09. オーストラ・ルシェル_6
「それは、オレが説明しました」
明るい声が入口からかかる。
そこには、オレンジの髪の溌剌とした青年が立っていた。
「ミラー様?!」
驚くわたくしに対し、
「会いたくなって、来ちゃった」
遠距離恋愛中の恋人のような言葉を彼は口にする。
入口から真っ直ぐにわたくしのところに向かい、
「怪我の具合はどう? まだ痛む?」
「随分と良くなりましたわ。ご心配をおかけしました。お見舞いの品もありがとうございます。ですが、どうしてこちらに?」
「さっき言ったよ。会いたかった、って」
「ご冗談がお上手ですこと」
「100%それがほんとに理由なんだけど、まぁ、あとほんの少しは資料と情報の提供に来たんだ」
「提供?」
彼はそこまで言って、ようやく周囲を振り返る。
「……捕まえたデボン子爵は国外にも家と財産を持っていた。巧妙に隠してはいたけど詳しく調べたら、その内の一つが隣国だと分かった」
以前、調べたときに出て来た情報だ。その際は、どこに家を持っているかまではわからなかったけれど。それがどうしたのだろう。
オーストラ様が、待って、と声をかけた。
書棚に駆け寄り、すぐに1冊の厚い本を取り出す。しばらくページを繰った後に、ある項目を指さした。
わたくしたちは集まって指し示された文章に目をやる。
「――ここを見て。隣国では外国人が土地を所有することはできない。そう、法律が整備されている」
「でしたら、名義貸しで購入したということかしら?」
「隣国では、利敵行為への罰は最悪死罪だ。名義を貸してもらうにも、相応のお金を積まなければならないよ。それこそ、家を買うよりかかるかもしれない。普通に考えれば利点がない」
オーストラ様の言葉に我が意をえたとばかりにミラー様が引き継ぐ。
「そう。ということはつまり、隣国の誰かが――相当な地位にいる者がヤツに便宜を図ったということ。何かと引き換えに」
デッドリー様が眺めていた本から身を起こし、ミラー様に詰め寄る。
「……つまり、子爵が隣国に通じている者だと?」
その言葉にミラー様は、
「いや、あの程度では大した影響力などないはず。下劣な悪事以外にも、大きな収入がときどきあったことが判明している。ヤツの背後に黒幕がいるはずだ」
「それが、本当の内通者……」
「ちなみに、オレの家も印章が狙われてました。かなり前から子爵が嗅ぎまわっていたらしいよ」
「印章は?!」
「無事。知らせを貰ってからすぐに移動させた。その場所は親父しか知らない」
ミラー様がこちらに向かって片目をつむり、合図を送ってくる。
そうだわ。
4つに分けたのなら、辺境伯家も所有しているはず。そして、以前マイエン未亡人が言っていた。
伯父が印章を調べているみたいだ、と。
てっきり、あの時は借金かなにかのために辺境伯家を騙ろうとしているのだと思ってしまったけれど、そういうことだったのね。
彼女の言葉を伝え忘れなくて本当に良かった。
「7大貴族の中で、ここにいる家を除けば残るはヴァルター家、オール=ダード家、エーゲン家の3つだ。ただし、ヴァルターはもはや影響力は無いに等しい。ということで、オール=ダードとエーゲン、オレはこの2つの内のどっちかが黒幕だと睨んでいる。親父も同じ意見だった」
「どちらもあまり他家とは積極的に交流しないため、情報が少ないな……。オール=ダード家は保守派ですが、集会などでなにか話はなさらないのですか?」
侯爵家と同じ派閥のルシェル女公爵にデッドリー様が話を振る。
閣下は少し考えこんだ後、
「オール=ダード候はあまりご自分のことは語りたがらない方だわ。確か、妹さんがいらっしゃるとかなり昔に仰っていたけれど、若い頃に駆け落ちしてしまい音信不通だとか……」
「女性の話などは? 今すぐ後継者を必要とする年齢ではありませんが」
「一切ないわ。そういう部分に関してはむしろ潔癖な方という印象よ。だからこそ、奔放な妹さんが反発して飛び出してしまったらしいし……。養子を貰うにしても、鋼戦争で傍系は途絶え、残っていないはずだから、あたくしもどうするつもりなのか伺ったことはあるのだけれど」
オール=ダード侯爵……。
コンコルドで会った姿を思い出す。
わたくしを値踏みするような、意味深な目で見ていた人。
あの時は、コンコルドで商売をしているブロクラック家を、連邦の裏切り者のように思っている口調だった。だが、彼が黒幕だとするのなら、あれは演技だったのだろう。
わざわざ、わたくしたちを引き留めてそういう話をしたのも、それを印象付けるためだったのだろうか。
オール=ダード侯爵領はヴァルターに接しており、鋼戦争の際、多大な被害を受けたそうだ。が、隣国と通じていたのならそれすらも偽りだった可能性がある。
「エーゲン伯爵は改革派だろ? だったら、デッドリーこそ詳しいんじゃないか?」
ミラー様の言葉で我に返る。
エーゲン伯爵家とブロクラック公爵家は共に経済推進派で、近年、成金貴族が増えてきたのもこの2家が影響している。彼らは、貴族に必要なのは血ではなく能力であり、能力あるものには相応の地位を与えるべきだと爵位の授与に積極的だった。
ちなみに、我が家と辺境伯家は中立である。
「仕事の話しかしない」
皆が期待してじっと見つめる中、不機嫌そうな口調が返ってきた。
辺りに「役に立たないな、こいつ」という空気が漂い、それを感じたデッドリー様の表情がますます硬くなる。
「ていうかさ、印章、戻ってきてるって話、初耳なんだけど?! 取り返したなら、そう報告しろよ!」
「誰が裏切り者か分からないのだから、手札は明かさずにいるにこしたことはない」
「だとしても、無実の家に対する礼儀はないわけ?」
「ないな」
「表でろよ、黒要塞! ラシアちゃんの仇はオレがとる!」
「当家の要塞は黒ではない」
「ふ、2人とも、落ち着いて」
騒ぐ2人をオーストラ様がなだめる。
ゲームではあまり攻略対象者同士の交流シーンがなかったので、こういう場面は何だか新鮮だった。
それにしても、と改めて思う。
裏切りや内通者だなんて、乙女ゲーにあるまじき言葉、本当にここは『ファラロンの乙女』なのだろうか。
わたくしのせいなの?
わたくしが悪役令嬢として動かなかったから、ジャンルが変わっちゃったの?
乙女ゲームの世界ではなかったの!?
思いもよらなかった沢山の真実にさらされて、めまいがしそうになった。
「これでは恋愛アドベンチャーではなく火曜サスペンスだわ……」
そういう世界なら、真っ先に死ぬのは大抵わたくしのような役だ。本当に勘弁していただきたい。
「さぁさ、お話は一旦ここまでにしましょう。彼女はまだ本調子じゃないのよ、休ませて差し上げなくては」
静かな、それでいて威厳のあるルシェル女公の言葉に今まで騒いで2人がぴたりと動きを止める。
「晩餐のために着替える時間もなくてはね。特にレディには準備が必要なのだから」
小テーブルの上の鈴が鳴らされ、執事が入ってくる。
言葉の通り、晩餐の準備ためにそれぞれが引き上げる途中、部屋に戻る直前、わたくしを引き留める人がいた。ミラー様だ。
彼は周囲を確認した後、いつになく真剣な顔で告げた。
「ラシアちゃん、気を付けて。さっきは言わなかったけど、先生がオール=ダード侯爵と何度か一緒にいるのを目撃されてる。ヴァルター家に力はないにしても、念のため、先生には気を許さないほうがいい」
前編終了です。
調整のために後編まで少し休みます。11月上旬を予定しております。
書き終わってはいるので、それほど遅くはならないと思います。エピローグまで入れて20話程度です。
お礼が遅くなりましたが、今までお読みくださった方、いいねを押してくださった方などなど、ありがとうございます。励みになりました。
誤字脱字のご報告も助かっております。
本当にありがとうございました。
後編も頑張ります。




