11. side : ルシェル女公爵
あれは、ルシェルで一番厳しい冬の始まりの日のことでございました。
雪が深々と降り積もるその日、食べることを拒み、枯れ枝のようになりながらもなんとか繋いでいた命が、自ら別れを選んだのでございます。
孫を失い、息子を失い、そして預かった義理の娘までが、あたくしの手から雪のようにはかなく融け、消えてゆきました。
明け方、突然浅い眠りから目覚め、泣き叫び続ける彼女の背をさすりに行くことももうなくなってしまったのでございます。それが、あたくしにできるせめてもの贖罪でもあったというのに。
「母上に泣く資格はない! 子どもを失ったのは俺たちなんだ!!」
確かにその通りなのでしょう。あたくしの判断がすべての始まりなのですから、なにもかもを失ったとしても、やはり涙を流すことは許されないのです。
それから幾たびもの季節が巡り、何の手がかりも無く日一日と希望は崩れ、ただ年月を重ね無為の時間が過ぎていきました。
屋敷にひとりでいることほど耐え難いわびしさはなく、いっそ冷たくこの身が朽ちることをただひたすらに望む日々でありました。
孫が見つかったことは、そのような身に差す一条の光だったと申し上げても過言ではございません。
空想の中にしかいなかった孫は、想像していた以上にルシェルの血を受け継ぎ、息子と義娘に生き写しでございました。
けれども、嬉しく思う一方で、2人によく似た顔で、目で、じっと見つめられると、ひたすらに責められているように感じられたのも事実でございます。あの子が好む憂愁の物寂しげな詩集もなにもかもが、あたくしに重くのしかかっておりました。
それが自責の念からなる、ただの妄想に過ぎなかったのだとしても。
「ルシェル女公自らサロンを主宰なさるなど、この時期に雪でも降るかもしれませんな」
「いやいや、我々にとってはありがたいことです。最近は改革派の奴らが大きな顔をしておりますからな。我々も結束を固めませんと」
「ええ、その通りですわ。あたくしも、歴史と伝統を守ることが貴族にとっていかに大切であるか、孫によく言って聞かせておりますもの。あの子もそれを理解しております」
「ほう、それは頼もしい。公爵家は安泰ですな」
「あれほどにご立派なご令孫がいらっしゃるのですから」
以前は誇らしかった、罪悪感と後ろめたさを和らげさせた言葉が、今は胸に刺さります。
誰もがオーストラがどれ程に優れているかほめたたえるのです。あの子は完ぺきだと。
けれども、改めて気づくのです。
あたくしは、あの子を愛するひとりの孫として扱ってやったことなど、ただの一度もなかったかもしれないのだと。亡くなった息子たちの遺児として、あたくしが代わりに育てるのだ。そう思い、いつでも叱っていた気がしているのです。
やっと家族を知った少年を机の前に1日中座らせ、亡くなった両親も望んでいたと言って脅し、貴族としてどれほど立派になることが貴方の務めであるかと事あるごとに言って聞かせた。かける言葉は、いつも躾のための説教でございました。
孫のためだと言い聞かせておりました。けれど、今なら分かるのでございます。あのかつては、全部、己のためだったのだと。
こうしてみるまで孫の立場を想像することすらできませんでした。悲しみに溺れ、自分を憐れんでおりました。己の苦しみと痛み、ひいては罪悪から逃れることにのみ意識を向けていたのです。
己自身を誤魔化させ、あたくしは、ただ息子と娘への言い訳のためだけに、授けているつもりで都合のいいものを作り上げようとしていたに過ぎなかったのでございます。
あの子の優しさに甘えていたのは他の誰でもないあたくしでした。その驕りと愚かさが、あたくしを事件へと駆り立てたのです。
何の罪もない無垢な少女を殺めようとした、あの愚昧の極みともいえる事件に。
手前勝手ではございますが、ご令嬢から許されたときにあたくしは初めて、何よりも泣くことを許されたような気がしたのでございます。涙の後に残ったのは、痛みではなく、安堵でございました。
負の遺産は必ずやここで清算して見せます。
けれど、これはもはや復讐ではないのです。
あの子たちの未来のため、輝かしい若人たちのため、あたくしは残りの人生を使うと決めたのです。
それが生き残ったあたくしの使命でもあるのでございます。
「ただいま戻りました」
「ええ、お帰りなさい、オーストラ。別荘はどうだったかしら?」
「よく整えられていて快適でした。サロンは終わられたのですか? 何か有益な情報はありましたか?」
「ええ。侯爵の財政状きょ――……」
「お祖母様?」
「いいえ、それについてはあとでお話しいたしましょう。……そうね、貴方は今日、どのような1日を過ごせたのかしら 。貴方のお話をあたくしは聞かせてほしいわ」




