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06. 新学期_2

「ユーラシア様!」


校舎の入口で所在なげにたたずんでいた彼女が、わたくしを認め、一転してあどけない笑顔で無邪気に飛びついてくる。


揺れる真っ赤なリボンで結ばれたポニーテール。


ゲームの立ち絵の姿そのままの彼女がそこにいる。


「アーシアさん、ご挨拶はありがたいのですけれど、お考えになって。レディは慎みを持たなくてはいけませんのよ」


わたくしの忠告に彼女は恥ずかしそうに微笑む。


「はい、ユーラシア様。2人きりの時にしますね」


違う、そうじゃない。


ゲームの時には微笑ましく思っていたけれど、彼女、天然が過ぎるのではないかしら。


日常生活が心配になってくるほどだ。


そもそも春休みの間にお茶会を開いて、さりげなく攻略対象3人を紹介したはず。


特にデッドリー様は普段お茶会なぞ絶対に参加しない。なのに、何の気まぐれか招待に応じたのだから、もう神の采配、運命の出会いとしか言いようがないだろう。


こちらとしても可能な限りのお膳立てはしたのだから、彼らのところへ行ってもらいたい。


とは言え、これほど愛らしい少女に慕ってもらえて、嬉しくないわけがない。


関わらないというのが無理ならば、いっそ仲良くなってしまうのはいかがかしら、という下心がないわけではないけれども、彼女とお友達という関係になることができて純粋に嬉しく思っているのも事実だ。


頬を染め、はにかみながら彼女は申し出る。


「今日も、放課後に学校を案内していただけたら嬉しいです」


「ええ、もちろん、構わないわ」


そう言いながらも、わたくしは気が重かった。


引き延ばしてきたけれど、いつまでも避けてはいられないのよね。不自然だし。


校内はもうほとんど案内しつくして残っていない。


今日行かなくてもどうせ明日か明後日には行くことになるのだ。


わたくしは腹をくくる。


「――そうね、今日は教会を案内しようかしら」






「ここが……!」


彼女は厳かな雰囲気に感嘆の息を漏らす。


教会に彼女を案内するのは気が引けた。


この場所で、正確には奥の礼拝堂で、物語の終盤、嫉妬に狂ったわたくしは彼女に直接危害を加えるのだ。


ゲームのシーンを思い出す。


建国祭の週、恋人の名で礼拝堂に呼びだされたヒロインは、フードをかぶった人物に背後からナイフで刺されることになる。


生々しいSE、真っ赤に染まる画面。悲鳴がテキストボックスに表示され、暗転する。


思わずぶるりと震えた。


絶対にしないわよ、絶対に。友人を刺すだなんて。


ぎしっという大きな音に現実に戻る。


小ホールに踏み出した彼女も、余りの大きな音にびっくりしている。


「こちらは広間全体の床板が古くなっているの。来年から補修工事に入ることになっているのよ」


小柄な彼女ですら、歩くたびにかなりの音を響かせる。


来年どころか、今年の内に工事をした方がいいのではないのかしらと思わせるほどだ。


2人で歩いていると軋む音でお互いの声が聞こえない。


わたくし達はできるだけ歩き方に気を付けつつ、奥の礼拝堂へと足を踏み入れた。


内側に押して開けるタイプの両開きの大きな扉、その向こうが例の場所。


普段から開放はされているものの、宗教がそれほど大きなウェイトを占めないこの国で生徒が訪れることは滅多になく、やはり今日も人がいなかった。


ひっそりと静謐に包まれた身廊を彼女は歩いていく。その後ろ姿を見守る。


怖くてこれ以上前には進めなかった。


少しずつ先に行く小柄な、簡単に折れてしまいそうな華奢な少女の体。


この後ろ姿に、背中に、わたくしは――……!!


「――ユーラシア様?!」


気が付けば、彼女がわたくしを覗き込んでいた。


心臓がバクバクと鳴って呼吸がいつの間にか浅くなっている。


「お顔の色が……!」


「驚かせてしまってごめんなさいね。貧血かしら……」


「私が無理を言ってしまったからですよね」


ごめんなさいと謝罪する彼女に、そうではないと告げる。理由までは話せないけれど。


彼女の手を借り教会を出る。日の差し込む明るい、丁寧に敷石が並べられた小道をゆっくりと歩いていると、今までが嘘だったかのように気分が良くなってきた。


別に見えざる手に操られたわけでも何でもない。想像力を働かせすぎてしまっただけなのだ。


わたくしを支えてくれている彼女を見る。


このような少女に怪我を負わせるだなんてとんでもない。


大丈夫よ。少しずつ物語は変わっている。そもそも、悪役令嬢が前世に目覚めたと言う時点で、すでに大きな変化じゃないの。


そう自らに言い聞かせつつも、胸に渦巻くひどい不安をわたくしは無視することができなかった。

誤字脱字のご報告、ありがとうございます!

たいへん助かっております。

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