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12. デッドリー・ブロクラック_1

「あら、皆様はどちらに?」


ルシェル公爵領での一件以来、定期的に情報交換をしておくべきだというデッドリー様の提案で、週に一度、休憩室ラウンジを「超党派による勉強会」という名目で一つ借り、みんなで報告をしあうことになっていた。


なぜ、よりにもよって攻略対象勢揃いのところにわたくしも参戦しなければならないのかとは思うが、火サスにすでにわたくしも巻き込まれている。


今後、自分の身を守るためにも、確かに情報共有は必要だろう。


それが今日。


しかし、部屋に入ればミラー様とオーストラ様の姿が見えなかった。


つまり、デッドリー様しかいない。


彼は何か問題でもあるのかと言いたげな、しかめ面で低く一言、


「2人は用事で少し席を外している」


「そうでしたの。お教えいただき、ありがとうございます」


お礼を言っていつもの席に腰掛ける。


そして漂う沈黙。


気まずいどころの話ではない。


何とか適当な話題はないかしらと一生懸命考えてみるものの、こちらの対極に位置するような彼に通じそうな共通の話など思いつくはずもなく、無言だけが続く。


唐突に静寂を破ったのは彼だった。


「おい」


熟年夫婦の会話じゃあるまいし、人を呼びつけるなら名前を口にしていただきたい。


「……何でしょうか?」


「ミラーの言っていた件だが」


だから、どの件なのよ。


彼は言葉が足りない。ヒロインなら察することができるのであろうが、わたくしはそうではないのでちゃんと説明していただきたい。


ただ、どの件ですか、と問えば、何故分からないのかと露骨な顔をするため、躊躇われる。


ゲームで相対している時は気にならなかったけれど、実際は、上背があるので近くに立たれるとかなり威圧感があるし、目力もあるのでじっと見られると怖い。


ヒロインは素晴らしいわ。この状況でも臆することなく普通に話せるのですもの。


「オーストラに現場を見られ、誤魔化すために返しただけかもしれないと疑っていたが、どちらにしろ、確かに礼は述べるべきだった。――印章を見つけていただいたこと、感謝申し上げる」


ふいに立ち上がり、すっと黒い頭が弧を描くように綺麗に下がる。


まさかお礼を言われるとは思ってもいなかった。


ちょっと悪態をついてしまったことを反省する。


「ご丁寧にありがとうございます。閣下のお力になれたのでしたら、光栄ですわ」


「……正直に言って、本当に助かった。あのまま戻ってこなければ、莫大な科料はもとより、領主として管理能力に欠けると身内から糾弾されていただろう」


顔を上げた彼の眉間のしわは、さげる前より幾分和らいでいた。


そうだわ。彼は親族問題に大変悩まされているのだ。


21貴族どころか連邦国内トップの資財と力をもつブロクラック公爵家。その地位と財産は親族たちにとって喉から手が出るほどに望まれるものであった。その席にまだ若い青年が座ったのならば、特に。


彼のご両親が亡くなった時も、謀殺ではないかと社交界では散々騒がれたものだ。結局、本当にご病気による早世であったそうだけれど。


彼の身の回りの問題はそう簡単に片が付くものではなく、ヒロインと結ばれた後も俺の戦いはこれからだ的な終わり方をしていた。


大変そうね。その点に於いては、ただただ同情するわ。


結局、印章が戻ってきたこともそう遠くない内に公表する予定だと聞いていた。親族からの圧があったからだと思われる。


よく考えると、わたくしと同じ年齢なのよね。


それなのに、これほど日々いろいろな問題に悩まされているだなんて、確かに顔が険しくなるのも致し方ないのかもしれない。


オーストラ様の件で馬に乗った時のことを思い出す。


まるで騎士のような強い力に鍛えた体。


あの時はただすごいとしか思わなかったけれど、そうせざるを得ない環境であったのならば、悲しいものがある。


ミラー様は生粋の剣の天才だ。そして、オーストラ様は賢く器用でなにごとも呑み込みが早い。対して、デッドリー様は努力型の人間だった。


トップに立ち続けているのは、彼が地道に積み上げて来たからこそ。


それを、よりにもよって血を分けた人たちが横からかすめ取ろうとするだなんて……。


なんとも世知辛いものを感じる。


しんみりしていると、


「おい」


デッドリー様が相変わらずの言葉で呼びかけてくる。


「考えていたのだが……もう一度、あの夜を再現してみようと思っている」


「……何のお話でございましょう」


向けられたのは、自分なら瞬時にたどり着けるゴールに迷走している者をみるような、憐れみの目つき。


「つまり、もう一度同じ夜会を開くということだ」


「夜会とは、あの印章をみつけた評議会主催のもののことですか?」


「ああ。その通りだ。あの日の参加者全員に招待状を送るよう、先ほど指示を出した。もちろん、諸外国の来賓には無理だが」


「閣下が、おひとりで?」


「ああ。顔をはっきりとは見ていなかったとしても、分かることはあるかもしれない。背格好で、お前が見た男を思い出すかもしれない」


評議会主催レベルの夜会をひとりで催せるその財力に恐れ入る。それができるのは、この国でもほんの一握りしかいないだろう。


「服装も同じ格好をしてくるよう指示を出した。頭のいい犯人なら、これが何を意味するのか理解できるだろう。どう出るか。暴かれることを恐れ、異なる服装で来るか、それとも賭けに出るか。見ものだな……」


攻略対象だというのに、ククッと低く声を上げる。


見れば、わたくしよりもよほど悪役のような顔を彼はしていた。

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