にし、わたくしは少し安堵した。


まだそれほどの月日が経ったわけではないというのに、今や、学校であの事件を口にする人はいない。被害者が平民だったということもあり、思っていた以上に生徒たちの記憶から忘れ去られるのが早く、そのことに彼女が傷ついていないか不安だったのだ。


「私たちもあれからは特に怪しいものは何も……。さりげなく周りに訊いてもみたのですが、やはり手紙を受け取ったのは私たち以外にはいないようです」


そう答えたのは、わたくしから手紙が届いたという例の彼女たちだった。


もしよければ少しだけ調べてほしいというお願いを、彼女たちは快く了承してくれ、さきほどまで今は空席のその場所から報告を受けていたのだ。


家同士、侯爵家とのお付き合いを考えてというのもあるのだろう。裏で確認したところ、どうもわが家が彼女たちのご実家の事業支援をしていたようなのだ。手紙の主は彼女たちがわたくしに逆らえないというところまでどうやら把握していたらしい。


やはり、優遇された平民に嫌がらせをしてその罪を誰でもいいから擦り付けたかった、という単純なものではなさそうね。


そのようなことを考えていると、やにわに喫茶室が騒がしくなる。


「ユーラシア」


声と共に影がかかった。


誰か確かめずとも、“ラシアちゃん”と同じようにこの学校でその呼び方をする人はひとりしかいない。


顔をあげれば、デッドリー様を筆頭ににっこりと微笑むオーストラ様と手を振って挨拶するミラー様も見える。


確かにこのあと休憩室で先日の夜会での報告もかねて情報の交換会をする予定ではあったけれど、約束の時間にはまだかなり余裕があるはず。


遅いので探しに来た、という訳でもなさそうだが、最近はあまり目にすることがなかった眉間のしわが今日はずいぶんと深い。


「いかがなさいましたか?」


このような場所で閣下を見かけることがないというのもあるからだろう。彼は非常に目立っており、他の方を見かけるのとはとはまた異なる目でもって、周囲がわたくしたちに注目しているのが分かる。


「何かあったのか?」


「何か、とは?」


「また文が届いたのか?」


彼はさきほどまでご令嬢たちが座っていた椅子をじろりと見やる。


ああ、彼女たちと話していたからなのね。


身内の男性の件は公爵家に関連するものだからともかくとして、こちらは彼に一切関係がないからもう忘れていると思っていたのに。


本当に義理堅い方なのだと改めて実感する。


「いいえ、届いていないことを確かめただけですわ」


わたくしの返答に、そうか、と彼の緊張が一気に解け、一緒にいたミラー様も「よかった~」と声を漏らしながら、それぞれ空いた席に落ち着く。


ちょっと待ってちょうだい。


こちらには周囲の目がある。当然ながら内通者の件など口にもできず、今、時間を共にする必要はない。


一緒にお茶を飲む理由など、と考えてから隣にアーシさんがいることに思い至った。


ヒロインがいるのだから同席の一択しかないわよね。それはそうだわ。


逆にわたくしが席を外すべきかしらと迷っていると、素晴らしいタイミングで、


「ここにいたんだね、ラシア。探したよ」


お従兄様までがやってきた。


「お話がございますのならば、わたくしが移動いたしますわ。どちらの……」


これ幸いにと席を立ちかけた瞬間、わたくしとお従兄様を除く皆が一斉に、


「ここで!」


と口をそろえた。そのあまりの迫力に思わず着席する。


「皆が構わないのなら、僕も構わないよ」


そう言って、用意された椅子をわざわざわたくしの隣に持ってきて腰かけるものの、彼は笑顔のまま口を開こうとはしない。


テーブルの上にはお従兄様の分も含めた新たなティーセットが用意されているが、誰も手を付けようとはせず、芳しいお茶の香りと湯気がむなしく漂うばかり。


「せ、先生、何かご用がおありだったのでは……?」


何となく憚られ、身を彼の方に乗り出し、声を潜めてお従兄様に訊ねるも、彼は今の空気を一向に気にした様子も見せず、


「ああ、最近、ラシアの周辺が気になってね」


そう言って芝居がかった仕草で髪をかきあげると、鋭い目で一同を見回す。


「なんだかいろいろと噂を聞くものだから、婚約者の様子を見に来ただけだよ。僕の婚約者・・・・・の、ね」


やけに婚約者を強調するセリフに空気が凍る。いや、わたくしも凍った。


何なの……お従兄様はいったい何がしたいの。


わたくしへの嫌がらせ?


それとも探っている者たちへの牽制? 


お前たちの中にはヴァルターと繋がりがある者がいることを忘れるなということ?


彼の真意を探ろうと、横目でそれとなく顔を眺める。


だめね。表情に出るタイプではないから、わからないわ。


顔といえば、最近お従兄様は学校でも眼鏡をかけなくなった。もちろん今日もかけていない。


どういう心境の変化があったのだろう。


気にはなるけれども、そのような事を訊ける空気ではないし、そのような事に頭を悩ませている場合でもない。


「――で、例の不審者の件はなにか進展があった?」


一瞥ののち、お従兄様はあっさりと態度を切り替え、わたくしに尋ねてくる。


瞳を隠す程に長いまつげが伏せられ、以前なら見惚れていたであろう、その繊細な愁いの表情にひそやかに周囲から歓声があがる。


なるほど。婚約者としての体面を保つため、そのことを訊きにきたというわけなのね。


じっくりと含みを持たせてみなの顔を眺めるから、強調された言葉自体に何か意味があるのかと勘ぐってしまった。


この時ばかりは彼に続き、同席している全員が気づかわし気にわたくしの返答を待つ。


「変わらないようですけれど、特に大事ございませんわ」


安心させるために、ことさらに笑顔をつくり答える。


こちらを伺う気配は今も続いているらしいが、立場が立場故に普段から身の回りの警備は固めてある。


学校も寮の事件以来、いっそう来訪者には気を遣い、身元の確かなものでなければ足を踏み入れることができないようになっている。


そうそう何か起こるとは考えられない。


「ラシアちゃんは美人だから、絶対変なヤツが目を付けたに決まってる! 怖がらなくて大丈夫だからね! 見つけ次第、オレがギッタンギッタンに叩きのめして剣の錆にしてやる!」


ミラー様が鼻息荒く意気込む。


「そりゃ、オレだって好きだよ? ラシアちゃんみたいな美人は大好きだよ? ていうかむしろ、オレはラシアちゃんが――痛っ!? は? 誰か、今、オレの足踏んだ?!」


騒ぐミラー様を全員が静かにするよう諫める。


「私も、とっても心配です」


隣の席でアーシアさんが先ほどとは一転して可愛らしい顔を曇らせる。


その言葉はそのまま貴女に返したいわ、と心の中で彼女に向かって言う。


なにせ、建国祭はもうすぐだった。


ゲームも終盤。


冬期休暇前に行われる全校生徒による交流会での断罪への引き金として、いよいよ侯爵令嬢が実力行使に出る大事件が起こる。


かと言って、貴女はわたくしに刺されるかもしれないのよ、などと言えるわけがない。


もちろん、わたくしとてそのようなことをするつもりは毛頭ないけれど。


それに、実はこの謎の人影に関して、わたくしはさほど心配はしていなかった。


ここだけの話、わたくしはデッドリー様を想っている何処かのご令嬢の仕業ではないかと予想している。


改めて報告を確認していた際、怪しい影を見るようになったのが、閣下から名前で呼ぶよう告げられた日の帰り道からと気がついたからだ。


恋敵の弱点を探ろうと見張りをつけるだなんてやりすぎではないかしらとは思うものの、実際、恋焦がれて人に危害を加えた侯爵令嬢が言えたことではない。


嫌がらせの件も含めて、むしろ私生活を探るくらい、わたくしに比べたら、まだ可愛い方なのだろう。


オーストラ様やミラー様は適度に他のご令嬢とも交流を持つけれども、デッドリー様だけは相も変わらず女性を一切近寄らせない。


彼のファンは想いを昇華させる術がないのだ。


だから、思い詰めてしまうのだと思われる。


おまけにわたくしったら、先日、彼と踊ってしまったのだもの。


あの時は、“そうよね、夜会に参加して話だけで帰ってしまったら怪しまれるものね。参加しているふりは必要よ”って思ってダンスを受けたけれど、よく考えたら普段からデッドリー様は踊らない方だったわ。


デッドリー様も慣れないことを言い出すだなんて、きっと緊張していたに違いない。


思い出してそっとため息をつく。


うっかりして、さらにファンの方をあおるような行為をしてしまったわ。


多分、ひたすら居心地の悪い時間だけが続いている今この瞬間ですら、よそから見れば男に囲まれ逆ハーレムを愉しんでいる女王様の図に見えているのだろう。泣けてくる。


今だけよ。


誤解なの、と嫉妬や羨望、非難を含んだ視線に向かって叫びたくなる自分を抑えて言い聞かせる。


内通者さえ分かれば、寄り合いも解散になる。


こうなってくるとお従兄様だって、何の思惑もなくわたくしの婚約者になったとは思えないため、解決したら婚約もなかったことにできるはず。それまでの辛抱だ。


本来ヒロインに向かうヘイトがこちらに向かっているのも、わたくしなら身分故に守られるので大丈夫だ。


それに出会いから妨害してしまった彼女へのせめてもの償いにもなる。喜んでそれまでは防波堤になろう。


天然ゆえかこの空気をものともせず、ひたすらこちらに向かってにこにこしている彼女に心の中で語りかける。


安心してね、アーシアさん!


わたくし、貴女のその笑顔を守って見せるわ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ