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01. プロローグ_2

その日、非常にわたくしは落ち込んでいた。


夜会に向かう途中、馬車が軽く跳ねた拍子に頭をぶつけた瞬間、この世界とこの世界における自分の役割を思い出してしまったからだ。


『ファラロンの乙女』。


大小21の領主が同盟を組み1つの国となっているファラロン連邦国。


この架空の連邦国家の中央都にあるエリート学校を舞台に、転校してきた平民のヒロインが3人の大貴族の青年たちと恋愛を繰り広げる、恋愛アドベンチャーゲームだ。


主な登場人物として、まず攻略対象の3人。


ルシェル公爵家の嫡孫、オーストラ。

詩を好み、ヒロインも含めて誰に対しても分け隔てなく接する優しく穏やかな癒しキャラで、金色の髪に鮮やかな紫の目の彼は、乙女なら誰もが夢見る王子様の姿そのものだ。


貴族のトップ、両親の早世により若くしてブロクラック公爵家の当主となったデッドリー・ブロクラック。

黒髪赤目のぶっきらぼうな姿は一見近寄りがたく感じるが、その不愛想な奥に垣間見える優しさがいいと人気が高い。


女の子と遊ぶのが大好きなお調子者の辺境伯の息子ミラー・マイエン。

普段は飄々としているのだが、その彼が本気になり主人公だけを追い求めるようになる姿がたまらないと、熱烈なファンが多い。


あとは忘れてならないのが、重要な脇役、エフューロ・アストリード。

美しきわたくしの従兄であり、仮の婚約者。


そして最後に、主人公を苛め抜く悪役の侯爵令嬢ユーラシア・アストリード、つまりわたくし。


陽の加減によっては白にも見えるプラチナブロンドに5月の空のような爽やかなブルーの瞳。くっきりとした目鼻立ちは10人いれば10人から美人と呼ばれるものであり、すらりと長い手足に、作らなくても谷間が存在する柔らかなバスト、きゅっと上がったヒップと体つきも引けを取らない。


その体に合わせた今日のドレスも一級品だ。


幾重にも重ねた柔らかなドレープが流れる水のように細くしまったウエストから広がる一方、胴部はぴっちりと体に沿い、持ち上がったバストの中央で繊細な手刺繍のレースがささやくように花開いている。


これを着こなせる者はそうそういないであろうが、残念なことにそれら全てを台無しにするほど、プライドが高く、性格が悪い。


話が保留になっているとはいえ、婚約者(仮)相手に夜会のエスコートを断られて機嫌が悪かったわたくしは、臨時の侍女として雇われていた、会場で出会った古い型のドレスを着用していたヒロインに半ば八つ当たりのような嫌がらせをするところから物語は始まる――正確に言うならば、会場をあちこち歩き回りながらのチュートリアルが入るのだけれど、2周目以降は飛ばせるため、始まりはそこからと言っていいだろう。


その嫌がらせの現場に現れるのが、私用により欠席しているはずのわたくしの婚約者(仮)のエフューロお従兄様。


お従兄様はヒロインをわたくしから救い出し、そのご縁で知己となった賢い彼女を中央都のエリート学校に推薦することとなる。


ちなみに本日の夜会が攻略対象全員との出会いイベントを兼ねている。


ここから3か月後に始まる学校生活がメインシナリオで、わたくしが活躍する部分だ。卑しい身分だと罵倒し、下級貴族に命令して寮の部屋を荒らさせ、それでも攻略対象に支えられ健気に頑張る彼女を最後には教会に呼び出して刺傷事件まで起こしてしまう。しかし多少いちゃもんをつけただけであると、シラを切り続けるラシアにとうとう鉄槌が下る。


お従兄様が持ってきた証拠と攻略対象の追及により、見事ラシアは断罪され、生涯を牢獄で過ごすこととなる。


「よりにもよってよく遊んだゲームに悪役として転生していただなんて……いっそ頭をぶつけた拍子に気絶してそのままゲームの終わりまで目覚めたくなかったわ」


途中まで帰ろうかと思っていた。誰の邪魔をすることもなく退散して、引きこもって穏やかに過ごせばいいのではないかしら。そう迷った。


だが、夜会の会場はもうすぐそこで、馬車も皆に見られてしまっている。


入口まで来たけれど気が変わったので帰りました、など諸外国の来賓が訪れる招宴でできるわけがない。特に我がアストリード家は、主催側の評議会の中でも議決権をもつ7大貴族の6家のうち1家なのだから。


なので、気分が良くないということにより、早退を目指した。


一人娘を溺愛している両親ならば何を言っても聞いてくれるとは思うが、来て早々に帰宅は外聞が悪いし、大げさな体調不良と嘘をつくと医者を呼ばれてとんでもない騒ぎになってしまう可能性があるため、挨拶回りには付き合えるが、それが終わればこっそり帰らせてほしいと交渉したのだ。


「もう少しよ……もう少しで帰れるわ……」


チュートリアル中のヒロインに出会わないようびくびくしながらの挨拶に疲れ、会場のはずれ、人がいないところにまで足を延ばしようやく人心地ついたところだった。


精神的な疲労はピークに達しようとしている。今までの怠慢のツケがさっそく回ってきていた。客人との会話の内容が一切わからないのだ。唯一ついていけたのが最新鋭のドレスと宝石のデザインの話だけ。いかに自分が自らのことにしか興味を払っていなかったか気づかされた。


おまけに隣国の重鎮の手への挨拶は、性的な意図をもって行われているのではないかと疑いたくなるほどに長く執拗で、今や仮病ではなく本当に気分が悪くなりかけていた。


身分を盾に嫌なものは嫌と、あるいはただ機嫌のなすがままに今まで苛烈な意思表示しかしてこなかった。それゆえ、失礼なく拒絶する方法がわからず、ただにこにこと笑っていることしかできなかったのだ。


「家に帰ったらマナー本から読み直した方がよさそうね」


落ち着いた空気を思い切り吸い込み今後のことに思いをはせていると、ふいに足音が聞こえた。


摺り足の、忍ぶような音。


ヒロインのことを考えていたせいだろうか、咄嗟に隠れてしまった。


こっそり様子をうかがえば、やってきたのは当たり前だけれどヒロインではなく、一人の男性と思しき人物。思しきと言ったのはここからでは姿が良く見えないから。


「何をなさってらっしゃるのかしら」


謎の人物に目をやる。


人目をはばかるような素振り。誰が見ても怪しい。


かの男性は周囲を見回し人がいないのを確認すると、懐から何かを取り出し、そっと庭先の花の下に埋めた。そして、足早にその場を立ち去る。


「……何をお隠しになったのかしら」


一応、念のために確認しておいた方がいいのかもしれない。


「万が一この舞踏会に瑕疵があれば、その責任は7大貴族が負う事になるのだもの」


周囲に誰もいないのを目視してから、手袋を脱いで先ほどの場所を掘り返す。土が柔らかく、簡単に目当ての物は手に入れることができた。


明るい場所まで移動して、それを確認する。


「何ですの、こちら?」


包み布の中から出て来たものは、小さな、親指の爪ほどの板だった。きんでできているのだろうか、黄金色に輝いている。


縁は綺麗だけれど模様が途切れているところから見るに、おそらく全体はもっと大きなもので、こちらはその一部なのだろう。


蔦が絡まりあう下を1羽の小鳥が飛んでいる文様は創世神話の一篇、この国では一般的な――それこそ教会のステンドグラスから連邦の国璽に至るまでよく使われるデザインだ。


「わざわざ手を汚してまで見つけた物が、このような物だなんて……」


戻しに行くべきか、このままここに捨て置くべきか迷っていたところに、


「アストリード嬢……?」


突然かけられた声に飛び上がった。


振り返った目に映ったのは、はちみつのような色の髪に、濃い紫水晶の瞳をもつオーストラ・ルシェル、攻略対象のその人だ。


あえて男性を可愛いとカッコいいのどちらかに分けるとするなら前者というタイプで、整った容姿はどこか愛らしさも兼ねており、甘い顔は年相応かそれよりもほんの少しだけ幼く、微笑むと一層それが強くなる。


穏やかな目は優し気で、人当たりがよく温かな彼の気質を如実に表し、一緒にいる人を落ち着かせるような雰囲気を持っている。


男性が使いこなすには難しい繊細なレースのスカーフにそれを留める淡いロゼットのブローチが、彼には非常によく似合っていた。


「体調が良くないと伺っていて大丈夫かなって……あの、持っている物ってもしかして……」


彼はわたくしの手にある金属の欠片を目にした途端、緊張したようにこわばった表情をみせた。


こちらがどうかしたのだろうか。何なのか知っているのだろうか。


「拾いましたの、あちらで」と掘り返した場所を示そうとしてぎくりとなる。


先ほどまでは明かりと明かりの間の暗い場所だったので気が付かなかったけれど、灯火のあるこちらからでは庭の様子がうっすらと分かる。


一面の星花だった。


星花――見た目は香りのない百合のようで、うっすらと星のように光る事からその名がついている植物だった。庭に照明設備がないはずだ。もう間もなくこの花の輝きで辺りは幻想的に明るくなるのだから。


「星花の花園……」


愕然とする。


避けていたつもりだったのに疲れていて頭が回らなかったのか、やはり運命により舞い戻ってしまったのだろうか。


よりにもよって、ここは悪役令嬢がヒロインを虐める、本編がスタートするまさにその舞台だった。


嘘でしょう。人目を避けたつもりで自然と足が向かっていたわ……。


不安が這い上がってくる。


光っていないということはイベントの時間的にはまだ少し早いはずなのが唯一の救いだった。


「どうして、君が……」


「えっ?」


気をとられていて、一瞬オーストラ様の存在を完全に忘れてしまっていた。


何か話したのだろうか。全く聞いておらず、よくわからないけれど随分と悲しそうだ。


視線はわたくしの持つ物体Xに注がれ続けている。


「……もしかして、こちら、ルシェル様の持ち物でしたの?」


彼はビクンと肩を大きく震わせ、首を上下に動かす。


突然社交界に現れたこの貴公子を、公爵家とは思えぬ腰の低さから陰で笑う者が一部いる。そして、愚かなことにわたくしもその一人だった。


彼の低姿勢には、赤子の時に誘拐され教会の前に捨てられて現公爵に見つけてもらうまで孤児院で育てられていたという生い立ち故の理由があるのだけれど、当然ながらそれは周囲には明かされていない。ヒロインもゲームの終盤になって教えてもらうまで、「取り戻した後、2度目の誘拐を恐れて公爵がずっと表に出さなかったのだろう」という噂を信じていた。付け焼刃とは思えぬほど知識や礼儀作法が完ぺきだったから。


それは単に女公の教育となにより、彼の努力のたまものだったというだけなのだけれど。


それにしても、私物を隠されるだなんて、嫌がらせの類でも受けていたのかしら?


彼の物だとするなら、埋もれていたのはサイズ的にカフスかネクタイピンの装飾部分だろうか。


ハッ、もしや、わたくしが彼の私物を隠したと疑われている!?


「あの、それ……」


「お返しいたしますわ」


「えっ? いいの?!」


わたくしの言葉に彼は目を丸くして驚いている。まるでわたくしが独り占めするつもりだと思いこんでいたように。


そもそもわたくしは拾っただけであるし、彼のものなら返すのは当然であろう。


それにたとえ価値あるものであったとしても、悪役令嬢がその名の通りの活躍をする場所にあったものなど、絶対に持っていたくない。


なによりもここから早く離れたい。


「ありがとう……!」


彼は大切そうに胸に抱え込む。


「もう落とさぬようお気をつけくださいませ」


疑いが晴れるようできるだけ優しい声で声をかけ、その場を後にする。


不吉な場所など近づかないに限る。


角を曲がる際に何とはなしに肩越しに振り返ってみれば、余程大切な品だったのだろう。彼はこちらに向かってまだ感謝のお辞儀をし続けていた。


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