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08. お従兄様_2

「アストリード嬢」


一緒に昼食をとろう、とお昼休みにお従兄様に呼び出されたある日。


指定の学内カフェへ向かう途中、オーストラ様に呼び止められた。


「何かご用でしょうか?」


引き留めた割には何も言わず、ただこちらをじっと見つめてくる。


「……あの、わたくしお約束がございまして、もしご用がおありではないのでしたら……」


さすがにこのまま顔を突き合わせて通路の真ん中で立ち続けるわけにもいかず、そう申し出ると、彼は懐から何かを取り出した。


絶対にありえないのだけれど、それでもやはりわたくしも乙女、一瞬恋文かしらとドキッとしてしまったのは秘密だ。


渡されたのは一通の封筒。封蝋には公爵家の紋章が押されている。


「今度のまとまった休日に、うちで狩猟大会を開くことになっているんだ。前夜には舞踏会も催される。もしよかったら、来てもらえたらと思って。無理にではなくて、君の都合が、もし付いたらの話だけれど……」


わざわざ手渡しとは驚いた。


そして、それ以上に来てほしくなさそうな、その言葉はいったい……。


わたくし、嫌われているの?


何もした覚えはな――いえ、覚えはいろいろあったわ。


散々馬鹿にして扇の陰で笑っていたし、意図して行ったわけではないものの彼の過去を黙っているのと引き換えに情報を引き出したわ。


これは、ヒロインが彼のルートを選んだ場合、終わったかもしれないわね。


「……恐れながら、皆様にご丁寧に直接お渡ししてらっしゃいますの?」


「いや、君にだけ」


なぜ。


嫌いだから来るな、と暗に言い含めたかったのだろうか。


過去の所業に関してのマイナス分は仕方ないとしても、すべてがわたくしのせいとは言えない子爵関連の損失分だけでも何とか今から取り返せないものかしら。


都合がよければ参加させていただくとお定まりの言葉を返して、とりあえず時間が迫っているためその場を後にする。


待ち合わせ場所に向かえば、すでに彼は来ていた。


「遅くなり申し訳ございません」


正直、ここ最近色々とあった所為でお従兄様のことをすっかり忘れていた。正確には、“約束”の言葉の通りに頻繁にお従兄様はお屋敷を訪れていたようだけれど、わたくしの方がそれどころではなく彼のことは放置していた。


構わないよ、と答えたお従兄様は黒ぶちのメガネをかけている。学校では美しい顔に少しでもフィルターをかけるために伊達を使用しているのだ。


とは言っても全く隠しきれていないけれど。


相変わらず通りかかる女生徒たちが頬を染め、露骨に彼を見てくる。わたくしと食事中だと言うのに、わざわざ彼に「わからないところが」と話しかけに来る生徒すらいる。


これもまた、結婚を望んでいないにもかかわらず彼が積極的には婚約を白紙にしたがらない理由の一つなのだろう。わたくしのおかげで桁が1つ減ったとの噂なのだから。


「最近、辺境伯のご令息と仲がいいようだね」


「ええ。貴族同士、仲良くしませんと。先生もそう思われません事?」


言ってから、しまったと思った。


没落したお従兄様に失礼だったかしら。


だが、彼は気にした様子もない。


まぁ、どうでもいい女からの言葉ですもの、それこそどうでもいいわよね。


「彼と、どういう話を?」


「学生同士の気楽なお話ですわ。美味しいお店や素敵なお衣装といったものです」


「そう。――今度、ルシェル女公爵が舞踏会を催すらしい」


「伺っておりますわ」


と言うよりも、つい先ほど渡されたのだけれど。


「僕は行けるよ」


やっと、この昼食会の意味が分かった。


怒っていないとの意思表示で、満面の笑みを浮かべ返答する。


「でしたら、どうぞどなたかをお誘いになってご参加なさったらいかが」


金属のぶつかる音が辺りに響く。


お従兄様がカトラリーを落としたのだ。給仕係によって新しいものが用意されたけれど、彼はそれをすぐには手に取らなかった。


面倒と思ったのか、呆れからか、彼はため息をつき、眼鏡をたたんでテーブルの隅に置いた。


「さっきから僕のことを“先生”と呼ぶし……まだ評議会の夜会のことを怒っているんだね」


「以前、先生が仰いましたわ。学校では教師と生徒の立場を維持するべきだ、と」


なのに、わたくしは今まで周囲への牽制の意味も込めて頑なに“お従兄様”、“エフューロ様”としか呼ばなかった。窘められても、わたくしだけは特別な関係であると誇示し続けていた。


望んでいた状況になったのだから、彼はもう少し歓迎してもよさそうなのに首を横に振り、


「でも、今まではそうしなかった。……そんなに傷つけたのだとしたら、すまなかった」


「最初から怒っておりませんわ。もう終わりにいたしましょうと申しておりますの。付き合ってもいないのに、おかしなお話ですけれど」


「急にどうしたのかな。僕の顔が嫌いになった?」


「顔の問題ではありませんの」


いっそ、その顔が嫌になったとでも言えば、円満に別れられるのだろうか。


だが、塩対応の彼も大概だとは思うけれど、散々顔が好きだと追いかけまわしておいて、今更貴方の顔にもう価値はないと切り捨てるのもいかがなものだろう。


まさに悪役令嬢ではないだろうか。


彼のことが嫌いになったのではなく、ただ穏便に悪役令嬢という役割を降りたいだけなのだ。傷つけたい訳でもない。


このどちらにも益がない不毛で中途半端な関係を、終わらせたいだけ。


それをどうやって説明すればいいのだろう。


近づいては来ないのに離れてもくれない。


ひたすら会わないようにして、フェードアウトするしかないのだろうか。


「誰と行くの? まさかひとりではないよね」


「ええ、ひとりではありませんわ。……アーシアさんと参加する予定になっております」


まだ彼女の都合は聞いていないけれど。


ただし、もし、わたくしの予想が当たっているのならば、彼女も招待状を貰っているはずだ。


時期こそ記憶とずれているものの、ゲームのイベントに同じようなものがあったのだから。


「あの娘か……そういえば、彼女ともよく一緒にいるのを見かけるね」


「ええ、わたくしたち大変仲良しですの」


「そう。女性同士の親睦を邪魔するわけにはいかないか。わかったよ、今回は彼女に譲るよ。楽しんでおいで」


「ありがとうございます。先生」


その後、特に話すこともなく、早々に食事を終えて席を立つ。


教室に向かう途中アーシアさんを見かけて確認してみれば、やはり彼女も招待されていた。本来なら仲良くなった男性から夜会の衣装を贈られるはずなのだが、わたくしのせいでイベントが前後してしまったからか、特にそういう相手もおらず欠席しようかと思っていると答えたのを、衣装はこちらで用意するからと強引にパートナーの約束を結んだ。


ヒロインと登場することで周囲には仲の良さをアピールし、オーストラ様と少しでもお話をして、わたくしのマイナスイメージを返上する。


直近の計画は決まった。


「頑張るわよ……!!」

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