ウィザードとドラゴン
ベルングストムが連れ去られたという報せは予想より早くKKKの幹部たちに届いた。
特にあの襲撃で陣頭指揮を執っていたライナー・ポーターには面白くない話だった。あの日のクランのメンバーがウォーリーヴィルからやってきたのを知っているのはあの男だけだった。ベルングストムをさらったのが、文学の成績で不可をもらった学生の報復でない限り、犯人たちの目的は他ならぬライナー・ポーターの名前としか思えない。
KKKウォーリーヴィル支部のグランド・ドラゴンであるライナー・ポーターは被服工場の経営者だったが、その裏では密造酒の販売も行っていて、六軒のもぐり酒場の実質的なオーナーだった。
押し出しはなかなかよく南軍の騎兵司令官のようにめかし込み、手入れに余念のない髭を蓄えていて、州の名士で通っている。
その州の名士が晩に、インディアナポリス中央駅と道路を挟んだ場所にある〈マーシーズ・ステーキハウス〉の特別ルームでD・C・スタッドソンとフィレステーキを切りながら話したのも、不安があったからだ。
〈マーシーズ・ステーキハウス〉の特別ルームはほんの一握りの人間しか入れない。普段はガラスにはワインレッドのビロードのカーテンがかかって、なかを覗うことができない。
部屋には南部連合旗を入れた額があり、ジョン・ハント・モーガンの肖像画もあった。南北戦争中、インディアナポリス南部の北軍シンパ――つまり、黒んぼの味方をした連中の家や店、工場を情け容赦なく略奪してまわった騎兵司令官だ。
黒人がこの部屋に入る方法はただ一つ。
マーシーズ・スペシャルと呼ばれる海老のグリルを添えたフィレステーキを盆に乗せて持ってくるときだけだ。
「ブリックスなんて、ケツの穴みたいな町の、へぼ作家がさらわれたからと言って、何を心配する必要がある?」
D・C・スタッドソンはインディアナ州のKKKの最高位であるグランド・ウィザードだった。屈託のない笑みを浮かべると少年のように頬が赤くなる丸い顔をしている。恰幅がよく、そのきちんとした礼儀には、昔気質の名士が好むバーボンのような粗野が入り混じっていて、親しい人間にはD・Cと呼ばれていた。
「さらったのはイタリア系だったという話なんですよ、D・C」
「つまり、イカれたイタ公がベルングストムをさらったと思ってるのか? マフィアの仕業だと?」
「いいですか、D・C。我々はあのジプシーどもを焼き払いました。ところが、その次の日には、そのお膳立てに一枚噛んでいたクランの人間が行方不明になっているんです。関係ないはずはありませんよ」
「つまり、ジプシーがキャンプを焼かれたお返しにマフィアを雇って、ベルングストムをさらわせたってことか? ありえない。ライナー、落ち着いて考えてみろ。ジプシーのキャンプなんて毎分毎秒世界のどこかで誰かが焼き払っている。きっと南極でもペンギンどもが焼き払っているさ。気に病む必要はない」
「ですが、D・C。あそこから奪った宝石は今、あなたの手元にあるんですよ。そいつらの目的が宝石だったら? そもそも、今回のことはあなたがキャシーに――」
D・Cの目が細くなった。顔が紅潮して、握っているフォークが今にもへし折れそうになっている。
「いえ、だからってどうというわけではないんです。ただ――」
「ただ、なんだ?」
「なんでもないんですよ。本当です、D・C。だから――」
次の瞬間、ライナー・ポーターは髪をつかまれて、テーブルの上のステーキに頭を叩きつけられた。ソースがタブルのスーツに飛び散り、水差しが倒れた。
D・Cはライナーの耳元で怒りにかすれた声でささやいた。
「ミスター・スタッドソンだ。今日からはミスター・スタッドソンと呼べ。そして、キャシーをキャシーと呼ぶのは、あいつがおれのスケだからだ。だが、お前は違う。だから、お前はミス・ローニーと呼ぶんだ。分かったか、この棒きれ野郎? 分かったか!」
「わ、分かりました。ミスター・スタッドソン」
D・C・スタッドソンは店中にきこえる声で叫んだ。
「今すぐ人を集めて、そいつらを狩り出せ」
「でも、警察は――」
「警察はおれのものだ。裁判所も、州知事のオフィスもおれのものだ。このインディアナじゃ、このおれが、ドワイト・チャールズ・スタッドソンこそが法律なんだよ。おれがジプシーのキャンプを二十焼けば、市警本部長は二十一個目のキャンプの在り処をおれに教える。おれがファックしたいといえば、知事は女房を差し出す。おれこそがインディアナだ。ここにあるものは全ておれのものなんだよ。だから、キャシーが欲しいと思った時点で、ジプシーのほうからおれにエメラルドを差し出すべきだったのさ。それが敬意ってもんだ。そんなことも分からねえから焼かれるんだよ。自業自得だ」
そこで突然、D・Cは憑き物が落ちたように大人しくなった。
「なあ、ライナー、安心しろ。土地のクランとクランの息がかかった警官を護衛につけてやる。全員、例の焼き討ちに参加したドリーム・チームだ。それと、そのクソッタレどもにはクラン専用の賞金をかけてやろう」
ライナー・ポーターは小動物みたいにビクビクしながら礼を言った。
「ありがとうございます。ミスター・スタッドソン」
「おいおい、ライナー。おれたちは長い付き合いだろ? どうして、D・Cじゃなくて、ミスター・スタッドソンなんて他人行儀な呼び方をするんだ? しかし、ひどいなりだな。脂とソースでぐちゃぐちゃだ」
D・Cはポケットから百ドル札の束を丸めたものを一枚引き出して、ライナーに渡した。
「吊るしでもなんでもいいから、別のを買ったほうがいい。おれの親友がソースまみれのまま、この町を歩くなんて、繊細なおれには耐えられんよ」