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グッド・キラーズ  作者: 実茂 譲
Episode 2. コンビーフ・ハッシュド・ポテト
23/27

樹海探索、おやつにバナナ

 ジャンはフランシスを尾行した。


 迷わないように木の幹にトランプを刺しながら。


 沼にハマり込んだ外輪式幽霊船や水浸しの村、樹木からしたらギロチンにあたる製材所の回転ノコギリ(ボロボロに錆びていた)。


 こうしたランドマークを地図に描き込んだ。

 幽霊船の沼から水路クリークの岸辺を上っていくと、ついにグラムリー一家の屋敷を見つけた。見なくても分かるが、キッチンは地獄行きだ。


 ボロ屋敷のまわりにはガリガリに痩せた男たちがショットガンやウィンチェスター・ライフルを手にぶらついている。

 標的は近いが、さすがにこの人数が警備についていたら無理だ。


(今回は偵察だな……ん?)


 母屋以上にボロボロの納屋があり、そこに近づくと、コーン・ウィスキーをジャーで飲んでいるふたりの男がべろべろに酔っ払っていた。


「おめえよう、イタ公って撃ち殺したことあっか?」


「わっかんねえ。イタリアなんて行ったことねえもんな」


「ばぁか。イタリアなんざ行かなくてもイタ公がいるだろ」


「さっきの白豚みたいなイタ公か? イタ公ってのはみんな白い服着るのか?」


「知らねえよ。でも、まあ、心配ねえよ。これからイタ公がてめえで殺されに来るからよ」


「イタ公って撃つとおもろいのか?」


「おもろいぜ。おれは十三年にイタ公の強請屋を撃ったんだがな、死ぬまでたっぷり三十分、ワケの分かんねえ言葉を早口でわめき散らすんだぜ」


「そいつぁ、おもろそうだ。おれも撃ってみたい」


「いくらでも撃てるよ。イタ公ども、グラムリーのとっつぁんを怒らせたからな」


「なんで、とっつぁんはあんなにブチ切れてるんだ?」


「イタ公がここの権利全部売れって言ったんだってよ」


「そりゃ怒る。イタ公どもと戦争だぜ」


「イタ公どもの、何て言ったっけ。やつらのカシラ」


 ジャンはもっとしっかりきこうと、少しずつ壁ににじり寄った。


 あまりにも話に集中していたので、同じくらい話に集中して壁ににじり寄ってきたエミリィ・パートリッジと頭をぶつけた。


「いってえな! この馬鹿女!」

「いったいわね! この変態男!」


 隠密よりも相手を罵ることに優位を置いた行動。

 その代償はショットガンの轟音だった。


 酔っ払いふたりは、イタ公だあ!と叫びながら、お互いを撃ったが、他の男たちがジャンとエミリィを狙って撃ちまくった。


 結局、ふたりはワニの泳ぐ沼に飛び込み、三〇・〇六弾とワニの牙に追いまわされ、森のなかで何度も枝に顔をぶたれながら、転がるように逃げ込んだ樹海酒場でふたりを狙う二連式ショットガンの銃口。


「レジには三ドル五十セントしかないけど、それが欲しいってんなら、ぶち殺す。銃を捨てるか、死ぬか、好きなほうを選びな」


 女性だった。ネルシャツに馬車の幌を使って作ったズボンを履き、髪を後ろで靴紐で結んでいる。


 ふたりは自分でも気づかないうちに抜いていた銃をゆっくり床に置いた。


「あんたたち、まだガキじゃないか。それも森の人間じゃないね。あのどあほのグラムリーどもに新しい子どもが生まれたってのはきいたことがないし……ん?」


 女性は銃をふたりに向けたまま、ボール紙でつくったカーテンもどきを動かした。


「ちっ。あいつら、あんたたち、追われてるのかい?」


「ああ」


「調理場の裏に隠れな。あたしがいいっていうまで、出てくるんじゃないよ」


 その調理場の裏というのが、焼いた豚を一頭だけ吊るすための部屋だった。つまり、ふたりは体を密着させないといけない。


「絶対イヤ! この変態にレイプされるくらいなら、死んだほうがマシ!」


「おれにだって選ぶ権利がある」


「はぁ! この天才美少女暗殺者を選ばない権利があると思ってんの?」


「なにやってんだい! ぎゃあぎゃあ、わめいてんじゃないよ!」


 女性は蹴りとショットガンの台尻で無理やりふたりを部屋に押し込むと、ショットガンをすぐそばのテーブルに立てかけて、すぐにカウンターへとまわった。


 眼帯をした男――キャロル・グラムリーが手にポンプ式ショットガンを持った男が入り口の柱に寄りかかっていた。

 リーフプレイス市警の記録によれば、『衝動的に暴力行為におよぶ、極めて危険な人物』で『未解決の強姦事件七件の最有力容疑者』とされている男が、彼と同じくらい危険な五人の手下と一緒にやってきた。


「何か用かい?」


「イージー。景気はどうだよ?」


「さっき、エヴァンとマイケルがもし、あたしがスパゲッティ野郎から酒を買ったら、あたしを焼いてやるって言いに来たよ」


 キャロルはないほうの眼でウインクした。


「兄貴たちはさ、言葉を知らねえんだ。本当は焼くんじゃなくて、キスしてやるって言いたかったんだ」


「店ごと焼き殺されたほうがマシ」


 キャロルはくっくと笑った。


「ところで、イージー。スパゲッティ野郎をふたり見なかったか?」


「ない」


「ちっこいイタ公で、ほんと、ガキみたいに小さいんだが、〈軍曹〉よりも速く泳げる。イタ公が泳げるなんて考えたこともなかった。だって、イタリアってのはスイスにあるんだろ? スイスってのは山しかねえじゃねえか」


「でかい湖があるよ」


「ああ、それで泳ぎを覚えるのか。ところで、この店、床が水に濡れてねえか?」


 確かに濡れていた。たっぷりまいたおが屑が水を吸って泥っぽい粒みたいになっていた。それがカウンターの裏、調理場へつながっている。


「調理場に行ってもいいか?」


「なんで?」


「水がな」


「それなら、あたしの足跡だよ。沼に仕掛けた網を上げたから」


「蟹が見えねえ」


「一匹も取れなかった。調理場に入りたいなら入りな。でも、ものに触れないでほしいね。あたしなりの便利さを考えて物を置いてるんだ」


 キャロルは構わず、調理場に入ると、テーブルの上にあるナマズのフライを指で千切って口に入れた。フライパン、石炭レンジ、ベーコンの塊。そこそこ整った調理場だから、うまく言い切れれば天国行きも夢ではない。

 調理場の裏手にある、細長い扉がキャロルの眼に入る。ふたりの隠れた部屋だ。


「これは?」


「豚の丸焼きを吊るす部屋だよ。なあ、あんた——」


 キャロルの手が鋳鉄製の取っ手を握った。


「フランシスはどうしてる?」


 キャロルの手がぴたりと止まる。


「あのうすのろが何だって?」


「大金手に入れたって喜んでたから」


「あいつ、だまされたんだよ。偽の一万ドル札を五十枚も持ってはしゃいでオヤジにぶん殴られた」


 取っ手を下へ押し込む。あとはドアを引いて開けるだけ。


 イージーはテーブルに立てかけたショットガンに手をゆっくり伸ばした。


「キャロル!」


 カウンターの向こうにいる手下が叫んだ。


「とっつぁんがはやく屋敷に戻ってこいって。カンカンだぜ!」


「まだ、イタ公が見つかってねえぞ」


「でも、すぐ戻ってこいって! 屋敷を守るのが仕事だろって!」


「ちぇっ、オヤジは一度言ったらきかねえからな」


 キャロルはドアから離れた。

 イージーがホッとする。


 ブッ!


「……」

「……」


 くっさーい!と言いながら、エミリィが部屋から飛び出して倒れ、そばにジャンが仰向けに倒れた。


「出ちまったもんはしょうがねえだろ! 屁ぐらいでガタガタ……あ、ヤベ」


「うわ。最悪……」


 キャロルが銃を腰で構える。

 四五口径弾の連射がキャロルの顔に飛び込んだ。眼帯。鼻。唇のすぐ上。

 撃ったのはジャンではない。

 裏口からカーキ色のガンマンが機関銃を撃ちまくっている。

 キャロルの手下たちが調理場に押し入る。

 新たな敵対関係と交差射撃。カーキ⇔グラムリー。

 缶詰をぶち抜く。

 ピクルスの瓶が砕け散る。

 イージーは転がって、自分のショットガンを取った。

 グラムリーのガンマンが飛び上がり、スイングドアにぶつかる。

 エミリィのサムライ・ソードが閃く。落ちた腕が魚みたいに暴れた。

 ジャンは倒れたキャロルのウェストバンドからリヴォルヴァーを叩き落とし、床を転がって三発撃った——天井へ誰かの脳漿が飛び散る。

 最後のグラムリーが体をよじって、床に頭から倒れた。


 イージーが震える手でショットガンの弾を込めなおそうとしていて、エミリィは刀の血を白い紙で拭っている。


 キャロル・グラムリーの顔に開いた穴のなかは煮立ったジャムのようになっていた。


 カーキ色のガンマンはふたり、ひとりは首を撃ち抜かれて死んでいて、もうひとりは右腕を肩のそばから斬り落とされ、年代物の氷蔵庫に寄りかかって、苦い汗をだらだらと流している。


「なに、こいつ。これ、海兵隊の服?」


「お前のファンか?」


「違うわよ」


「お前に全財産貢いで破滅した元ファンとか」


「だから、違うって言ってるでしょ!」


「詐欺師はみんなそう言うんだよ」


「あんた、二十等分に切り分けられないと懲りないみたいね」


「そっちこそ、ドラゴンみたいに火でも吐かないと分からないらしいな」


 バンッ!


 あ、と、ふたり。


 生き残りのカーキ色は持っていた銃で自分の頭を吹き飛ばしていた。

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