汝ら、捨て犬の牙となれ
――拾ったところに戻すべきだね。
――どうして?
――逆に僕がききたい。どうして、彼を助けたのか?
――『グッド・キラーズ』は悪人だけしか殺さない。
――でも、無償の奉仕をモットーにしているわけでもない。なるほど、この少年をあんな目に合わせたのは死んで当然の人間のクズどもだ。でも、やつらを片づけてもいただける報酬はない。狂騒の二十年代にボランティアなんて流行らないよ。
――もし、彼が払えたら?
――見たところ、払えるとは思えないけどね。
「いや、払える」
かすれた声で言った。
そこはよくある田舎のホテルの一室だった。見えたのは天井の電気ランプ。風が入ってきていて、カーテンがこすれる音がする。人の気配はするが、首を横に動かすことができない。
男がたずねた。
「何で払うんだい?」
「エメラルド」
「そんなもの、どこにもない」
「今はない。やつらに取られた」
ふーっ、と男がため息をついた。
「後払いの報酬はやつらが持ってる。白人のなかでもとびきり危険なKKKの、さらにそのなかでもとびきりイカれているインディアナ州支部のクランが持っている。――それで払うと?」
「そうだ」
男は煙草を一本つけた。そして、紫煙越しにジャンをじっくり観察した。
逆にジャンのほうでも相手を観察し返した。
ちょっと考えられないくらいの美貌の持ち主だった。二十代半ば、芸術家風に伸ばした長い黒髪が肩のあたりでふわりと空気を含んでいて、すっと切れた目はルドルフ・ヴァレンティノのように妖美だが、軽快さと冷酷さが矛盾することなく同居するその眼差しはルドルフ・ヴァレンティノよりもずっと危険だ。
ただ、着ているものが、その美貌が泣くほどに安っぽい。買って結んで以来、一度もほどいたことがなさそうな古風なネクタイ。時代遅れの丸い襟をつけたシャツ。どんな靴磨きでも匙を投げるくらい傷だらけの靴。今どきチャップリンだってかぶらない山高帽。黒いスーツは幾度も古着屋の手を渡っているうちに時間に痛めつけられて、色がところどころ褪せている。
「参考にききたいんだけど――」
男がたずねた。
「もし、そのサファイアが――」
「エメラルドだ」
「そのエメラルドが手に入らなかったら、どうやって払う」
「そのときはおれを殺せばいい」
「ふーん」
はったりではなかった。あのクズどもを皆殺しにできるなら、死んでもよかった。
どの道、自分にはもう生きる理由がない。
「じゃあ、それで殺ってみるか」
男が手を差しだした。
「ファウスト・ヴァレンティ。そっちの名前は?」
痛むのを隠して、差し出された手を握る。
「ジャン・バティスト・ルトロン」
「よろしく。ジャン。それとそっちにいるのはエリスだ」
振り返ると、ナイトテーブルのそばに少女が立っていた。黒のタートルネックのセーターにグレイのスカートと黒のストッキング。歳はジャンより一つか二つ下。黒い髪を短くした東洋系の少女。端整なつくりの顔には何の表情もなく、感情も垣間見られない。
「……」
挨拶も握手もなし。
この少女があの唄を歌ってくれた少女なのだろうか? だが、今、そこにいる少女からは分かることがあるとしたら、目の前の出来事に全く関心がないことくらいだ。
記憶はぼやけてあてにならない。
唄う少女やあの微笑みは幻だったのかもしれない。
あまり深く考えるのはやめた。
ジャンが考えるべきなのはただ一つ――KKKのクズどもをシーツもろともズタズタにしてやることだけだ。