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12. デッドリー・ブロクラック_4

結局、あの夜を再現した舞踏会では大した収穫はなかった。


あちこちを警戒して見回っていたオーストラ様とミラー様も、怪しい人は見なかったそうだ。


手がかりのない日常が戻ってきた。


今日もまた、週に一度の報告会の日。


殿方は1週間の間に集めた情報をもとに話し合っている。


そこへ、遠慮がちなノックの音が響いた。


3人は話に夢中で音に気が付かなかったようだ。


戸口に一番近いこともあって、わたくしが開く。


「どなたかしら?」


「あの、ユーラシア様……」


扉を開けると、申し訳なさそうに立っていたのは、アーシアさんだった。


「どうかなさって? それとも、どなたかにご用事かしら?」


「ええと、その、実は……」


彼女はそっと目を伏せる。


長いまつげが影を落とし、その顔が一層悲し気になる。ちらと視線が部屋の中に向けられたように感じた。


……そうよね。ご自分の好きな男性が、他の女性と部屋に閉じこもっているのですもの。気になるわよね。


ルートに入るまではひっそりと、入ればラシアの酷い嫌がらせにも屈することなく健気に一途に相手を想い続け、手助けしていたヒロイン。


その彼女が懸想しているのは誰なのか。


ミラー様とは良くおしゃべり――いえ、おしゃべりと言っていいのかしらという会話だけれど――を繰り広げているし、オーストラ様とは穏やかに言葉を――やっぱり何か違うような雰囲気もするけれど――交わしているし。


デッドリー様とはわたくしがあまり接点を持たないから、どの程度進展しているのかわからないものの、全くの見ず知らずの仲と言う訳でもなさそうだった。


もしくは、逆ハールートもありうるわよね、と内心呟く。


誰か特定の1人と深い仲になる代わりに、全員と大差なく仲良くなった場合に訪れるルート。


逆ハーレムと言うと何やら淫靡な感じがするが、ヒロインはあくまで好きな人に一途という設定のためか、どちらかと言うと一般で言うノーマルに近く、彼らの想いに気が付かないヒロインのハートを射止めるのは誰なのか、恋の鞘当は続く――的な終わり方だ。


ちなみにノーマルルートは本当に淡白で、好感度が足りない場合ゲーム途中でラストに飛び、無事卒業しましたのテロップが流れて終わる。そのルートのみ、一見わたくしに希望がありそうだけれど、ヒロインの将来ですら1行で済ますというのに、わたくしの処遇については3行に渡って語られている。すでにそのルートが決まる時点でいくつかやらかしているからだ。


つまり、彼女が誰を選ぼうとも、または選ばずとも、わたくしは気を抜いてはいけないということ。


彼女を中に入れて話を聞いてあげたいけれど、この火サスに巻き込むわけにもいかず、別の場所に移動してと思案しているところへ、デッドリー様がわたくしの後ろから扉に手をかけ、大きく開く。


「こんなところで立ち話もなんだ。中で話すといい」


入れと顎をしゃくった。


やはりヒロインには気遣いを見せる男なのね。


勧められるがままに腰かけた彼女は、どこか落ち着かない様子だった。


「何かございましたの?」


どうもおかしい。


恋する男と一緒にいる女を探りに来た、という雰囲気ではない。


よくよく見れば顔色もあまり良くなく、固く握られた拳はその力のあまり、関節が白くなってしまっている。


わたくしの質問に、彼女はこちらをじっと見つめ、


「あの、こんなことをご相談できる立場でないのは分かっているのですが、ユーラシア様しか頼れる人がいなくって……」


「ええ、わたくしたちの仲でしょう。頼って頂戴」


「……実は、寮の私の部屋に誰かが入ったみたいで、なにもかもがダメになってしまってて……」


覚えのあるセリフに、椅子から倒れそうになったのを何とか堪えた。


わたくしが格の低いご令嬢に命じて彼女の部屋を荒らすイベント、どうやら起こす当人があずかり知らぬところで、すでに始まっていたらしい。






「これは……」


余りの惨状に、わたくしは思わず言葉を失った。


想定していたよりもひどい状態だった。


引き出しは全部中身が出されており、寝具にいたっては切り裂かれ、まるで探ったように詰め物が部屋中にばらまかれている。無事である物は何一つなく、足の踏み場もない。


金目の物目当てとしたら、やりすぎている。


しかも寮生は全員学校へ行っている時間とはいえ、昼日中、これ程の犯行であったというのに、目撃者もいないそうだ。


良家の子息子女も通っている学校への侵入者ということで警備隊が呼ばれており、調査中で、部屋の中へは入れなかった。


入れたとしても、どうしようもなかったと思うのだけれど。


「アーシアさんにお怪我がなくて良かったわ。ご不在のときだったのがせめてもの救いね……」


部屋の状態を目にし、改めて恐怖がよみがえってきたのだろう。


ふるふると震える彼女をしっかりと抱きしめると、甘えるようにしがみついてきた。


「とりあえず、当家へいらっしゃい。生活についてはこちらで用意するから、安心してちょうだい」


「いえ……他のお部屋を使わせていただけるよう話はついておりますし、もともと大したものは持っていなかったので大丈夫です。ただ、教科書などの類が支給されるまでに数日かかるらしくて、今までとっていたノートなどもなくなってしまったので……」


「もちろん、わたくしのをお貸しするわ。いえ、選択授業も全て同じなのだから、一緒に使いましょう」


偶然にも、彼女とはあらゆる授業が重なっていた。最初は丸被りしたことにぎょっとしたが、こうなってくるとそちらのほうがなにかと気を配りやすいためちょうど良かったとも言える。


「先生にお願いして、席も変えていただくわね」


「ありがとうございます……ユーラシア様と一緒だと思うと心強いです」


そうとう不安だったのだろう。励ますつもりで手を握ってやると、しっかりと握り返して来て、やがて少しだけ恥ずかしそうに笑顔を見せてくれた。


青ざめながらも彼女は少し安心できたようでなによりだ。


それにしても、学校が補償してくれるとはいえ、やはりしばらく不便な生活が続くことには違いない。


他にできることはと考えていると、「あの」と声がかかった。


3人の生徒が遠慮がちに、立っている。


何度か言葉を交わしただけなのではっきりとは覚えていないが、男爵などのごく下位のご令嬢達だった気がする。彼女たちも寮生なのだろう。


訝しむわたくしの前で彼女たちは誰が言い出すかと空気を測るように顔を見合わせ、やがてひとりが意を決して言った。


「……私たち、ユーラシア様から彼女の部屋を荒らすよう、手紙をいただきました!」






「本当の本当に、わたくしからの文だったのかしら?」


休憩室に舞い戻り、彼女たちの話を詳しく伺うことになった。


彼女たちが言うには、わたくしの名で彼女たちにアーシアさんの部屋を荒らすよう指示した手紙が届いたというのだ。


当然ながら、そのようなものを出した覚えはない。


世界がいよいよ動き出したということだろうか。


悪役令嬢としての役目を果たせ、と。


「は、はい……」


声を荒げてしまったわたくしに彼女たちはおびえながら、向こうに座っているデッドリー様、オーストラ様、ミラー様の方をちらちらと気にしている。


御三家が揃っているのですもの。気にならないわけがないわよね。


ちなみに当事者のアーシアさんは、先生に呼ばれて今、席を外している。


「で、でも、私たちもおかしいとは思ったんです。ユーラシア様って、あの子と仲が良いですよね。前だったら多分疑問に思わなかったのですけれど、最近のユーラシア様って変わられたっていうか――あの、悪い意味じゃなく、こんな手紙出すのかなって……」


「その通り!」


離れて見守っていたミラー様が、急にずんずんと歩いて会話に加わってくる。


「ラシアちゃんがするワケない!」


「あの、ミラー様、ややこしくなりますので今は会話にお入りにならな――」


「僕もそう思うよ」


最後まで言う前にオーストラ様も穏やかに歩み寄ってくる。


「ユーラシア嬢が出したというのは無理があるかな。彼女はそういうことをする女性ではないからね」


「で、ですよね!」


オーストラ様のファンなのだろうか、3人の内の1人が大変な勢いで首を縦に振り、彼に同意する。


「おい」


今まで黙っていたデッドリー様まで言葉を発した。


まぁ、自分には関係ありませんという顔をしていたのに、考えていてもらえただなんて。


ゲームでならユーラシアに何が起こっても歯牙にもかけなかったであろうに、これはやはり努力の結果が出ているのだろうか。


そう感動したのもつかの間、


「俺の知るアストリード嬢なら、そういう回りくどい方法など使わず自ら手を下すぞ」


待って。それはフォローではない。


しかもわたくしのことを分かっていない。


わたくしは、実際、陰からねちねちと嫌がらせする女なのよ!


しかし、一応彼なりに気を遣ってくれたことは確かなのだろう。


3人の少女はトップ3に囲まれ、今や気絶寸前だった。


「わ、わた、私たちもそう思って、ま、迷っている内に、あの事件が……」


「お待ちになって」


彼女たちを思わず遮る。


てっきり彼女たちが犯人なのだと思ったけれど、今の言い方は、


「つまり、貴女がたは手紙を受け取ってはいるけれど、何もなさっていないということなのね?」


3人が揃って頷いたのを確認し、胸をなでおろす。


「手紙はまだ持っていて?」


今度は一様に横に首を振る。


「読んだらすぐに燃やすように書いてあったんです」


「他にも受け取った方はご存じ?」


「多分、私たちだけだと思います。一緒に届いたんです。あの、本当に私たちやっていません」


信じてください、と言わんばかりにわたくしをじっと見つめる。


「そう。改めて言うけれど、わたくしは書いていないわ。そして、貴女たちの仰ることを信じるわ。思いとどまってくださって、ありがとう」


お礼を言うと、目に見えてほっとした顔をする。


もし万が一また同じようなものが届いたら、今度は捨てずに持ってきてもらう約束をして彼女たちを帰した。何度も何度も戸口で振り返り御三家を見つめるので、扉を閉めるのに大変な時間がかかったくらいだ。


それにしても、と思う。


一見ゲームのイベントが起こったようにみえるのに、蓋を開けてみればその詳細は異なる、というのはどういうことなのだろう。


わたくしに誰かが濡れ衣を着せようとした、その意味とは。


世界の運命やゲームの修正力というものは物理的に干渉し、手紙を送ったりするものなのだろうか。


それとも、仔細が異なるのは運命の帳尻とわたくしの努力の妥協点がこちらであったという判断でいいのだろうか。


もちろん悪役という立ち位置の外でヒロインの恋愛成就に協力するのはやぶさかではないが、正直、今こちらは火サスに巻き込まれそれどころではないのだ。


「中途半端にゲームのイベントを持ってこないでいただきたいわ……」


彼女たちが出ていった扉を見つめ、わたくしは呟いた。

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