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グッド・キラーズ  作者: 実茂 譲
Episode 1. ポーク・アンド・ビーンズ
4/27

殺戮

 テントが焼けている。燃え上がるキャンバス地が崩れ落ち、大黒柱に桁がひっかかり、炎を纏った巨大な十字架として直立していた。


 ジャンのすぐそばに髭女が転がっていた。顔が焼けただれた状態で。開いたままの口からはまだ煙が出ている。火炎瓶を投げつけられたのだ。


 白い衣装をかぶった襲撃者はシボレーのトラック数台に分乗して、動くもの全てに散弾と火炎瓶を浴びせていた。


 怪力男が蜂の巣にされて転がっていた。

 蛇女は顔を半分吹き飛ばされていた。

 ギター弾きとヴァイオリン弾きは楽器ごとガソリンをかけられて燃やされた。

 空中ブランコの兄妹は近くの木に吊るされていた。


 燃え上がるテント、屋台、自動車のあいだで家族も同然に生きてきた人々が声にならない叫びで神に問うていた。

 なぜこんなことを。

 わたしたちがなにをしたというのです。

 わたしたちはどこへ逃げればいいのです。


 サーカス団員たちは道とは反対側の小川のほうへ逃げようとした。

 川辺の木立で閃光がジャンの目を差した。彼は咄嗟に叫んだ。


「ダメだ! そっちはダメだ!」


 手遅れだった。

 ショットガンとライフルの連射音がジャンの声をかき消した。


 占い師の老婆が首を撃たれて、膝から崩れた。

 ナイフ投げ芸人が鹿弾バックショットに両腕をもぎ取られた。

 二十発以上の弾を浴びた小人は真っ二つにちぎれた。


 誰かが倒れるたびにトラックに乗った男たちの歓声が沸いた。サーカスで空中ブランコが成功したときと同じ声が。


 ジャンは生き残った仲間をどこかへ逃がせないか、必死になってその方法を考えた。

 だが、そんなものはなかった。生き残ったものたちは重傷を負っていて、襲撃者たちは燃え盛るサーカスのまわりをトラックでぐるぐるまわっている。サーカスの炎は周囲から暗がりを払っていたから隠れる場所もなかった。


 また銃声がなった。トラックから降りた男たちがまだ息のあるサーカス団員を撃っていた。面白半分に。頭がスイカのように弾けるたびに、イエーイ! ヒュー!と楽しみに高ぶった声を上げる。


 あいつらは何者なんだ?

 みなが白いローブをつけている。それは一枚3ドルで売られているシーツでこさえたものだ。襲撃者たちは三角に尖らせた頭巾で顔を隠していた。目の位置に二つ穴が開いている。武器はショットガン、ライフル、火炎瓶。トラックから動くもの全てに銃弾を浴びせている。


 ジャンは愕然とした。

 これまで人の悪意にぶつかったことがなかったわけではない。

 むしろ、同年齢の少年よりもずっと多くの悪意にぶつかってきた。だが、たいていはジプシー野郎とののしられるか、腐った卵を投げつけられる程度のものだった。


 だが、今、起きていることは違う。

 トラックから銃を撃ちまくり、瀕死の人間に火をつける。


 ジャンの想像もできない悪意がそこにあった。

 そして、これまで湧いたどんな怒りも比べ物にならない怒りが彼の血管をめぐった。


 ジャンは立ち上がった。指に二枚のトランプを挟んで。

 トランプの縁には刃が仕込まれていて、新品のカミソリ並みの切れ味があった。


 白いシーツ男が二連式ショットガンを腰だめに構えて、炎に衣装の裾をなめ取られないよう注意深く歩いていた。持っている銃とその足運びからこの男が普段、狩猟を楽しんでいるのが分かる。


 ジャンはカードを放った。白い頭巾に血が飛び散った。一枚目は喉笛を、二枚目は鼻を削いだ。

 その男は顔と首を押さえて、悲鳴を上げたが、ジャンの目は次の獲物を探していた。綿あめ屋台の裏に人の気配を感じたジャンはそこに突っ込んだ。


 団長とナディアがいた。


 二人を見ると、ジャンの目から涙があふれ出した。


 おれは〈守り手〉だ。

 みんなを守るのがおれの役目だ。


 でも、できなかった。

 みんなは死んだ。家族を知らないおれに家族の温かさを教えてくれた人たちはみな死んだのだ。


「おれは――おれは、ッ……」


「お前は〈守り手〉だよ。ジャン」


「おれは誰も守れていない……」


「なら、これから守ればいいじゃないか」


「団長……」


 団長は、この小心で善良で、それでも本当に勇気が必要なときはどこまでも勇敢になれるずんぐりした男は言った。


「わたしが州道側へ出て、オトリになるから、お前とナディアは怪我人をできるだけ多く連れて、川のほうへ逃げるんだ。いいね?」


 ナディアは首を横に大きくふった。大きな黒い瞳が涙で揺らいでいた。


「ジャン、ナディアを。みんなを頼むよ」


 それだけ告げると、団長は屋台小屋を飛び出した。そして、二台のシボレー・トラックによく見える道を短い手足を必死に動かして逃げた。


 ジャンは〈守り手〉としての最後の仕事に取りかかっていた。ナディアとそれに怪我をした四人の生き残りとともに川のほうへと走ったのだ。上流側には待ち伏せがあったが、下流側には誰もいない。ひょっとすると、生き延びられるかもしれない。


「あきらめるな! まだチャンスはある!」


 けたたましい銃声をきいて、ジャンは振り返った。

 団長が二台のトラックから発射された銃弾をもろに浴びて、砂ぼこりのなかに消し飛ぶところだった。


 襲撃者たちは車をUターンさせて、逃げるジャンたちへと走っていった。

 シーツ男を満載したトラックがジャン目がけて突っ込んでくるのを見つけた。ジャンの手からトランプがまるで生き物のように放たれた。カードはトラックのフロントガラスを裂いて、運転手の顔に次々と刺さった。ガラスに血が飛び散り、トラックはジャンたちをはねるかわりに川沿いの倒木にぶつかって、荷台からシーツ男たちをまき散らした。


 その直後、ハンマーで頭を殴られたような衝撃に襲われた。足元がさだまらなくなり、仰向けに倒れた。右の眉の上から温かい血が蛇口をひねったように流れているのを感じた。


 撃たれた。


 首もろくに動かなかったが、一緒に逃げていた仲間たちが全員、シーツの獣たちに捕まったのが分かった。獣の一人、リーダーらしき男がいた。その男だけは衣装が赤く、そして、手にナディアの首飾りを下げていた。


 獣たちは一人一人処刑した。両足を散弾にもぎ取られた道化師や割れたガラスをもろに浴びて失明した照明係の頭に二発ずつ撃ち込んで。


 ナディアだけは処刑はされなかった。今のところは。

 理由は分かった。男たちの好色そうな目を見れば分かる。

 男たちの慰みものにされるのだ。


 道化師を撃ち殺した白シーツ男がナディアの手をつかもうとした。

 ナディアは言いなりになるふりをして、そいつの手がナディアに触れるや否や、力いっぱいねじ上げた。

 頭巾が取れて、顔が見えた。白髪に白い髭の作家みたいに大人しそうな男だ。

 ナディアはそいつのベルトのリヴォルヴァーを抜き取って、男を仲間たちのもとへ蹴り返した。


 ナディアに勝ち目はなかった。一人に対し、向こうは十人。ショットガンで武装している。

 だが、ナディアは男たちのおもちゃになり下がるつもりはなかった。


 ナディアが銃口を自分の顎の下に押しつけて引き金を引くとき、ジャンとナディアの目が合った。そこには何千年の時間をつかっても語りつくせない言葉があった。もっと共有できるはずだった時間と感情に対する鎮魂の眼差しはナディアが頭を吹き飛ばしてからもずっとジャンに注がれていた。


 ジャンの目に何かが焼きついた。

 それが何なのか、ジャンは知ろうとも思わなかった。

 ジャンはみんなと、ナディアとの再会を期待して意識を失った。

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