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グッド・キラーズ  作者: 実茂 譲
Episode 2. コンビーフ・ハッシュド・ポテト
24/27

ジャズ・エイジのジャングル戦争

 一週間前。


 ニューヨーク、マンハッタン島。

 エンパイア・ワールド・ビルの二十二階にあるバルローネ不動産(リアル・エステート)のオフィスには毎日、様々な人間が訪れる。

 市会議員、金融業者、警察署長、実業家、映画俳優、そして、ギャング。


 今日、やってきたのは海兵隊の礼服をきちんと身に着けて、勲章の略章も正しい順番で胸に並べたクルー・カットの男だった。


「それで、少佐。全部でいくらだと言ったかな?」


「三十万ドルです」


 そいつは高い、と、マフィアの長老はつぶやいた。

 二十年前なら三千ドルでも多すぎるほどだ。

 世界大戦の前と後で命の値段が高くなったのは間違いない。

 他にもいろいろなことが変わった。

 大戦前は男はみなバルローネのような凝った口髭を蓄え、少年たちは唇の上の柔毛を剃らないでいたものだ。つまり、はやく大人に見られたがった。

 それが、いまでは誰も彼も若く見られたがって、口髭を落とし、くだらない音楽をきき、化粧すらする男がいる。


 世界は確実に悪いほうへと転がっているな、とシチリア語でつぶやき、海兵隊少佐に続きを促した。 


「ドン・バルローネ。三十万ドルはポンと出せるものではありません。ですが、それに見合う価値はあります。失礼ですが、あなたの部下のうち、ジャングルでの戦闘の経験のあるものはいません。それに比べて、わたしとわたしの三十人の部下たちはニカラグアで五年戦ってきました」


「ニカラグアか。バナナ会社のために命をかけて戦うのはさぞ楽しいんだろうな。それもゲリラの村を焼いて、女子どもも皆殺しにしたら、退役に追い込まれるのはたまらないだろう」


「元海兵隊というものは存在しません。海兵隊はどんなときでも海兵隊です。ドン・バルローネ」


「海兵隊は仲間を決して見捨てないというのは本当かね?」


「ええ」


「じゃあ、きみが海兵隊を追い出されるとき、仲間はきみを見捨てなかったわけだ」


「……」


「まあ、いいだろう」


 ドン・バルローネは銀メッキの内線ボタンを押した。


「ジュセッペ。十五だ」


 まもなくガラスドアが開いて、会計士が、便箋のようなものを持ってきた。中身は本物の一万ドル札。サーモン・チェイスが舌を出していない新札だ。


「残りは仕事を終えた後だ。それとひとつ」


「なんですか?」


「生皮を剥いだホレイショ・グラムリーの首をここに持ってこい。銀の皿にのせて、パセリで飾りつけてな」



 そして、現在。


 イージーはふたりがグッド・キラーズだと知っていたら、かくまったりしなかっただろう。

 リーフプレイスの森のなかで酒場を開く自分が善良なカタギだとはこれっぽっちも思っていない。だが、無力な子どもがグラムリーの餌食になるのが我慢できない。

 愚直だが美しい道徳に基づいて助けたのだが、どう考えても、ふたりは彼女の助けが必要な、無力なキッズではなかった。


「あたしの店が蜂の巣だよ」


 壺が割れて、白くどろっとしたラードが水たまりをつくっている。

 カウンターには弾が跳ねた痕。割れるたびに辛抱強くテープでくっつけてきた窓ガラスは粉々、世界最高難易度のジグソーパズルになっている。


 イージーは、ベーコンの塊にめり込んだ四五口径弾をボウイナイフの切っ先でほじくり、鼻を肉に近づけて、くんくんと嗅いでいた。


「多少硝煙くさいけど、いけるな」


 ジャンは死んだ海兵隊の手から蹴飛ばして、トンプソン機関銃を取り上げ、テーブルに置いた。


「迷惑をかけた。これを売るといい。二百ドルくらいになる」


「誰に売るっての? グラムリー?」


「売りたければ、地球の裏(トンブクトゥ)皇帝スルタンに売ってもいい」


 イージーは銃をジャンのほうに押しやった。


「あいにく、あたしは武器商人じゃない。そいつはあんたが使いな。どうせ、グラムリーと撃ち合うんだろ」


 ジャンは銃を受け取ると、予備の箱型弾倉が入ったポーチを死体から剝ぎ取って、ベルトに引っかけた。


「あたしに悪いと思ってるなら、グラムリーを皆殺しにしてくれよ。そうすれば、ここも少しは住みやすくなる。でも、フランシスだけは見逃してほしいかな。あれは他のグラムリーとは違う。ちょっととろいだけなんだよ」

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