そこに刀があったから
エミリィ・パートリッジは、なぜ、刀を用いるようになったのか。
以前、ファウストは、ブルックリンのドラッグストアで青年ソーダ販売員からクリームソーダを買っている彼女にたずねたことがある。
「ファ、ファ、ファ、ファウストさま! どうして、ここに!?」
「たまたま通りかかったから」
「う、麗しーっ! 今日もファウストさまが麗しーっ!」
「うん。知ってる。で、なんで、刀を選んだの?」
「たまたま、そこにあったからです。う、うわあ、ファウストさまが吐いた二酸化炭素! 吸い込まなきゃ! すはすは」
「まあ、二酸化炭素は置いておこうよ。で……えーと。そこにあったから、刀を使った。じゃあ、そこに半分に切ったスイカが置いてあったら、きみは半分に切ったスイカで人を殺すってこと?」
「だ、ダメですか?」
「いや、まあ、独創的でいいと思うよ」
「いやーっ! ファウストさまに独創的って言われちゃったーっ! きゃー、やべーっ!」
サンフランシスコで汚職議員を斬ったとき、議員の屋敷で働いていた日本人の植木職人に犯行を見られた。
ところが、その日本人は逃げるどころか近寄ってきて、「筋がある」と言った。
「もっと手練れになりたいのなら、教えよう」
「ニンジャ?」
「違う」
植木職人から剣を教わった結果……、
「キェェェェイ!」
こうして、現在、エミリィは猿叫と呼ばれる凄まじい叫び声を上げながら、剣を担ぐような構えからの一撃必殺、受け太刀はない攻撃特化の薬丸示現流剣士になった。
南軍兵士の叫びとも例えられる叫び声から放たれた上段の一太刀が傭兵のかぶるサラダボール型のヘルメットを両断し、へそまで斬り下げている。
思い切り踏み込み、後先考えない強攻撃。ガードは考えないから、最初の一撃をかわせば……。
外した袈裟斬りで生じた隙に少佐は45口径オートマティックのストックで首を殴って気絶させた。
「少佐、ご無事ですか?」
「ああ」
「グラムリーに娘がいたなんてきいたことがありませんが」
「拘束して、ピーター・グラムリーと一緒に連れていけ。ホレイショ・グラムリーの屋敷を見つけた」
傭兵側は五人しか生き残らなかった。
だが、グラムリー側はホレイショとピーターだけが生き残り、そのピーターは縛られて、杭に結びつけられている——エミリィは別の杭に縛られていた。
「きこえるか、ホレイショ」少佐が声を張った。「息子と娘を押さえた。投降すれば、助けてやる」
蜂の巣にされた家、その暗がりからガラガラ声が返ってくる。
「わしに娘はいねえよ。そんな娘知らねえな。それより、ピート。本当にお前か」
「そうだよ、オヤジ」
「ピート」
家のなかからガチャン。ガトリング砲に三百発入り箱型弾倉が装着される音。
「男らしく死ね」
すぐに剥き出しの鉛弾の嵐がピーター・グラムリーをバラバラにした。骨と肉の残骸が縄を抜けて、真下にべちゃりと落ちる。
銃身がふりまわされ、三人の傭兵が弾から逃れようとして、〈軍曹〉の池に飛び込む。
悲鳴と骨が砕ける音がガトリングの銃声の隙間からバラバラにきこえてくる。
ホレイショ・グラムリーは娘だと言われたが覚えのない娘を蜂の巣にしようとした。
だが、そこにはトランプが一枚刺さった杭が立っているだけ。
ホレイショ・グラムリーの眼に手品師のシルクハットをかぶったジャンが目に入った。
片手でカードを切っていて、そこから二枚を選び出すと、ピンと飛んでいき、傭兵の顔が裂けて、燃え出した。
敵か味方か分からないときはとりあえず撃ってから考えろと両親に教えられたホレイショなので、ジャンを蜂の巣にしようとするが、シルクハットのなかから鳩がホット・スプリングスの熱湯みたいに飛びまわって、一瞬、目がくらんだ。
ジャンは消えている。
だが、野生の勘で咄嗟にのけぞると、カードがホレイショの喉をすれすれでカーブした。
「馬鹿野郎が! はっはぁ、そんなもん当たるか!」
ホレイショに当たらなかったカードはガトリング砲の弾倉に刺さって、燃えた。
二百発以上の実包が一度に爆発すると、ホレイショ・グラムリーの体はビッグ・デューク・ダイナーでひとつ十セントで売っているビーフバーガー・サンドイッチの材料になった。
屋敷の壁と柱も吹き飛び、家の基礎と屋根に挟まれて、ホレイショ・グラムリーの罪深い人生はいよいよサンドイッチと化す。
バン!
「ぐっ!」
左腕に痛みが走る。
ジャンは桟橋に転がり、ギリギリ〈軍曹〉の池に落ちずにこらえた。
少佐だ。拍車のついたブーツが苔が染み込んだ羽目板を踏み、1892型のリヴォルヴァーが真上からジャンの眉間に突きつけられる。
「殺す前にききたい。いったい、お前たちは何者なんだ?」
「シークレット・サービス」
キェエエエイ!
叫びと雷を混ぜ打つ大太刀。
少佐が頭のてっぺんから股まで真っ二つになり、左右に分かれて池に落ちる。
エミリィの刀が桟橋の板にハバキがぶつかるくらいに斬り込んでいた。