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13. 剣術大会

「やっぱり付け焼刃だったよ。全然勝てなかった……」


両手いっぱいに沢山の贈り物を携えて、オーストラ様が足早にこちらへ戻ってくる。


持っているのは大抵が白いハンカチで、競うようにオーストラ様のイニシャルとあでやかな模様――ほとんどが鷹である――が刺されている。


試合が終わってからすでに15分近くが経過していた。あちこちで呼び止められ、健闘をたたえられていたのだろう。


それはわたくしも同じであった。


年末の実技試験も兼ねた、本日の剣術試合。


ゲームならば、確か初戦敗退したはずだ。いつの間に、勝ちあがるほどの剣の腕を磨いたのか。


「素晴らしい試合でしたわ」


「ありがとう。自分でも優勝できるとまでは考えてなかったけど、それでももう少し粘りたかったな」


「オーストラ様は銃の腕前が見事だと、ルシェル女公にお聞きしております。そちらで十分ではございませんこと?」


夏季休暇中、驚くことに、銃を忌避していた彼が自ら射撃を習いたいと言い出したそうだ。ルシェル家の血筋らしく、あっという間に扱いを覚え、その腕前も確かなものだとルシェル女公は誇らしげだった。


「うん。でも、いざという時、僕ももっと守れるようになりたくて」


全然ダメだったけどね、と恥ずかしそうに付け加える。


オーストラ様の心配も分からないことはない。公爵家でも沢山の対策が取られているとはいえ、今だって再び過去の出来事が繰り返されるとも限らないのだ。確かに身を守るすべは多く持てるに越したことはないだろう。


「そういえば、お祖母様から、君の周りに怪しい人影が見られるって聞いたのだけど」


「ええ、そのようです」


実は少し前から、屋敷の周囲や、外出した先で怪しい気配だったりこっそりと後をつけてくる人間を目にすることが増えたとの報告を護衛より受けていた。


最初は内通者が探りにきたのかと危惧したが、ルシェル家にご招待いただいた際、女公爵に伺ったところ、ルシェル家――後から尋ねたらマイエン家とブロクラック家にも――そういうことは起こっていないらしく、また、お父様やお母様にも見られないため、どうもわたくし個人に関係するもののようなのだ。


さらに、こちらはわたくしに関連するのか不明だが、学校の周りでも関係者とは思えない人物を見かけることがあるらしい。


「ユーラシア嬢、ルシェルの翼はアストリードと共にある」


ルシェル女公爵が口にしたものと同じ言葉をオーストラ様も口にする。


そしてほんの少しだけ、わたくしに近づき囁いた。


「どうか僕が君のそばにいることを忘れないで」


それは、彼らしくささやかでさりげないものだった。


噂の種になることも指をさされることもない、気品のある距離。


けれど、普段知るよりは確実に近く、あたかも彼の中にあった見えない境界線をわたくしが超えてしまったかのようにオーストラ様を身近に感じてしまい、そのせいか、自分の頬に血が上るのがわかった。


いつだって穏やかでたおやかで優しくて、でもどこか焦点のあっていないような浮世離れした雰囲気の方だったのに、いつの間にこれほど強く真っ直ぐに人を捉える方になったのだろう。


「あ、ありがとうございます」


「私だって心配です!」


隣に座っていたアーシアさんが会話に加わり、ぎゅっとわたくしの手を握る。


温もりから彼女の優しい心が伝わってくる。


「私、ユーラシア様のためでしたら何だってできますから。お力になります!」


「アーシアさんもありがとう。わたくしもアーシアさんのためだったら、頑張って見せるわ」


そう。今もまさに、彼女を傷つける未来から抜け出そうとあがいているのだから。


「はい、そこ! オレがいないと思ってイチャイチャしない!」


唐突にミラー様の檄が飛んでくる。


最後の優勝者決定戦。観覧席に囲まれた中央の舞台では、デッドリー様とミラー様の一騎打ちが始まっていた。


観覧席に目をやったその隙をついて、デッドリー様の剣が振り下ろされる。ミラー様はこちらを向いたまま、デッドリー様の剣戟を受け止めた。


「試合中なのに随分と余裕があるなぁ」


オーストラ様が視線を舞台に移し、呆れたようにつぶやく。


わたくしも同じく呆れるしかない。


先ほどのミラー様の言葉はわたくしに向かって掛けられたものであろう。しかし、悪役令嬢と攻略対象者がいちゃいちゃなどあるはずがないからだ。


わたくしが一方的に眩しく思っていただけである。


「そうです。私たちの仲がいいのはいいことですから」


アーシアさんが微笑みながら、ますますわたくしにしがみついてくる。


その言葉でミラー様の言った意味を自分が勘違いしていたことに気が付いた。


そういうことだったのね。


そうよね、わたくしとオーストラ様の仲を言うわけがないわよね。


ミラー様はヒロインと侯爵令嬢の仲が良すぎるのではという話をしていたのだ。つまるところヒロインなのだ。


それはそうだ。むしろ当たり前だった。自分と攻略対象だなんておこがましいにもほどがある。


「自分が恥ずかしいわ」


ただ、自意識過剰になるのも理由があった。


悪役令嬢がこういう目に遭うだなんて笑い話としか言いようがないのだけれど、現在わたくしは軽い嫌がらせを受けている。


流石に7大貴族の娘のため、あからさまな出来事が起こるわけではないものの、最初は気のせいかと思っていた小さな違和感――扇の陰で囁かれたり、目を離したすきに私物が移動していたり――が積み重なり、今は確信していた。


内通者を見つけるためとはいえ、御三家とほとんど一緒にいるのですもの……勘違いして嫉妬するご令嬢も出てくるわよね。


まず、ミラー様に関してはいくら褒めてもらっているとしても、ただのリップサービスである。

そもそもアーシアさんもお義姉様も可愛らしい癒し系であり、外見から、わたくしは彼の好みとは対極の位置に――自分で言うのもなんだけれど、わたくしはこてこての迫力系美女である――存在しているからだ。決してそれを口にはできないけれど。


オーストラ様にしたって、わたくしは、彼の家庭の事情を知っている数少ない人間であり、デッドリー様と同じく、彼にとって肩ひじ張らずにいられる貴重な友人のひとりという意味なのだ。


閣下に至っては、わたくしは大事な印章の発見者という位置にいる。彼がわたくしを尊重する態度をとるのも、理由を知っていれば納得のものなのである。


と説明できればどれほどいいものか。


ただ幸いなことに、同じく一緒にいるアーシアさんにはその憎しみが向かっていない。


控えめな彼女より、わたくしの方が悪目立ちするのだろう。傍から見れば、学校一綺麗な男を婚約者に据えておきながら、他の有名どころにも手を出すとんでもない女だ。


わたくしだって第3者の立場ならそう思う。


そのようなことを考え悩んでいると、わぁっと会場に歓声が上がる。


火花が散るように2人が斬り結び、交差した白刃を滑らせるようにして払う。


互いに間合いを測り、相手を負かそうと刀身が閃く。


デッドリー様の一振りをミラー様は恐るべき動体視力でもって見切り、身を沈め、地面すれすれから懐に入り込み、斬りつける。


刃を潰してあるとはいえ、あの距離では無傷では済まないはず。女生徒から悲鳴が上がる。


が、それを見越していたかのように、閣下はあえて踏み込み、切っ先が届く前に斬撃を叩き込む。


頭上から降る風切り音に慌ててミラー様が身を回転させ、ギリギリで躱す。


先ほどからこのような感じで、互いに一進一退の攻防が続いている。授業の一環とは思えない真剣さだった。


「どうなるのかしら?」


ゲームではルートに入った方が勝者だった。


ただし、オーストラ様と逆ハーの場合は、この勝敗自体がスキップされ結果はわからない。


わたくしの疑問に答えるようにオーストラ様が、


「ミラーの方が不利かな」


「そうなのですか?」


わたくしには双方拮抗しているようにしか見えない。


「デッドリーは北部だから着込んで戦うのに慣れているけれど、ミラーは領地でも鎧を使わないから思うように動けなくて焦ってきてる。まぁ、ミラーも負けたくないだろうけど」


オーストラ様は意味ありげに苦笑する。


この試合では、怪我防止のために参加者は全員、兜、胸当て、籠手の着用が義務付けられてている。


確かに、マイエンの暑い原野でアーマーなど着ていられないだろう。彼の性格から言っても身軽な、動きやすい格好を重視していそうだ。


オーストラ様の言葉を肯定するかのように、


「あー、もうっ! 邪魔だ!」


ミラー様が叫び、兜を脱ぎ捨てるや否や、剣を構え直し一気に斬り込む。


今までも相当早かったというのに、さらに彼の動きに鋭さが増した。


閣下の一閃を紙一重で見極め、身をひるがえし、刃を突き出す。デッドリー様が払おうと更に剣をふるうが、ミラー様の方が早い。


間に合わない。悲鳴と歓声が上がる。


胴元を狙って繰り出された切っ先が閣下の鎧に触れようとした、まさにその瞬間、


「ミラー・マイエン、防具不備により、失格!!」


誰よりも大きな審判の声が響いた。


「は?」というミラー様の間の抜けた声と、「阿呆め」というデッドリー様の冷静な声が重なる。


会場が閣下の勝利を祝う女生徒の喜び、ミラー様を温かく笑う男子生徒の拍手や喝采で沸いた。


「……思っていたものと決着の付き方が違うわ」


失格――一応、純粋な剣の勝負ではミラー様の勝利といっていいのだろうか。でも結果試合に負けたのも彼である。


かと言って、デッドリー様ルートであると判断するには、余りにもその勝ち方がゲームと違いすぎる。


「どう解釈したらいいのかしら」


それぞれのルートの場合、ヒロインに良いところを見せようと張り切り、圧倒的な実力差でもって勝敗が決まるはずだった。


真剣さをからかい、それほどまでに想い想われる関係に羨ましさすら覚える。もしくは、相手に彼女のことを散々自慢され呆れかえる、そのようなシーンもなかった。


2人とも真剣で、勝ちたいという気迫は感じられた。そしてそれはオーストラ様も同じだった。


「逆ハーだとこうなっていたということ? でも、決め手には欠けるわよね」


もしかしたら、ルートが判明するかもしれないと期待していたけれど、どうやらそれは無理らしい。


でも、心づもりができたらと思っていただけだから、がっかりはしない。


「大丈夫。するべきことは変わらないもの」


わたくしは改めて胸に刻み込む。


アーシアさんの周囲に気を配り、彼女を傷つけないよう未来を変える。3家とも協力し、内通者を探る。


難しくなんてないわ。きっと、大丈夫。


舞台に向かい、拍手しながらそう自分に言い聞かせた。

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