07. side : ミラーへの書簡
親愛なるミラーへ
まだ返事も出してないのに、突然2通目が送られてきたから驚いたけれど、1通目の後にそんなにいいことがあったのね。
私は元気よ。貴方とお義父様もお元気そうで何よりだわ。
コンコルドのお土産もありがとう。大切にするわね。いつもとは雰囲気が異なるから、誰かと一緒に選んだんだってすぐにわかったわ。
でも、お土産は口実でしょう?
誰かに話したかったのよね、どんなに楽しかったか。
短い手紙であっても、どうしようもなく嬉しかった貴方の喜びが伝わってきたもの。思い出して、にやにやしながら書いていた姿が想像できる。
ただ、
“異国の商品に目を丸くして驚く表情も、値切りに失敗してしょんぼりしている姿も、笑顔も声も仕草も、毎秒毎秒可愛くてどこもかしこも上限がなくて、可愛いの限界が突破されていく。さすがにもうこれ以上はないだろうって思った瞬間、不意に彼女の可愛いに襲われる。毎日とにかく可愛い。一瞬たりとも気が抜けない可愛さ。極み。権化。マジでヤバい”
貴方がどんな風に感じてるのかは分かったけれど、この表現はどうかと思うの。
しかも、勢いのあまり綴りの間違いが多かったのも、いただけないわ。試験でも同じことをしないよう、くれぐれも気を付けてね。
ご令嬢――たしかユーラシア嬢だったわよね。貴方がラシアちゃんって連呼するからいつも本来の名前を忘れちゃう――と遊びに行くことができて、本当に良かったわね。
アーシア嬢を誘った彼女は間違っていないわ。
内内のこととはいえ、婚約が正式になくなっていないのなら、醜聞はお互いに避けるべきだもの。賢明な判断だと思う。
彼女はとても優しいお嬢さんで、ご自分を物事の中心に置かれない方だから、あまり一気に踏み込もうとしたらきっと驚いてしまうでしょう。
貴方のいいところをまずは知ってもらうべきだと思うの。
貴方だって、ずっと色々な女の子と仲良くしていたのでしょう?
きっと今はまだ何を言っても本心だとは取られないはずよ。
だからと言って、竦んでしまって、何も言わないのもどうかと思うわ。
あの見目ですもの。きっと沢山の賛辞を浴びてきていらっしゃるはず。
だからこそ、貴方の言葉で真心を込めて伝え続けるの。
(とはいえ、上の言葉はさすがに止めた方がいいと思うわ)
少しずつよ。
私とあの人もそうだった。
最初はこれが運命の出会いになるだなんて思ってもいなかったもの。
少しずつお互いのことを理解していって、そしていつしか掛け替えのない存在になっていったの。
貴方の朗らかで真っ直ぐなところをあの人もいつも自慢していたもの。
……不思議ね。
お屋敷にいたときよりも、ここで今こうして暮らしているほうがあの人のことをたくさん思いだせるの。あの人との出会い、貴方との出会い、3人で星を見に行ったこと、あの人から結婚を申し込まれたときのこと……。
貴方は言ってくれたわね、つらいのならあの人のことは忘れてもいい。それでも家族だって。
いちばんつらいのは貴方だったのに貴方にそんなことを言わせてしまって、どんなに私が貴方を傷つけていたかを、それでも許してくれた貴方の優しさを本当の意味で知ったわ。
そういう貴方のいいところが彼女に伝わるのを願っているわ。
コンコルドの状況もお知らせしてくれてありがとう。
昔、あの人に連れて行ってもらった時もそんな感じだったわ。
鋼戦争から100年。いよいよですもの。
戦前にはヴァルターと親しくしていた時代もあったそうだから、コンコルドがどれだけ恵まれた土地かオール=ダード侯爵はよく知っているはず。
状況が特に気になるのでしょうね。頻繁に視察に訪れているそうよ。
もし伯父について追加の証言が必要なら、いつでも召喚に応じますとお義父様に伝えて頂戴。
こちらは最近南風が熱をはらむようになってきました。
もうリップルの花が咲き始めたわ。
リップルが散る前に裏庭を整えるつもりよ。
終わったら、また手紙を書くわね。
追伸:参考書なら、あの人の部屋の書棚の左下側に良いのがあるわ。古いけれど、色々と書き込んであるから、今でも貴方の役に立つはずよ。上級クラスは勉強が大変でしょうけれど、頑張ってね。応援してるわ。
義姉より




