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グッド・キラーズ  作者: 実茂 譲
Episode 1. ポーク・アンド・ビーンズ
7/27

顔を見られたマヌケ

「条件がある」


「おっと。後払いのくせに条件とはねえ。まあ、きこう」


「あいつらの親玉はおれが自分で殺す」


「へえ、それは頼もしいね。そのトランプで八つ裂きにするのかい?」


 ジャンは窓ガラスに頭をあずけた。ファウストがハンドルを握るシボレーのセダンは町に一本だけの大通りを走っている。大通りと言っても、ニューヨークやロサンゼルスなら路地裏呼ばわりされる寂れた道だ。


 そもそもインディアナ州ブリックスは人口一万にも満たない小さな町だ。

 この町でシーフードを食べるには缶詰を開けるしかなくて、住人の半分はいまだに馬車に乗っている。目立つものというと小さな大学があるくらいで、町はずれの野原に開拓期や南北戦争時の逸話がいくつかある程度。


「きみを襲ったKKKクランの連中だけど、地元の人間じゃないね。確かにこの町にも白のシーツ愛好家はいるが、石を投げつけるので精いっぱい。首つり縄の結び方すら分からない能無しぞろいだ」


「つまり?」


「もっと大きなクランの連中がかかわっている」


 KKK。クー・クラックス・クランといえば、白人至上主義者の集まりで黒人を木に吊るしたり、シーツをかぶって大きな十字架を燃やして、グランドマスターという噴飯ものの名前のお偉いさんのくだらない演説に熱狂する集団だと思われがちだ。

 ただ、この数年、KKKの勢いが強くなっていた。南部だけでなく、インディアナ州のような北部寄りの州にまで、かなり大規模な支部があり、幹部には警察署長や州議会議員、はては知事までがこの自称秘密結社とつながっている。


「KKKが憎悪の対象にするのは黒人だけじゃない」


 ファウストが説明した。


北部人ヤンキー、共和党支持者、カトリック教徒、ユダヤ人、混血、スラブ人、そして――」


 ファウストは自分を指差し、


イタ公デーゴと――」


 次に後部座席のエリスを指差し、


中国人チンク。で、ジプシーというわけだ」


「違う」


「うん?」


「ジプシーじゃない。ロマだ」


「分かった。ロマだ。とにかく憎んでる。ただ、昨日の夜起こったことは憎いくらいのことで起こるようなレベルのものではない」


「じゃあ、何が原因なんだ?」


 あんな真似をする理由。そのことに話が触れて、つい語調が荒くなる。


「カネだね」


 ファウストはあっさり言ってのけた。


「あそこまで徹底的な虐殺をする動機はカネ以外にないんじゃないかな? エリス、きみはどう思う?」


「どうでもいい……わたしは殺すだけだから」


 年頃の雰囲気はないし、薄々そうではないかと思っていた。

 だが、実際、本人の口からきくのと、薄々そうではないかと思うのは全くの別物だ。


 ジャンが世界に絶望する理由が一つ増えた。


 ファウストは大学の門のそばで車を止めた。


「KKKは一応秘密結社ということになっているが、あんなふうにシーツかぶって十字架を燃やすくらいだから、本当のところは自己顕示欲の塊と言っていい。だから、その土地のKKKの大物を見つけるのは、ばあさんが一人で店番してるドラッグストアからキャンディを万引きするより簡単だ」


「ここにいるのか?」


「そのはずだ。エリス。いつでも車を出せるように運転席で待っていてくれ。ここの警備員が僕を相手に命を張るほどの給料をもらっているとは思わないけど、大戦が終わって以来、人間を撃つ合法的なチャンスに飢えているようなやつかもしれない。それに学生のなかにガールフレンドにいいところを見せようとする、英雄気取りのクソファッキンクオーターバックがいるかもしれないしね」


「この子が運転を?」


「シートをギリギリ前に出せば、いける。さあ、行こう」


「どこに?」


「大学に決まってる。誰をとっ捕まえればいいかは分かっているけど、念のためにきみにも確認してもらいたい。きみはうなされながら、きみが見たであろう唯一の犯人の特徴を何度も口にしていたから、そいつを見れば、きっと分かる」


 ブリックス大学はインディアナ州のブリックスよりも寂れた町へ教員の免状を持った卒業生を供給するために存在する大学だった。煉瓦造りとコンクリートの二階建て学舎が五つあり、図書室らしい建物が裏手にある。

 一番大きな講堂はギリシャ風のファサードを構えた石造りのもので、ラファエロの『アテネの学堂』を意識したのは間違いなかったが、ブリックスには過ぎたもので他の全てから浮いて見えた。


 ジャンはファウストの後ろについていき、講堂に入った。ギリシャの神殿風の柱廊を抜けると、思ったよりも天井が低いホールに出た。女学生が通りかかったので、ファウストは文学科のハーマン・ベルングストム教授はどこにいるかたずねた。


「二階のリンゼイ夫妻記念講堂でスウェーデン文学の講義をしてます。ミスター」


「ありがとう。ミス」


「どういたしまして」


 リンゼイ夫妻記念講堂はその昔、地元の資産家であるチャールズとアンナのリンゼイ夫妻がアル中のろくでなしの息子を大学に入れるために寄付した部屋で、ダークウッドを基調とした内装だけはハーバート級の講義室だった。二百人の学生を収容できるが、聴講生が三十人を超えたことは大学が始まって以来、二度しかない。


 そして、ファウストがやろうとしていることは大学が始まって以来初めののことだった。


 ハーマン・ベルングストム教授は教壇に立ち、スウェーデンの何とかという小説家の『白夜の陰鬱』という小説について、講演していた。それは漁師と漁業監察官と貧困と白夜が出てくる退屈な本で、学生は十数人しかいなかったが、スウェーデン系の学生を含めて、誰も真面目にきいてはいなかった。


 ジャンはハーマン・ベルングストムを見た途端、体が石に変化するような心持を味わった。


 あの夜、ナディアに銃を奪われた白髪で白い髭の作家のような男が、雛壇状の講堂で教壇に立ち、文学作品から徳目を得ることの大切さを説いていた。


 走るな、というのが無理だった。

 帽子を眼深にかぶったジャンは雛壇を駆け下りて、目を丸くしているハーマン・ベルングストムに襲いかかった。ベルングストムは咄嗟に顔を守ろうとして、『白夜の陰鬱』を持ち上げた。ジャンはがら空きの腹へ頭突きを食らわせた。


 教授が体をくの字に折り曲げて、右肩から倒れると、その顔を蹴飛ばした。歯が折れて飛び散った。


 体格のいい学生の一人が立ち上がった。運で得たものと努力で得たものの区別がつかず、大半は努力で勝ち得たと勘違いした若者で、突然の闖入者をつまみ出すことで隣のガールフレンドに男らしさの典型にならんとしていた。


「はい、お座りだ。くそったれクオーターバック」


 ファウストが銃身の長い45口径のリヴォルヴァーを抜いて、学生の股間に突きつけた。


「これからもガールフレンドと仲良くファックしたいなら、大人しく席に戻るのを勧める。嫌なら、ペニスとバイバイだ」


 ファウストが指で胸をついた。筋肉の壁のようだった学生は目を丸くしながら尻もちをついた。


 狂ったように暴力の衝動に突き動かされたジャンをファウストは後ろに引っぱって、無理やりベルングストムから引きはがした。

 そして、ベルングストムの英国風のスーツの襟をしっかり握って、そのまま引きずった。ベルングストムは立ち上がろうとしてはまた転んで、無様に外へ引きずり出された。


 講堂の外に出ると、警備員の制止を無視したエリスがシボレーを出入口に寄せていたので、後部座席の床にベルングストムを放り込むと、ジャンを助手席に乗せ、自分は後部座席に座った。自動車が走り始めると、ベルングストムの顔を踏みつけた。


「こんなことしてタダで済むと思ってるのか!」


「思ってるけど、それっていけないことかな?」


「わたしはグランド・センチネルなんだぞ! インディアナ州ブリックス支部の代表なんだ!」


「それ、下から何番目の役職? どうもKKKの役名は大袈裟なのが多くて。下っ端にもグランド何とかって名乗らせてるでしょ? だから、分からなくなるんだよね」


「いいか、わたしはこの町の警察署長を知っている。お前ら、イタ公や中国人のガキがこんな真似をしたら、生きてこの町から出られないぞ!」


「生きてこの町から出られないって台詞はニューヨークやシカゴみたいな大都会で使う台詞だ。こんなド田舎じゃなくてさ――さあ、ついた」

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