表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/56

04. ミラー・マイエン_7

あれから数日、学校を休んでいたミラー様がようやく姿を見せるようになった。


「義姉さんや親父といろいろ話し合ってきたよ。それから、兄貴にも報告を」


心の中のものを吐き出すように長々と吐息を漏らし、彼はそう口にする。


「フラれちゃったけど、でもやっと、終わったんだ。終わらせてくれた……」


相当に傷ついた顔をしているかと思いきや、意外にも彼の表情はどこかさっぱりとしていた。


見つめるわたくしに気づき、


「……実は、さ。義姉さんってオレにとって憧れの人だったっていうか……」


「…………?」


知っておりますのに何を今更、と言いかけてようやく気が付いた。


そうだったわ。


わたくしはゲームをプレイしていたから知っているけれど、本来は彼の片思いはルートの途中で明かされることなのだった。


今まで当たり前のように知っている前提で行動してきてしまった。


彼に怪しまれなかっただろうか。


今頃になって思う。


「なんかさ、分かってたんだよね、自分でも。義姉さんの中にはずっと兄貴がいるの。でも、笑ってくれたりするとやっぱり嬉しくなっちゃったり、兄貴に申し訳なくてそんな自分が嫌になったり。ほかの子と一緒にいたら忘れられるのかもって思って声かけたりするんだけど……」


彼は自嘲気味に笑い、それから慌てて


「もちろん女の子に対しても本気だよ! 女の子と一緒にいるときは義姉さんのことは考えないようにしてた。その子のことだけ考えるようにして……。でも、ひとりになると途端に浮かぶのはやっぱり義姉さんのことだったんだよね……。あー、カッコ悪いね、オレ……」


「…………」


頭を掻きむしってしゃがみこんだ後、ちらりとこちらを見、


「……フォローがほしいんだけどな……?」


「どうか、春まで待っていただけます?」


それはヒロインの役目なので。


わたくしの言葉に彼はがっくりと肩を落とし、


「キミって、結構シビアだよね。オレ、自分で言うのもなんだけど、そこそこモテるんだよ?」


「でしたら、一人、非常に心根の素晴らしい女性を知っておりますの。今からでもその方をご紹介させていただいてもよろしくて?」


「キミは慰めてくれないの?」


「なぜ、わたくしが?」


悪役令嬢のわたくしが、とは言えない。


何を勘違いしたのか、彼は合点がいったように苦笑し、


「……ああ、そっか。わすれてた。ラシアちゃんも・・・・・・・片想い中だったっけ? 先生もつれないよね」


そのように切なく美しいものではないのよ。


顔で決めたのよ、顔で。


とは言えないので黙っておく。


「ありがとう、ラシアちゃん」


ふいに手を握られ、額を突き合わせるほどに近い距離で真剣な彼と目が合う。


わたくしからも感謝の意を込めて微笑み返した。


こちらこそ、ありがとう。誰のルートでもわたくしを庇ってくれた人。


貴方の力になれて、わたくしも嬉しい。


子爵の問題を解決するだけのつもりが、なぜかお義姉様の方にまで波及してしまい、こうなってしまうと彼のルートがどのように進むのか想像もつかないけれど、片思い設定がなければ彼の魅力が半減するというわけでもあるまい。


なにせ、この世界におけるヒーローとヒロインなのだ。何とかなるだろう。


じっと見つめあう、わたくしたち。


先に目をそらしたのは彼の方だった。


「……なんか、さ。絶対、伝わってないよね、これ。温度差、感じるんだけど……」


「ミラー様?」


「まぁいっか。これから頑張ればいいことだし。今度は、最初から負けが見えてるわけじゃないしね!」






更に数日後、マイエン夫人が我が家を訪れた。


まだ顔色はあまり良くないものの、喪服をやめて、若々しい春色のワンピースに着替えていた。


「これね、あの人が好きだった服なの。少し若作りかもしれないけれど、でも、まだなんとか大丈夫だと思わない?」


「ええ。とてもお似合いですわ」


わたくしが笑って肯定すると、彼女は嬉しそうにくるりとターンしてみせる。


ふわりとスカートの裾が舞う。


その身軽さが、改めて今の彼女の心を表しているように思えた。


「お茶を美味しいと思ったの、何年振りかしら……」


応接室のソファに身を沈め、彼女はほうっと息を吐く。


本来はこういう女性なのだろう。


多少まだ笑顔がぎこちないものの、緊張の解けた彼女はよく笑い、よくおしゃべりした。


焼き菓子と軽食をぺろりと平らげ、実は食いしん坊なの、と笑う。


少し肉もつき、今の彼女は年齢相応に見える。


流行のファッションや人気の劇の演目のことから、大切な思い出話にまで話題は多岐にわたる。


何か用があったのだと思っていたけれど、本当にただ気分転換におしゃべりをしに来ただけなのだろうか。


当然、それでもかまわないのだけれど。


やがて話も一通り落ち着いて、沈黙が訪れた。


彼女は、お砂糖の入ったカップをいつまでもかき混ぜながら、


「……今日はお別れのご挨拶に来たの。私ね、辺境伯家を出ることにしたの。2人には残っていいって言って貰ったけれど、田舎に小さな家を借りたのよ。持っている物を売ってつましく暮らせば、なんとかなりそうだから。あの人を想って、花を植えて暮らすわ」


「もうお会いできませんの? ミラー様は何と?」


わたくしの言葉にカップに視線を落とし、申し訳なさそうに、


「……あの子を彼の代わりにしたつもりはないの。ただ、ずっと彼が恋しかったの。それなのに、夢の中の出来事だったみたいにあの人が薄れていくのに耐えられなくて……。いやな女よね、私って……」


「ご夫君もミラー様も悲しまれますわ。どうか、そのようなことを仰らないで」


ただ思い出に縋って生きていきたかっただけの女性を脅し続けた子爵が悪いに決まっている。


「……ごめんなさいね、こんな話をしてしまって。……けじめを付けたかったの。あの子と貴女にはいっぱい迷惑をかけてしまったから、最後にって。どうしてかしら、話すつもりのなかったことまで言ってしまったわ。きっと、貴女だからでしょうね。だからあの子も……」


そこまで言うと、一気にカップのお茶を飲み干した。


「それから、思い出したことがあるの。伯父はマイエン家にある印章について知りたがっていたわ。警備や見回りについてもよく訊かれたわ。分からないって誤魔化しておいたけれど。ミラーに伝えておいていただける?」


「ええ、必ずお伝えしますわ」


印章っていわゆるハンコよね。


マイエン家の印章だなんて、何に使うつもりだったのだろうか。


考えられるものと言えば、辺境伯家になりすましてお金を借りることぐらいだけれど。


確かにあれほど散財していれば、どれ程あくどい手で稼いだとしても足りないだろう。


現在子爵は拘留されており、夫人の証言とその証言をもとに集めた証拠により、正式に裁判に掛けられる予定になっている。


爵位と資産は没収。


子爵家の財産は売却され、すべて被害者の救済に充てられることになっているらしい。


夫人については、子爵の手伝いをしたとはいえ彼女も被害者であったこと、また彼女のおかげで子爵を捕まえることができたという事情を考慮し、救貧院での数日間の奉仕が課されたのみときいている。


全てを話し終え、すっきりしたのか、馬車に乗り込む彼女の顔は晴れやかだった。


その後ろ姿はまっすぐで、もう大丈夫だとわたくしに思わせてくれた。


馬車が彼女を乗せてゆっくりと走り出す。


見送っていると彼女が窓から身を乗り出し、こちらを振り返って何か叫び始めた。


声に耳を澄ます。


家族、という言葉がまず聞こえた。


「……あの子ね、つらいなら忘れてもいい、大事な義姉さんに変わりはないって言ったの! それ以外は一言も口にしていないの! ……覚えていてね、あなただから教えるのよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ