表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/56

07. 租借地・コンコルド

「すごい……!!」


今まで見たことがないような異国情緒あふれる街に、入口で馬車を降りたわたくしとアーシアさんは歓声を上げた。


わたくしとアーシアさんとミラー様は今日、コンコルドにやってきていた。


事の始まりはミラー様の一言だった。


「ラシアちゃん、コンコルド港って行ったことある?」


同じクラスということで、なし崩しに昼食時のお決まりのメンバーとなってしまっているアーシアさんとミラー様との食事の時間。


魚の香草焼きに舌鼓を打っていると、向かいのミラー様が唐突に、そう口にした。


「いいえ。お父様から避けるよう言い付かっておりますの」


コンコルド港とは、コンコルドという大きな半島にある最大の港町であり、半島自体が連邦国内にある租借地として隣国に貸し出されている。


今はなき7大貴族のうちの1つ、隣国からの侵略で真っ先に落とされたヴァルター領。その中でも連邦内で最大の貿易都市だった場所。鋼戦争の最後には領有地のほとんどを取り返すことに成功するが、コンコルド半島だけは領主が隣国と書面を取り交わしており――これがヴァルター家が裏切りの一族と呼ばれ、7大貴族から排斥される最大の要因となった――、正式な書面による締結だったために講和条約に組み込まれ、取り戻すことは叶わなかったそうだ。


故に連邦内でありながら別の国も同然で、主権はこちらにあるが自治権はあちらが持ち、国境こそないものの経済的な利権はすべて隣国にあるため、どれほど魅力的な異国の品で溢れていようとも決して行かないよう厳命されていた。


「じゃあさ、今度行ってみない? アストリード卿にはうちの方から話をつけておくから」


「何かご用がございますの?」


「そう。もうすぐ租借の期限が切れて返ってくるからさ、その前に改めてちょっと下見をして来いって親父からのご命令。一人で行くと浮くし、寂しいじゃん。だからさ、一緒に行こ!」


ミラー様の言う「返ってくる」とは、おそらく鋼戦争での褒賞のことであろう。


この戦争で最大の貢献をしたブロクラック公爵、ルシェル公爵、マイエン辺境伯、オール=ダード侯爵の4家については、コンコルドが返却されたのちに4家で均等に半島を分割し領有することが決まっている。


沿岸地であり、近海も穏やかで船の行き来がしやすいため貿易も盛んな土地。一部とはいえこの半島が手に入るのなら、ますます領地が栄えることは間違いない。


戦後、独特の文化と発展を遂げた街との噂だ。


ゲームでもたびたび名を耳にすることはあったものの、行くことはできず、DLCの舞台になるのではないかと言われていた場所。


攻略対象に誘われたというのが迷うところではあるけれど、結局、どのような場所か見てみたいという好奇心の方が勝った。


「ええ、喜んでお誘いお受けしますわ。アーシアさんはいかがかしら?」


「え? アーシアちゃんも?」


「もちろん、行きたいです!」


とまどうミラー様に重ねるようにアーシアさんは元気よく返事をする。


ヒロインと距離をとるのは諦めて、彼女とお友達になる作戦に切り替えたのだから、誘うのは当然のことだった。


否。作戦ではなく、単純に仲良くなりたいだけ。


「では、3人で参りましょう」


「はい、3人で!」


「う、うん……3人で……」






「さて、本日のオレはお姫様2人のものです。存分にご命令を」


すでに何度か訪れたことがあるらしいミラー様に街を案内してもらう。


どの通りも見たこともない品々と、珍しい生き物と、人であふれ返り、レンガ通りのすぐ隣には提灯が並ぶ小店があったり、漆喰で塗り固められた前世の懐かしい和風建築が見られる場所があるかと思えば、ひとたび路地に入ると、鮮やかな布や嗅いだことのない香辛料、どう使うのか、何に使うのかわからない物たちが地面に所狭しと並べられた風景が広がっている。


「欲しいものがあったら、オレに言ってね。価格交渉するから」


「お値引きがございますの?」


「そう。ここ、高いからね。他では買えない分、客の足元見てるんだよ。金払ったところで、連邦に還元されるわけじゃなし、資金の流出は抑えないと」


彼は胸を張って領主らしいことを口にする。


「頼りにしていますわね」


わたくしの言葉にぱあっと顔を明るくさせ、


「もちろん、任せて! 他にも頼りになるところいっぱいあるから! オレ、マメだよ。誕生日とか絶対に忘れないし、記念日好きだし、24時間呼び出されても平気だし、いつでも駆け付けられる自信あるし、買い物に付き合うのも楽しめるし、おしゃべりも好きで聞くのも大好き! 当然剣の腕ならだれにも負けないし、守れる自信もある! おまけに最近、賢くなってきてます!」


「――らしいですわよ、アーシアさん」


「え? あっ、そ、そうですね、私も自信あります! 炊事洗濯お裁縫、なんでもできますし、勉強も大得意です。こう見えて、結構力もあります!」


何のアピール?


アーシアさんはご自分の魅力を語らなくても十分通じていると思うのに。


だが2人は競い合うようにヒートアップしていく。


「オレの方が役に立つよ」


「私もたちます」


「ど、どうなさったの、お2人とも、もう少し仲良く……」


「これ以上は必要ないよ!」


「ええ、もう十分です!」


えっ、必要ないほど仲が良いの? これで好感度MAXなの!?


ぎすぎすした空気を感じてしまうのはわたくしだけなの……?


主人公ヒロイン攻略対象ヒーローなのに?


「そこで騒いでいるのはマイエンのせがれか」


混乱しているところに急に掛けられた野太い声に振り返ると、そこには小太りの、けばけばしい装飾で身を固めた中年の男性が護衛騎士に囲まれて立っていた。すべてが後退した頭は穏やかな日の光を受けて照り輝いており、しかめ面が常なのか眉間には幾筋ものしわが刻まれている。鉤鼻の下には、頭とは逆に立派な白ひげが蓄えられていた。


「これはオール=ダード侯爵、お久しぶりです」


ミラー様に続いて慌てて深くお辞儀するわたくしたちを、神経質そうな目が嘗め回すように見やる。


特に、なぜだかわたくしを入念に見てくる。


「……のんきなものだな。かような場所で女遊びとは」


ミラー様が視線を遮るようにわたくしの前に立ち、アーシアさんもすぐそばに寄ってきた。


「侯爵と同じ、領地の視察ですよ。どこに何を建てるか、どのように運営していくか。立地と人の流れをしっかり把握してこいとの命を受けまして」


「ハッ、領地だと? そう、うまくいくかな?」


どういう意味なのかは分からないが、侯爵はミラー様の言葉を鼻で笑う。


「まぁいい。ガキの遊びに付き合うほど暇じゃあない。儂はこの辺りを見回る予定だ。お前たちはよそへ行け――ああ、そうだ。黒い3本線が看板にひかれている店には入るなよ。ブロクラック家の店だからな」


野良犬にするように手を振ってわたくし達を追い払う。


不愉快ではあるけれども、こういう人と言い争っても仕方がない。まだまだ見る場所はたくさんあるのだから。


もう一度お辞儀をして、わたくし達は大通りを曲がった。






あっという間の夕刻。


ミラー様に間に立ってもらい買い物をしたり、わたくしとアーシアさんで値切りに挑戦してみたり、お揃いの物を買ったり、ミラー様にプレゼントしてもらったりと街を十二分に堪能して、最後にぐるりと大通りを回ってから帰ろうとなった。


この街でも一番広い通りの向こう側、突き当りにその建物はあった。


街の入口からも見えた、目立つ建物。多分、このコンコルド港で一番大きいはずだ。


豪奢な見事な建築物は街を見下ろす場所にたっている。


門越しに見上げた先で、高い場所の過剰な装飾が目に入る。堅牢な建物に対してごてごてとしており、そこだけ後から貼り付けられたように均整がとれていない。


何かの施設なのだろうか。


門が開かれている割には公共のものとは思えない立派な見張りが何人もたっており、入る人も限られているようだ。


「ラシアちゃん」


いつの間にか近くに来ていたミラー様に手を引かれる。


「近づいちゃだめだよ」


建物を見やる彼の顔はいつにもまして厳しい。


改めて建物を振り仰ぐ。


「警備隊の詰め所か何か?」


それにしては凝った建物だけれど。


彼は静かにかぶりを振る。


「この街の管理事務所。そして、裏切り者、元ヴァルター領主の館だよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ