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12. デッドリー・ブロクラック_5

寮への不審者侵入の件から1週間が経った。


見回りの人間が増えたこと以外は、こうして校内を歩いていても何事もなく、平穏な日々が続いている。


寮の管理人や見回りの合間のわずかな時間を把握していたこと、執拗なまでの部屋の荒らされ具合、他の裕福な者は被害がなく、身分は低くありながらも成績優秀者ということで学校からも優遇されていたことから、金銭目的ではなく妬みによる関係者の犯行というが今のところ濃厚なようだ。


警備隊の見解はゲームと同じだった。


「やっぱり、シナリオ通りに進んでしまうのかしら……」


そうでなければ、彼女がわざわざ狙われる理由がない。


役割もストーリーも変わってきているように思えた。


自分自身も運命も変えるために努力しようと誓った。


でも、何かの拍子にすべてがふいになってしまうのではないか、そのことが頭から離れない。


教会で思い詰めてしまい倒れかけたことも、会場での伯爵の幻覚も、出した覚えのない手紙の件も、ただの気のせいだと流して本当にいいのだろうか。


自分を疑ってしまいそうになる。


ゲームの力が働いて行動したのを覚えていないだけ、ということはないだろうか。


建国祭が近づいてきている今、最後まで、わたくしはわたくしのままでいられるのだろうか。


もう一度ため息をつきかけたところに、考えごとに気をとられていて壁にぶつかってしまう。


反射的に謝ろうとすると先に壁が喋った。


「アストリード嬢」


否。デッドリー様だった。


「お前を探していた」


いつもの通りの不愛想だけれど、以前ほど、彼を怖く感じていない自分に気が付く。


「失礼いたしました。ご機嫌いかがでしょうか。わたくしに何かご用がおありですの?」


「ああ。――事後承諾になってしまったが、先日、印章が返還されたことを発表した。何があるか分からないため、お前の名は伏せ、善意の第3者からということにしてある。構わなかっただろうか?」


「ええ、もちろんですわ」


実際、彼に返したのはオーストラ様である。わたくしだけなら、そのまま投げ捨てていた。


「そうか。ならば――……どうした? なにかあったのか?」


それほどまでに表情に出てしまっていたのだろうか。


彼がわたくしが塞ぎ込んでいることに気が付き、尋ねる。


「いいえ……」


さすがに、この不安は誰にも話せない。


「その、建国祭まであと少しだと……」


「それがどう……まさか」


彼はふいに近づくとわたくしに近寄り、顔に触れる。


端正な顔に急に覗き込まれ、もう少しで叫びだしそうになった。


な、なに?! 何なの?!


「わ、わたくしの顔になにか見つかりまして?!」


パニックになるわたくしを彼の指がそっとなぞる。正確には、目の縁から頬、そして顎へと。


その動きで、やっとわかった。


あの夜の涙の痕をたどっているのだ。


また泣いていないのか確かめるために。


夜会とは異なり、ここには周囲の目がある。


顔が固定されているから周りを見渡せないけれど、案の定、驚愕のざわめきが――特に女生徒の悲鳴がはっきりと耳に届いた。


「いや、また俺の身内が迷惑をかけたのかと……」


「そ、そのようなことはございませんわ……ほほほ……」


「そうか」


わたくしの返答に何事もなかったかのようにすっと彼は元の位置に戻る。周囲のざわめきは未だ止んでいない。


さ、さすが、攻略対象だわ……。


外戚の言動で侯爵令嬢を泣かせてしまったという責任から出た行為とはいうものの、生真面目で女性に特に不愛想という設定なのに、こういうことはサラっとこなせてしまうだなんて。


あやうく“難攻不落の黒要塞”にこちらが落とされるところだった。


気持ちを落ち着かせているところへ、彼がぶっきら棒に告げる。


「今後、俺のことはデッドリーで良い」


聞く人によっては勘違いされかねない呼称。


しかもいつもながら前後の説明がないので、どのような理由でそのような結論に思い至ったのかよくわからない。


「な、なぜ、突然に……?」


彼はじっとわたくしを見据え、


「お前はもう泣かなくていいということだ」


「つまり……?」


「要するに、俺に遠慮の必要はない」


「ああ、そういう……ありがとうございます。そう言って戴けると心強いですわ。……ですが、わたくしがお名前をお呼びするのは、あまりにも恐れ多いかと」


「なぜだ? ミラーもオーストラもお前は名で呼んでいるだろう?」


まるで自分だけ家名で呼ばれるのは差別だとでも言いたげだった。


「今、呼んでみろ」


「今ですの?!」


ただでさえ、近い距離で顔に触れられ注目を集めてしまったというのに、さらに追加で親しい証をみせろと!?


「その必要がございました暁には……」


言葉はそこで途切れる。


黙ったまま見つめられ、圧がすごい。


「あの……その……」


「…………」


「ですから……」


「…………」


「デ、デッドリー……様……」


目力に屈してわたくしは彼の名を口にする。


途端、


「ああ、それでいい。ユーラシア」


わたくしの返答に彼が笑う。満足そうに。


ち、ちょっと、わたくしは名で呼ぶのを許可しておりませんことよ!!


だが、時すでに遅し。


わたくしの呼びかけ以上に、彼の笑顔と名前呼びに盛大に周囲が騒がしくなった。


「あの閣下が女性に笑顔を!?」だとか「砦が自ら門を……!!」などという発言すら聞こえる。


ゲームでは嫌われていたため、彼と仲良くなれたこと自体は悪いことではないと思うのだけれど、ヒロインでもないわたくしが攻略対象と噂になって良いことなどあるはずがない。


しかも彼にとって、こちらは内通者を見つけるために団結している同士であり、他意はないというのに、それを他者に説明することはできないのだ。


人の気も知らず、言いたいことを言い終えた彼はご機嫌よろしく去っていく。


周囲の好奇の視線にわたくしをひとり残したまま。


「……なぜなの。誰とも距離を置いて、ひっそりと学校生活を送りたいだけなのに、なぜ、こうなってしまうの……!」

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